さて二週間前に劇団かっぱの芝居を見に行ったら、劇団TCTの座長・遠藤君から、見に来てくださいよと挑発された。まあ第二回公演だったと思うがそこから見に行ってない。ところが劇団TCTはその間に盛岡市民演劇賞を取ったり、今回の「劇王」コンテストに岩手代表で出場する事になったり、大活躍だ。
なんというか、劇団TCTと縁が薄い理由だがこの劇団6月か7月公演が多い。その頃は余程でない限り演劇を見る時間がない。その上、初期のファンタジーものがイマイチ好きでないのと、このところ作風がホームコメディなのだろうかそういった具合に変わって来ているようで、それもチョット食指が進まなかった。
さてなぜ挑発して来たのだろうか。それはチラシを見ればよくわかる。このところ大人しめのものを続けて来たので原点回帰しようというものなのだろう。そこで過去をよく知っている私に来いと言うのだろう。そして私も今回のチラシには食指が動いた。
さてチラシだが、大体の所何をやりたいのかはチラシに込められている。いい劇団のいい芝居は大体チラシからしてよく出来ている。多分なのだが、自分たちが何をやりたいのか、その思いが作家や役者、装置や美術、衣装や音響照明、そして製作まで具体的に共有できているからなのだろう。
逆に抽象的だったりポワっとしたイメージのチラシはそこが甘いように思える。劇団TCTのチラシはその点毎回よく出来ている。これだけで今回どういった劇をしたいとか解る。見ないくせに解ったような事をいうんじゃないと思われた方もいると思うが、本来チラシと言うのはそういった効果があるのだ。
さて今回は11月10日14時からの1ステ目だ。たいがい芝居が固くなりがちだが、まあ役者のそろいが凄いのでそんな事は無い。
話しは、社員レクリエーション大会で鬼ごっこをすると言うものだが、勝利者は社長から希望を叶えられると言うものだ。特に今回は社長が突然止めてもいいと言い出したので、話しが大きくなった。壮絶な鬼ごっこの中でなぜか総務部の若手社員が生き残る。それはナゼ?と言う話しだ。
メインテーマは「働く」ということ。実はこの芝居、タイトルからしてもうネタバレをしているし、最初の5分で結果を話してしまっている。なので実はあまり深く悩む必要が無い。私の受け取った結論もそうだ。働くと言う事の意義を分解しても意味が無い。一つに特化しても側面でしかない。働くと言う事は社会の中での自己の位置づけであって、それは生きると言う事と不可分である。今現時点を大切にする所から、すべてがはじまるということだ。
こういった事が至る所にちりばめられている。さりげない伏線がすべて回収されてゆく手腕はすばらしい。ただ細かいギャグがいっぱいあるのだが、テーマがテーマなので客がイマイチ笑わない。私としては前半に出てくる「巨乳」ネタが楽しかったのだが、観客全員スルーしていた。というかさりげない上、役者が良すぎて、あんまりにも自然すぎて解りにくいと言えば、ホントのことだ。
役者がいいですね~。相変わらすの遠藤君の小狡い悪役っぷりも相変わらすいいですね。もう本人そのもの。そして今回主役に抜擢された劇団かっぱの熊谷航君だが、彼は抜群の度胸と本人そのものと不可分な演技力がある。その上舞台での失敗を自分で回収してごまかす点においては天才である。その彼が「噛まない」問いう点ですばらしい。彼の欠点は噛む事だけだった。そして「噛様」と怖れられている劇団TCTの座長・遠藤君がまったく「噛まない」という奇跡の舞台でもあった。
こういうとバカにしているように思われるだろうが、完成度がとても高いと言う事なのだ。
原点回帰だからだろうか、力の入った舞台であった。
装置・照明ともに演出とバッチリあっている。照明がこう来ると演出がこうなって、立ち位置がこうなってアクションが決まる、という当たり前がうまく機能している。実はなかなかこれがうまく行かないのだ。その辺りがこの劇団の実力を示している。
現在盛岡で顧客満足度ベスト3と言うべき劇団は、「よしこ」「ワイヤーワークス」「TCT」であると思う。次に老舗の「風紀委員会」「ゼミナール」が続いている。芝居は人によっては好き嫌いがあるので、対顧客満足度100%の劇団は無いのだが、この辺りは安心して人に勧められる。今回のこの芝居は大体の所の人に勧められるが、アツイ舞台が好きな人には完璧だろう。逆に走り回ってばかりの(鬼ごっこだからしょうがない)芝居だから、ドタバタ感が強く、しんみりしたのが好きな人はちょっと難しいかもしれない。
さて全ネタバレの手法なのだが、「刑事コロンボ」がそれで有名だ。芝居ではここまでも最初っからネタバレも滅多に無い。だが最初の10分間でついて来れなくとも、全部筋が話しを回収してゆくので最後の方に出てくる、ある一言を聞き逃さない限り客が迷子になる事は無い。最後につまづいても、絶対納得する。そして解っている人間には演技や演出を思いっきり楽しむ事が出来る。マニアから初心者まで十分に楽しめれる芝居だ。
実は私なのだが、もう初めの5分で全部解ってしまうほど、懐かしいのだ。もう懐かしいの連発で見て来た。つぎのネタはつぎのセリフはと、全部が解ってしまう。照明で次の立ち居位置が解ってしまう。そういったのはつまらないと言う声もあるだろうが、実は違う。暗闇で手を引かれてピクニックしていて何が楽しいのか?やはり遠くまで見えていた方が楽しくないのだろうか?遠くにウサギを見つけて近づいたら、2メーターの巨大ウサギだったとかそういった方が面白くないか?私は暗闇は嫌だ。
この芝居は原点回帰であり、遠藤君の芝居の集大成でもある。そしてありとあらゆる演出手法が手品のように出てくる。この引用のネタバレだけは避けるべきだろう。そこまでもそこまでも引用がいっぱい出てくる。他の劇団から、著名な芝居まで出てくる。このマニアックさは、夕べ初めて見た「エヴァンゲリオン・序」に負けず劣らずだ。なおエヴァに出てくる引用は全部は解らないが壮絶にマニアックだ。
最後に、演劇を楽しめられるいい芝居だ。総合点は極めて高い。この舞台は明日11月11日14時開演・肴町風のスタジオが最終ステージだ。
そしてだが、12月にはワイヤーワークスの芝居がある。これにも熊谷航君が出てくるのだがこれも楽しみだ。熊谷航君がこのベスト3の劇団のうち二つに客演で出ると言う事だけでも彼の天才ぶりが解る。なにしろ「よしこ」の舞台には男子は立てないのだからだ。さすがに彼には女形はムリだろう。
今年はこの3つの芝居が全部見れそうな、いい年になりそうだ。なかなかこの3本を見る事は難しい。
PS
昨日はエヴァで、今日はTCTで満腹と思っていたら、NHKFMでワーグナーの「ワルキューレ第一幕」演奏会形式でのライヴだ。なんという一日だろうか。名演奏だ。特にフンディングがすばらしかった。ジークムントが後半ちょっと暴れたのがわずかな傷だった。
さて今回の芝居のテーマで参考になる本に、中公新書・ロナルド・ドーア著「働くということ」と集英社新書・姜尚中著「悩む力」だろうか。