<「43年遅れで宿題を仕上げたような気持ちです」と作家の佐藤優さんは話す。高校1年の夏休みを全て使って、ソ連と東欧を一人で旅した記録を、計800ページを超す大著「十五の夏」(幻冬舎)としてまとめた。
猛勉強の末、進学校に合格した「ご褒美」として両親が費用を出してくれた。中学時代から社会主義に関心を持つ早熟な少年だったが、「米国に留学する同世代の生徒に対して、『だったら逆を』という子どもっぽい理由が先に立っていました」といたずらっぽく笑う。
社会主義圏への個人旅行はきわめて珍しい時代。想定外のトラブルと幸運に見舞われながら、佐藤さんはさまざまな人と語らい、思索を深めていく。人により、ソ連や社会主義体制への評価は十人十色。日本で伝え聞いた先入観は覆り、旅の終盤、「人間はどの国に住んでも大きな違いはない」と気づく。「むしろ彼らは国家が信用できない分だけ、家族や友人を大切にしていた。今の日本はどうでしょうか」
臨場感に満ちた会話の再現と緻密な情景描写により、読者はいつしか佐藤さんに同行している気分になるだろう。いつもは「悩んだら落とす」書き方だが、今回は「悩んだら残した」という。ある記憶を思い出すことで、「瓶のふたが取れて、中の液体が気化して出てくる」ように、古い記憶がよみがえるからだ。「外交官になりソ連を担当したことなど、この旅が人生に影響しているから、できる限り思い出したかったんです」
帰国後、詰め込み型の受験勉強に幻滅した佐藤さんは受験に失敗。だが浪人して入学した大学で学問の面白さに目覚めることになる。「それでも受験勉強は外交官試験では役に立った。無駄なことは何もなかった」
国際政治分析から人生論まで驚異的なペースで執筆する佐藤さんの中で、本書を含む幾つかの自伝的作品の主題は「教育」なのだという。ロシアに外交で押され続けるのは、外交官や政治家の「人間力」の違いだと現地で痛感したからだ。「日本の教育を考える材料として、僕の経験を提示しているんです」
(「十五の夏」は幻冬舎・上下各1,944円)>
□「人生を変えた旅の記録 「十五の夏」の佐藤優さん ~新著の余録~」(「日本海新聞」2018年5月21日))を引用
【参考】
「【佐藤優】世界に向かう真っ当な好奇心 ~『十五の夏』の書評~」