(1)ロドリゴ・ドゥテルテ・フィリピン大統領が、7月19日、「南シナ海問題で中国とは交渉しない」と、マニラを訪れた米国議員団に語った。
南シナ海のほぼ全域が自国の領有だとする中国に対して、ドゥテルテ大統領は、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所がどのような裁定を下しても話し合いで臨む、と明言してきた。氏は、大統領選挙のキャンペーンで、「中国が貧しいフィリピンの鉄道建設に資金提供するなら、南シナ海問題について口を閉ざしてもよい」とまで語った人物だ。
7月12日に、中国の主張を全面否定する画期的な裁定が示されたときも、フィリピン政府は抑制されたコメントを発表しただけだ。これはドゥテルテ大統領が話し合いを進めようと考えていたことを示すものだろう。
(2)歴史を振り返れば、フィリピンは融通無碍な国だ。
2004年、アロヨ政権は、中国と秘密協定を結んで多額の資金を受け入れ、その代わりに、スプラトリー礁を含むカラヤン諸島のほぼ全域を中国企業が中国の法律に基づいて開発する権利を認めるという驚くべき決断をした。
ドゥテルテ大統領も同様の道を選ぶのかと懸念されていたところに、中国とは交渉せず、という話が流れてきた。
一体何が起きたのか。見えてくるのは、中国外交の非常識だ。
(3)フィリピンと中国は裁定直後に外相会議を開いたが、王毅・中国外相はペルフェクト・ヤサイ・フィリピン外相に対して次のように語った。裁定に関して一切のコメントを発表すべきでない、裁定とは無関係に二国間協議に入るべし、うんぬん。
ヤサイ氏、答えていわく、そのようなことはフィリピンの国益にもフィリピン憲法にも合致しない。
王氏、返していわく、
「もしフィリピンが裁定に拘り、その線上で議論しようとするなら、われわれは対立(confrontation)に向かうだろう」
これは恫喝というものだ。
スプラトリー諸島問題からいったん離れて、ヤサイ氏は次にスカボロー礁に言及した。同礁は3年前から中国が実効支配しており、今年中に埋め立て作業に着手するのではないかと懸念される注目の岩礁だ。中国がこれを埋め立てて軍事基地化すれば、南シナ海全体を中国にとられる。
「フィリピン漁民の同礁周辺での漁業を認めてほしい」
ヤサイ氏のこの要請に対して、王氏は突き放した。
「話し合いには応ずるが、話し合いは裁定の枠外でのみ可能だ」
そして裁定から2日後、中国はスカボロー礁海域をブロックした。報告を受けたドゥテルテ大統領は明らかに態度を硬化させ、中国との話し合いを拒絶したと推定される。
中国の発言はフィリピンを見下したものだ。フィリピンは中国の指示に従え、と支配者然として告げたのだ。
(4)なぜ中国はここまで尊大なのか。彼らはまず、フィリピンを含むASEAN諸国の対中非難の背後に米国と日本の存在を見てとりながらもオバマ政権が続く間、米国は軍事行動には出られないと読み切っている。他のアジア諸国と同様、日本も米国なしには中国抑止などできないと、これも読み切っている。
国際法や国際世論では中国の四面楚歌は明らかだが、それを突破する軍事力が中国にはあると考えているのだ。裁定から1週間後、中国人民解放軍は戦闘爆撃機を南シナ海に展開し、以降、戦闘爆撃機の監視飛行を常態化すると発表した。
国際法と国際社会を理解できない中国が、軍事的色彩を強めながらASEAN諸国その他の国々の前に立ちふさがる。
□櫻井よしこ「裁定直後はフィリピンをどう喝 軍事的色彩強め立ちふさがる中国 ~オピニオン縦横無尽~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月30日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【櫻井よしこ】南シナ海問題で完敗でも拒否する中国 常軌を逸した習近平体制の暴走」
「【櫻井よしこ】米でも絶賛の中国の要人が豹変 ~永遠なのは国益~」
「【櫻井よしこ】西側は自国第一主義を深め、中国は民主主義の限界に自信を深める ~英国のEU離脱~」
「【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~」
