「寂聴 」(じゃくちょう)
「火宅の人」檀一雄も真っ青になる「火宅の人」女性版…

そう、作家の瀬戸内晴美さんです。この人、もう、えげつないどころとちゃいまっせ。
夫・子供がいるにも関わらず愛人と出奔、そして、まあ、その後の男遍歴ったら、すごいですねえ、いやはや。
もちろん、そんな恋愛沙汰の経験や「体験」が、小説のネタになってるのは明らかです。
そして、そんな恋愛、いや「愛欲」遍歴の挙げ句の果てが出家です。本人も、思いもよらない成り行きだったと述懐してるけど…
出家した時、大阪は八尾に住む、住職で作家の今東光さんが彼女に電話した…
「法名は寂聴にしたらどうだい?」晴美さん、即座に弾んだ声で返事した。
「はい、喜んでいただきます」
なぜ、瀬戸内晴美さんが、今東光さんの提案「寂聴」を即座に受け入れたか?…
これが今回のテーマです。
以下、彼女の述懐です。(カッコ)内はウマの注釈。
「音楽嫌いと思い込んでいた私に四十歳をいくつか超えたある日、年下の男の友人(愛人)が一枚のレコードをくれた。彼の意を迎えるため、あわててステレオを買った。そしてそのレコードをかけた。それが、エリック・ドルフィー(ジャズミュージシャン)の『ラスト・レコーディング (LAST DATE)』だった。
私は、全身に震えを感じ、聴き終わったら涙を流していた。なるほど、音楽とはこういうものかと思った。私は深い森の中で無数の小鳥に囲まれているような感じがした。湖が見え、白い霧が林のこずえを流れるのが見え、せせらぎの音が聞こえ、森の外から角笛が聞こえてきた。
(中略) 私は自分が才能なく音楽に無縁で、一度印刷されたら、消すことの出来ない小説を書く仕事を選んだことが、不幸のように一瞬思った。
その時のステレオは国産の上等だった。それでも何だか不安になり、すぐもっと上等のものに買い直した。機械が変わっただけで、レコードの音が全く違ったものになるのに驚嘆し、私はそのレコードがすり切れるほどかけつづけた。ジャズならわかる。その時が私の音楽への開眼である。何と遅いめざめだろうか。四十年も私は耳がありながらつんぼでいたのである。
(中略)その時以降、月に二十枚ほどジャズのレコードを買った。不思議なことにレコードがたまるにつれ、クラシックの音楽を聞いても眠くならなくなった。特にバッハなどがとても好きになった」
「小説を書きながら、その場のバックミュージックにジャズを選んでひとり悦にいる楽しみも覚えた。たいてい真夜中に一人で聴く。疲れきっている時、ジャズは全身の細胞にしみとおり、涙のようにかわいた軀をうるおしてくれる。
エリック・ドルフィーでジャズを覚えたせいか、その後の私の好きなジャズ曲も、静かなものが好きなようだ。もちろん、彼の他のレコードも集めはしたが、何か決定的なことを決める時とか、心がめいった時とか、むやみに高揚しすぎる時とかに、私におまじないのように最もはじめに私にジャズというより「音」を教えてくれた最初の一枚をかけることにしている。
それから、何年かたち、私は全く思いがけないなりゆきで出家した。その時、今東光師からいただいた私の法名は「寂聴」であった。私は電話で今師から、「寂聴」はどうだい、と聞いた瞬間、耳にあの「ラスト・レコーディング (LAST DATE)」が聞こえてくる気がした。
「いただきます」と、私は弾んだ声で答えていた。
今でも、私は尼姿で、嵯峨の寂庵の夜を、ジャズレコードをかけてひとり聞いている」
さて、瀬戸内さんが今和尚からの電話で「寂聴」と聞いた時、彼女が、なぜ、エリック・ドルフィーの音楽を思い浮かべたのか?
僕の見解です…
瀬戸内さんは、つまり…エリック・ドルフィーの音楽を、かねてより「寂」の音楽だとの認識で「聴」いていたんだと思う。寂と聴…
しかし、一つ謎があります。なぜ、今和尚が「寂聴」の法名を思いついたのか? 御本人亡き今、永遠にわからなくなりました。
エリック・ドルフィーは、アルトサックス、クラリネット、バスクラリネット、そしてフルート奏者です。
彼の演奏は、決してウキウキする楽しいジャズではありません。かなり前衛的で内省的な演奏です。彼のアルトサックスやバスクラリネットの演奏を「馬のいななき」と評した方もいます。
しかし、彼のフルート演奏は、内省的で、かつ緊張感があるものの、この上なく美しいと感じるのは僕だけではないと思います。エリック・ドルフィーの宇宙世界を感じると言うと大袈裟やろか?
