本日18日付の毎日新聞「論点:西日本豪雨の教訓」記事。今回の豪雨について、気象・防災の観点からそれぞれの専門家の意見がわかりやすくまとめられている記事(有料)なので、ここで紹介をしておきます。今後のために、ご一読を。
《以下、転載》
「平成最悪の豪雨被害」をもたらした西日本豪雨。広い範囲で土砂崩れや河川の氾濫が多発し、甚大な被害となった。さらに、猛暑と断水が被災地に追い打ちをかける。今回の豪雨災害の原因や仕組みは。防災・減災対策に抜かりはなかったか。災害大国・日本に暮らす私たちはどのような教訓を学びとればよいのだろうか。
雨量増加、温暖化の影響も 木本昌秀・東京大大気海洋研究所副所長
今回の豪雨は、梅雨末期に集中豪雨をもたらす現象が典型的な形で重なったのが原因だ。毎年のように梅雨末期には各地で大雨が発生している。ただ、同じ気圧配置でも、地球温暖化の影響で雨量は以前より増えていると考えた方がいい。今後も、経験したことのないような豪雨がこれまで以上の頻度で起こる可能性は十分にある。
今回の気圧配置を見ると、梅雨前線を挟んで南東側に太平洋高気圧、北西側に気圧の谷があり、両方とも上空までしっかり伸びて動かないため、前線が日本列島の上で停滞した。気圧の谷の、前線に面したところでは上昇気流が発生しやすい。そこへ太平洋高気圧の西端を通って南から水蒸気が大量に流れ込み、豪雨をもたらした。
被害が広範囲に及んだのは、地中海から気圧の波がジェット気流によって大陸を横断するように運ばれる現象「シルクロード・テレコネクション(遠隔結合)」が起き、太平洋高気圧の勢力が強められたことも大きい。さらに、日本の南で台風が相次いで発生するなど雲の活動が非常に活発で、太平洋高気圧がそれに刺激され強まった。高気圧がこれほど強くなったことが、関東甲信地方で観測史上初めて6月に梅雨明けしたとみられるという事態につながった。
温暖化は顕著に進行しており、日本では平均気温が100年当たり1・19度のペースで上昇している。今後数十年はこれまで以上の気温上昇が予測される。気温が上がれば、大気中の水蒸気は増える。今回の気圧配置は温暖化が進んでいなくても起こるものだが、水蒸気が増加すれば雨粒になって落ちてくる量も当然増える。今回の豪雨も一部は温暖化により「かさ上げ」されたと考えている。
温暖化によって気候が変われば、想像を超える気象現象も起こり得る。「うちの近所は何代も前から浸水したことがない」といった過去の経験はもはや通用せず、起こる可能性のある被害を想像しておかなければいけない。隣町が被災したら、自分の住む町もいつ被害が発生してもおかしくない。
国や自治体による防災・減災対策の充実は当然必要だが、最後は一人一人が備え、危険を判断して避難するしかない。難しいことかもしれないが、その前提となる気象情報は充実してきている。自分の身の回りでどれくらいの雨が降りそうかなど、スマートフォンなどで簡単に調べることができる。
例えば、気象庁の「高解像度降水ナウキャスト」は観測データを使い250メートル四方ごとの雨量の予測を色別で公開している。普段からこまめにチェックし、どんな予報のときに実際どれくらいの雨が降り、身近でどんな影響が出たか確認しておく。気象情報を見慣れていれば、被害が出そうな状況のときに「何かおかしい」と判断できるかもしれない。そうすれば、避難勧告などが出る前に避難の準備ができる。
温暖化で、豪雨など油断のできない状況はこの先ずっと続く。人命を守るため国全体で観測機器などを充実させることが必要だが、個人も率先して情報を得て、逃げる準備をしておくことが大切だ。【聞き手・大場あい】
危機感、住民に伝わらず 牛山素行・静岡大防災総合センター教授
今回の豪雨の特色は、その範囲の広さだ。個々に起きた現象は繰り返し起きてきた規模ではあっても、その現場の数が極めて多く、全体として人的な被害が大きくなってしまったと考えている。
個別の現場を見ると、基本的にはハザードマップで示された危険箇所の範囲において、示された通りの現象が起きている所が多い印象だ。岡山県倉敷市真備地区の洪水も、最初の映像には驚いたが、ハザードマップを見たら、上限ランクの5メートル以上の浸水域が中国・四国地方では最も広く示されていた。想定内の洪水といえる。
災害情報の観点からは今回、出し得る情報はだいたい出ていたとみている。気象庁は早い段階から極めて異例の強い警告を出し、危機感を伝えた。5日に事前の記者会見を開いて「大変な事態」の可能性を予告し、6日午前には特別警報を出す可能性に言及した。さらに6日午後、九州に最初の特別警報を出した際、特別警報の地域が広がる恐れがあると明言した。こうした異例の対応に呼応する形で、各自治体も早い段階から避難勧告などを出した。
それに対して「(勧告よりランクが上の)避難指示が遅い」との批判があるが、強い違和感を覚える。避難指示は最後の駄目押しの措置だ。数年前までは避難勧告を出す心理的なハードルすら高く、2013年の伊豆大島の災害など、勧告が間に合わなかったケースがあった。それで避難のガイドラインが改定されてきた。精査前だが、今回ほぼ避難勧告は間に合っているのでは。「勧告でなく指示が出ていたら避難した」というのはメディアの後知恵ではないか。
愛媛県での「特別警報が遅い」という批判も違和感が強い。特別警報は「すでに災害が起こっているかもしれない」段階で出す最後の最後の情報。簡単に出してはいけない。それを「遅い」と批判するのは、警報など特別警報以外の情報を勝手に格下げし、無視していいと言うのに等しい。「特別警報さえ出なければ何もしなくていい」という事態を招いてしまう。
