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スイス・アルプスの一角、人里離れた山岳地方でひっそりと農業を営む四人家族。「癇癪もち」フランツとその妻、子供たち(姉ベッリと弟「坊や」)が淡々と生活を営む。
十代の「坊や」はデフで、時折自他に対する不満からか、家族には思いがけないふるまいをすることがあるが、おおむね、教師を目指したやさしい姉が担う教育のもと、健やかに育っている。
とある日、壊れた草刈機に立腹した「坊や」は、それを投げ捨て、父の怒りを買った。家を出され、山小屋で一人暮らしを強いられた彼に、姉が食料ほかを届け、世話を焼いた。二人にとって楽しい時間だったが、星が散りばめる夜、大自然の中で、ひょっとした拍子にひょっとしたことが起こってしまう。
季節はめぐり、人を家の中に閉ざす冬となった。弟は再び同居する。腹のせりだした姉は母親に告白するが、母親はすでに察知し、赦し、秘かに祈りさえ捧げていた。
しかし、父親は違った。妻から事の次第を告げられた「癇癪もち」フランツは、銃を手にして娘を追う。止めに入った「坊や」とくんずほぐれつするうちに、暴発する。崩れ落ちる父親。夫の死に衝撃を母親は、間もなく後を追う。
冬深く、人里離れた山あいの一軒家でのできごと。深く積もる雪は、何事もなかったかのように沈黙を保っていた・・・・。
映画の舞台は山岳民族の多いウーリ州とされる。
毎日、まわりをとり巻く岩山を眺め、勾配の大きい丘陵を耕し、隣家とは双眼鏡を通してしかあいさつできない。ちょっとした買い物もカタログで注文し、しかも荷を背におってはるばる登ってこなければならない。それがアルプスの山々に住む人々の日常である。絵葉書のアルプスでもないし、ハイジのアルプスでもない。観光客のためのスイスとは別のスイスをこの映画で見ることができる。
1985年度ロカルノ映画祭グランプリ受賞作品。
監督・脚本はフレディ・M・ムーラー。視聴覚器官に対する省察の試みとして、全編目隠しをして、音響をたよりに映画を撮影したことがある(『盲目の男のヴィジョン』、1969年)。
□『山の焚火』(スイス、1985)
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