瀬戸内さんが心が震えたとおっしゃる「LAST DATE」に収録されている「You don’t know what love is」(あなたは恋を知らない)を、あとでおのおの方にお送りするんで聴いてみてください。
この有名なジャズのスタンダード曲、ドルフィーのフルート演奏は、いきなりの即興演奏で、なんとテーマが出てきません。すごい演奏だと思います。音楽嫌いだった瀬戸内さんが、一気にのめり込み、涙を流したのがよく理解出来る演奏です。
それにしても、瀬戸内寂聴さんが、嵯峨の寂庵で、尼姿でジャズのレコードを聴く様子を想像すると…う〜ん…いいよなあ。
僕は「生きざま」と言う言葉が好きではありません。自分を語るのに「生きざま」を使う方はちょっと敬遠したいですね。やはり「生き方」でしょう。
九十九歳、亡くなる直前まで健筆を振るい、天寿を全うした瀬戸内寂聴さんの「生き方」は、世に移ろいがあるように、人生にも移ろいがある一つの見本の提示のような気がしています。ご冥福を…
https://youtu.be/Pksfz8uycLk?si=LTxaf1SFtDZHEi9H
エリック・ドルフィーでジャズを覚えたせいか、その後の私の好きなジャズ曲も、静かなものが好きなようだ。もちろん、彼の他のレコードも集めはしたが、何か決定的なことを決める時とか、心がめいった時とか、むやみに高揚しすぎる時とかに、私におまじないのように最もはじめに私にジャズというより「音」を教えてくれた最初の一枚をかけることにしている。
それから、何年かたち、私は全く思いがけないなりゆきで出家した。その時、今東光師からいただいた私の法名は「寂聴」であった。私は電話で今師から、「寂聴」はどうだい、と聞いた瞬間、耳にあの「ラスト・レコーディング (LAST DATE)」が聞こえてくる気がした。
「いただきます」と、私は弾んだ声で答えていた。
今でも、私は尼姿で、嵯峨の寂庵の夜を、ジャズレコードをかけてひとり聞いている」
さて、瀬戸内さんが今和尚からの電話で「寂聴」と聞いた時、彼女が、なぜ、エリック・ドルフィーの音楽を思い浮かべたのか?
僕の見解です…
瀬戸内さんは、つまり…エリック・ドルフィーの音楽を、かねてより「寂」の音楽だとの認識で「聴」いていたんだと思う。寂と聴…
しかし、一つ謎があります。なぜ、今和尚が「寂聴」の法名を思いついたのか? 御本人亡き今、永遠にわからなくなりました。
エリック・ドルフィーは、アルトサックス、クラリネット、バスクラリネット、そしてフルート奏者です。
彼の演奏は、決してウキウキする楽しいジャズではありません。かなり前衛的で内省的な演奏です。彼のアルトサックスやバスクラリネットの演奏を「馬のいななき」と評した方もいます。
しかし、彼のフルート演奏は、内省的で、かつ緊張感があるものの、この上なく美しいと感じるのは僕だけではないと思います。エリック・ドルフィーの宇宙世界を感じると言うと大袈裟やろか?
瀬戸内さんが心が震えたとおっしゃる「LAST DATE」に収録されている「You don’t know what love is」(あなたは恋を知らない)を、あとでおのおの方にお送りするんで聴いてみてください。
この有名なジャズのスタンダード曲、ドルフィーのフルート演奏は、いきなりの即興演奏で、なんとテーマが出てきません。すごい演奏だと思います。音楽嫌いだった瀬戸内さんが、一気にのめり込み、涙を流したのがよく理解出来る演奏です。
それにしても、瀬戸内寂聴さんが、嵯峨の寂庵で、尼姿でジャズのレコードを聴く様子を想像すると…う〜ん…いいよなあ。
僕は「生きざま」と言う言葉が好きではありません。自分を語るのに「生きざま」を使う方はちょっと敬遠したいですね。やはり「生き方」でしょう。
九十九歳、亡くなる直前まで健筆を振るい、天寿を全うした瀬戸内寂聴さんの「生き方」は、世に移ろいがあるように、人生にも移ろいがある一つの見本の提示のような気がしています。ご冥福を…
https://youtu.be/Pksfz8uycLk?si=LTxaf1SFtDZHEi9H
