クラシック音楽界の中でさん然と輝く不世出の大ピアニスト「グレン・グールド」(カナダ:1932~1982)。死後30年ほどにもなるのにこんなに人気が衰えない演奏家も珍しい。
幼少のときに音楽家の母親からピアノの手ほどきを受け「歌うように演奏しなさい」との貴重な教えのとおり、その演奏の特徴は単に”楽譜をなぞらえる"印象とは程遠い。
たとえて言えば、一旦作曲家の音符をバラバラに分解してしまい、自分なりに勝手に再構築して独特のリズムとスタイルに統一して演奏するといった具合。演奏中に聴こえるあの独特のハミングが「歌うように演奏」を象徴している。
一方では奇人としても知られ、本番のピアノ演奏のときに聴衆を目前にして椅子の高さの調整にゴソゴソと20分以上もかけたりして、とうとう全盛期の中ほどからはコンサートの演奏を一切拒否してスタジオ録音に専念した変り種。
こういった「一種独特の世界」に、一旦はまってしまうと病膏肓〔こうこう)に入ってしまい、もう脱け出せない。それにお互いにグールド・ファンと分かっただけで、「フ~ム、お主、なかなか出来るな」といった感じの優越感を共有しつつ特別の親しみと連帯感を覚える。
現在の手持ちのCDは、世界の一流演奏家たちがスランプに陥ったときによく聴くといわれる「モーツァルトのピアノ・ソナタ全集」、それにバッハの「ゴールドベルク変奏曲1981年盤」「フランス組曲」、ブラームスの「インテルメッツォ」、ベートーヴェンの後期ピアノソナタ(30~32番)。
グールドにはバッハの作品に名演が多いが、やや手薄なのがちょっと気になるところ。
その辺の足下を見透かされたように、メール仲間でバッハの権威、奈良のM 中さんからご好意でもって送付していただいたのが次のCD。
☆ 「イギリス組曲」
☆ ゴールドベルク変奏曲「1955年録音、1981年録音セット」
まず、「イギリス組曲」から。
「あれっ、同じCDが2枚もある」と勘違いされる方があるかも。実は左がオーストリア原盤で、右がCBSソニーの「メイド・イン・USA」。
画像をクリックして拡大すると分かるが、右の写真の左下片隅に小さくソニーのロゴマークが見える。
この二つの盤に音の違いを確認して欲しいというのが、M中さんから与えられたテーマなのだが、これがまるで「月とすっぽん」のような差が。
断然、オーストリア盤のほうがいい。音の情報量がまるで違う。たとえて言えば、ソニーのほうはダビングしたマスターテープを使用して作製したかのように淡白で蒸留水のような音質。
同席して聴かれていたオーディオ仲間のA永さんも、これだけ違うと「大問題」だと憤慨される。CDの価格にそれ相当の開きがあれば仕方がないが、おそらく似たようなものだろう。
それなのに、こんなに音質の差があるのは「罪悪」以外の何物でもない。「一時が万事」ということもあるので、A永さんともどもHMVで好きなCDを購入するときに、もし「海外盤」と「ソニー盤」があれば、絶対に海外盤を選択しようと申し合わせたことだった。
「音楽心」のない人がアンプやスピーカーを作ると”それなりの音”にしかならないが、ソニー盤も似たようなものかな?
以上の旨をM中さんにメールすると、”まったく賛同”の意を表されたが、ソニーほどの大メーカーなんだから、もっと音楽好きのエンジニアを養成しないと~。
余談になるが国内のオーディオ衰退は音楽が分からない技術屋さんがやみ雲にオーディオ機器の企画、設計、製作をするところに一因があるとひそかに睨んでいるのだが。
次にゴールドベルク変奏曲。
1955年にチェンバロによる演奏だった「ゴールドベルク変奏曲」をピアノ用に編曲して衝撃のデビューを飾ったグールド。当時「まるでバッハが生き返って演奏している」といわれたほどの名演と称された。
1981年盤は前述したように手持ちでずっと聴き馴染んできたので、1955年盤をじっくりと聴いてみた。
評論家の間でも諸説があって、「1981年盤は”功なり名を遂げた”芸術家の妙に落ち着いた雰囲気があって感心できない、それに比べ1955年盤の方には挑戦的な、はつらつとした新鮮さがある」という意見を垣間見る。
これは画家の世界でも同じで「若描き」といって、老成したときの作品よりもほとばしるような才能の萌芽を見せる若い頃の作品に意外と掘り出し物があるという。
さて、自分の場合は演奏はともかく録音が感心できなかった。ピアノは低域の豊かさがそのまま「グランドピアノ」と「アプライト」の差になると思うが、低域がサッパリ伸びないので「アプライト」で演奏している印象を受けた。演奏がどうであれ、あっさり1981年盤に軍配を上げたい。
最後に、同時に送っていただいたヒラリー・ハーンの「プレイズ・バッハ」のゴールド・ディスクについて。
先般のブログに掲載したように、2倍ほどの値段の開きがあるゴールドディスク〔右の写真)だがそれだけ納得のいく差を認めるものの、今度はゴールドディスクのコピー盤と手持ち盤〔左の写真)との比較を行ってみた。
因みに、コピー用の機器は「プレクスター」(CD-R外付けドライブ)を使用し、読み込み速度を10倍、書き込み速度を4倍に設定してコピーしたもの。
「手持ち盤のほうがいいだろう」との予想がアッサリ覆って、コピー盤のほうがずっと良かった。「演奏に実在感がある」のがその理由。したがってジャケットはそのままにして、中身の盤をそっくり入れ替えることにした。
CD盤のソフト面でこんなに音質の違いがあるとなると「オーディオ装置の改善」なんか「水泡に帰す」ようなもので、いろいろと考えさせられてしまう。