語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】長期生存した患者に学ぶ ~『がん患者学』~

2016年01月25日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)著者は、『「在外」日本人』ほかで知られるノンフィクション・ライターだ。
 医療過誤や薬害エイズ訴訟を追求し、米国にも飛ぶ多忙な日々を送っていたのだが、ある日、身体に異常を覚えた。
 1997年4月に倒れ、翌月、「卵巣がん、5年生存率は20%」と告知された。奇しくも、同じ病気で亡くなった母親が発症した年齢、47歳を迎えたばかりであった。

 (2)術後、抗がん剤を受けるため、それに耐える体力作り、他の臓器の強化と体質改善にとりくんだ。代替医療、イメージ療法をとりこみ、長時間散歩した。そして、同病者との語らい。
 こうした日々のうちに、日本の医療への疑問が増幅していく。長期入院、病衣の殺風景、栄養にも味覚にも真に必要なカロリーにも配慮しない均一な食事、運動する機会の不足、外泊や外出の規制、プライバシー欠如の大部屋、患者の記録を医師だけが握って本人へ伝えないインフォームド・コンセントの不足。ことに、患者よりも病棟の運営を優先する管理主義。
 入院して半年後、第3回目の抗がん剤治療が終わった。3か月間自宅で過ごすことになった。「やすらかに死にたい」という思いから、体内に入った化学物質を徹底的に追い出そうと決意する。食生活の改善、気功、登山と温泉、鍼灸。「自分の身体を野生に戻すのだ。(中略)あわよくば、治りたい」

 (3)本書は、3部に分かたれる。2段組、600ページの大冊だが、全編、生死のはざかいにあって闘う者の緊張がみなぎり、息をつがせない(文庫版では3冊に分割された)。
  (a)発症1年後から開始したインタビューで構成される。末期がん、再発がん、進行がんを告知され、なお5年間生存をはたした日米の患者たち20名の証言である。
  (b)薬害訴訟等で知り合った弁護士、著者が信頼する医師たち、生命倫理学者との対話8編である。
  (c)著者自身の3年間にわたる闘病記録である。

 (4)本書は、
  (a)如何なる治療法を選ぶかの自己決定を迫られたがん患者を勇気づける。「死に至る病」にとり憑かれたにも拘わらずしぶとく生き延びようと意志する人は、必ずや学ぶところがあるだろう。
  (b)ストレスに満ちた現代社会で不摂生な日々を送る「健康な」人々に反省を促す。ストレスの蓄積はがん発症の引き金になる。長期生存患者の簡素な生活哲学は、生きるにはさほど多くのものを必要とするわけではない、と教える。
  (c)多すぎる患者を抱えて奮闘する医療従事者にも苦い反省を強いるだろう。著者は、がんは一人一人によって異なる、という個別性を強調している。これは同時に、病気という普遍を見るばかりで患者(人間)という特殊を見ない管理主義への批判でもある。

□柳原和子『がん患者学 -長期生存した患者に学ぶ-』(唱文社、2000/のちに『がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ 』『がん患者学〈2〉専門家との対話・闘病の記録』『がん患者学〈3〉がん生還者たち―病から生まれ出づるもの』、中公文庫、2004)
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