「【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~」
南シナ海のほぼ全域が自国の領有だとする中国に対して、ドゥテルテ大統領は、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所がどのような裁定を下しても話し合いで臨む、と明言してきた。氏は、大統領選挙のキャンペーンで、「中国が貧しいフィリピンの鉄道建設に資金提供するなら、南シナ海問題について口を閉ざしてもよい」とまで語った人物だ。
7月12日に、中国の主張を全面否定する画期的な裁定が示されたときも、フィリピン政府は抑制されたコメントを発表しただけだ。これはドゥテルテ大統領が話し合いを進めようと考えていたことを示すものだろう。
(2)歴史を振り返れば、フィリピンは融通無碍な国だ。
2004年、アロヨ政権は、中国と秘密協定を結んで多額の資金を受け入れ、その代わりに、スプラトリー礁を含むカラヤン諸島のほぼ全域を中国企業が中国の法律に基づいて開発する権利を認めるという驚くべき決断をした。
ドゥテルテ大統領も同様の道を選ぶのかと懸念されていたところに、中国とは交渉せず、という話が流れてきた。
一体何が起きたのか。見えてくるのは、中国外交の非常識だ。
(3)フィリピンと中国は裁定直後に外相会議を開いたが、王毅・中国外相はペルフェクト・ヤサイ・フィリピン外相に対して次のように語った。裁定に関して一切のコメントを発表すべきでない、裁定とは無関係に二国間協議に入るべし、うんぬん。
ヤサイ氏、答えていわく、そのようなことはフィリピンの国益にもフィリピン憲法にも合致しない。
王氏、返していわく、
「もしフィリピンが裁定に拘り、その線上で議論しようとするなら、われわれは対立(confrontation)に向かうだろう」
これは恫喝というものだ。
スプラトリー諸島問題からいったん離れて、ヤサイ氏は次にスカボロー礁に言及した。同礁は3年前から中国が実効支配しており、今年中に埋め立て作業に着手するのではないかと懸念される注目の岩礁だ。中国がこれを埋め立てて軍事基地化すれば、南シナ海全体を中国にとられる。
「フィリピン漁民の同礁周辺での漁業を認めてほしい」
ヤサイ氏のこの要請に対して、王氏は突き放した。
「話し合いには応ずるが、話し合いは裁定の枠外でのみ可能だ」
そして裁定から2日後、中国はスカボロー礁海域をブロックした。報告を受けたドゥテルテ大統領は明らかに態度を硬化させ、中国との話し合いを拒絶したと推定される。
中国の発言はフィリピンを見下したものだ。フィリピンは中国の指示に従え、と支配者然として告げたのだ。
(4)なぜ中国はここまで尊大なのか。彼らはまず、フィリピンを含むASEAN諸国の対中非難の背後に米国と日本の存在を見てとりながらもオバマ政権が続く間、米国は軍事行動には出られないと読み切っている。他のアジア諸国と同様、日本も米国なしには中国抑止などできないと、これも読み切っている。
国際法や国際世論では中国の四面楚歌は明らかだが、それを突破する軍事力が中国にはあると考えているのだ。裁定から1週間後、中国人民解放軍は戦闘爆撃機を南シナ海に展開し、以降、戦闘爆撃機の監視飛行を常態化すると発表した。
国際法と国際社会を理解できない中国が、軍事的色彩を強めながらASEAN諸国その他の国々の前に立ちふさがる。
□櫻井よしこ「裁定直後はフィリピンをどう喝 軍事的色彩強め立ちふさがる中国 ~オピニオン縦横無尽~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月30日号)
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【参考】
「【櫻井よしこ】南シナ海問題で完敗でも拒否する中国 常軌を逸した習近平体制の暴走」
「【櫻井よしこ】米でも絶賛の中国の要人が豹変 ~永遠なのは国益~」
「【櫻井よしこ】西側は自国第一主義を深め、中国は民主主義の限界に自信を深める ~英国のEU離脱~」
「【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~」
「【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~」