犠牲者が出るか防げるか、最後は個々の現場にかかっている。そこに住んでいる人々がさまざまな情報を受け止め、避難行動につなげなければいけない。ボールは我々、住民、国民の側にあるのだ。
出発点とすべきなのは、住んでいる地域の災害特性を知ることだ。どういう種類の災害が起きそうか。それは非常に危険かどうか。「ここは地形的に大丈夫」などと勝手に決めつける人もいる。「過去こんなことが起こったことはない」とよく聞くが、ほとんどが思い込みだ。土砂災害犠牲者の約9割は土砂災害危険箇所で出ているのに、住んでいる場所の危険性が住民たちに理解されていない。
ただし、全ての住民が知見のレベルを上げるのは困難だ。中核となる人材が必要であり、最も重要なのが市町村の防災担当者だ。内閣府の防災スペシャリスト養成研修はそのための対策の一つ。住民に対して、自信を持って説得力ある言葉で啓発活動ができる職員を育てなければ、せっかく作った災害情報の仕組みも回らない。【聞き手・伊藤和史】
新たな防災の制度設計を 柳田邦男・ノンフィクション作家
「この豪雨はただごとではない」と感じたのは6日夜。強雨域が九州から中部地方まで帯状に密度濃くつながり、実際の雨量もすごかったからだ。
戦後の水害は、いくつか型があった。私の強烈な記憶にある大水害は1947年のカスリーン台風だ。利根川の決壊で関東平野が一面海になったかのような報道写真は、大水害の象徴的イメージとなった。57年に1000人近い死者・不明者が出た長崎県の諫早豪雨は後に言われる集中豪雨禍の代表となった。
67年7月豪雨は、前線の熱帯低気圧の移動に伴い、長崎県佐世保市、広島県呉市、神戸市で次々に豪雨による土砂災害が新興住宅地を襲った。死者・不明者371人。土砂災害多発時代への警鐘となった。乗用車、バスなど2500台をのみ込んだ82年の長崎豪雨。さらに都市圏河川決壊による広域住宅浸水7万戸という2000年の東海豪雨と続き、災害形態の多様さに直面させられた。
災害は、自然界の異常な現象に人間の住まい方、都市構造の変化が掛け合わさって発生する。西日本豪雨は、地球温暖化によると考えられる尋常ではない雨の降り方に、山際や川筋にまで住宅地が広がったことが掛け合わさり、従来の水害の各種典型例が「全員集合」する形で発生したのだ。私はかねて「災害は進化する」と述べてきたが、水害の「全員集合」こそ今回の豪雨災害の進化の姿だ。
多様な災害形態の「全員集合」の時代、人命を守るにはどうすべきか。東日本大震災の津波災害や原発事故に、政治・行政・東電が使った「想定外」という責任回避思想は、もう許されない。
しかし、国の災害に対する危機感は低い。6日に大雨特別警報が出され、その夜から7日に次々と被害が拡大した。政府が非常災害対策本部を設置したのは8日。その後も被害が深刻化する中で、国土交通相が出席するカジノ実施法案などの国会審議を優先。人命二の次という倒錯政治といえるだろう。
私は06年に水俣病公式確認50年での課題を検討する環境相の私的懇談会の委員として提言書をまとめた。その中で一番に提起したのが、重大事態の問題点と対応を速やかに把握する「いのちの安全委員会」と「災害・公害・大事故・事件のプロフェッショナル」として首相に的確な助言をする首相特別補佐官の設置だ。戦争・テロに対する国家安全保障政策と同等レベルで国民の命を守る体制を確立するためだ。近い将来に発生が予測される南海・東南海地震、首都直下地震による被害の桁違いの重大さを考えれば、首相直属の「いのちの安全委員会」と災害プロである特別補佐官の設置は急務だ。
災害は「いじわるじいさん」だ。社会や組織や人間の弱点を狙い撃ちする。岡山県倉敷市の河川決壊は長く危険性が指摘され、やっと来年度から改修工事が始まる直前だった。国や自治体の財政難で完全な対策ができないなら、住民の命を守る最低限の減災対策を探るべきだ。人口減の進む中、そういう次善の策でさえ、一自治体では無理だろう。「広域防災自治体連合」という新たな制度設計を提言したい。【聞き手・永山悦子】
平成時代のこれまでの主な気象災害
時期 事象 地域 死者・不明者数
1991年9~10月 台風19号 全国 62
93年7~8月 豪雨 西日本 79
2004年10月 台風23号 沖縄~東北 99
05年12月~06年3月 豪雪 四国~北海道 152
06年10月 大雨強風・波浪 四国~北海道 50
07年6~9月 酷暑 全国 66
10年6~9月 酷暑・大雨 全国 271
11年8~9月 台風12号 四国~北海道 98
14年7~8月 豪雨 全国 91
※理科年表を基に作成(死者・行方不明者50人以上)
■人物略歴
きもと・まさひで
1957年生まれ。京都大卒。専門は気象学。気象庁予報部、気象研究所などを経て現職。気象庁の異常気象分析検討会会長を長年務めた。著書に「『異常気象』の考え方」など。
■人物略歴
うしやま・もとゆき
1968年生まれ。信州大農学部卒。博士(農学・工学)。専門は災害情報学。岩手県立大准教授、静岡大防災総合センター准教授などを経て現在、副センター長。著書に「豪雨の災害情報学」など。
■人物略歴
やなぎだ・くにお
1936年生まれ。東京大卒。NHK記者を経て作家に。東京電力福島第1原発事故の政府事故調査・検証委員会委員長代理を務めた。2018年3月まで毎日新聞でコラム「深呼吸」を連載。