新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ

全国紙の元記者・中村仁がジャーナリストの経験を生かしたブログ
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中国主席とローマ法王の鉢合せ

2015年09月27日 | 海外

 

 

 短篇=米中首脳会談の陰の収穫

2015年9月27日

 

 米中首脳会談(9月25日)がワシントンで開かれた同じ時期に、ローマ法王が訪米するという鉢合せが関心を集めました。偶然の一致なのか、オバマ政権が仕組んだのか。中国はこのタイミングを嫌がったといいます。ニューヨークで国連総会が開かれ、両者が演説するとすれば、時期が重なることははじめからありえたと思います。それにしても、微妙で絶妙のタイミングでしたね。


 あまり収穫のなかった米中首脳会談より、法王の訪米、国連演説を米メディアは詳細に扱い、習主席の影は薄かったようですね。対中強硬論が高まる共和党の反発を抑える狙いも当たったといわれます。中国側はバカににするなと、怒っているかもしれません。首脳会談後の共同記者会見でも、大統領と主席はほとんど目を会わせなかったようですね。首脳の仲違いの様子が報じられることは、双方にとって計算づくのジェスチャーだったのでしょう。


常識的すぎるメディアの解説


 評価がしにくい首脳会談でした。日本のメディアはどこに焦点をあてたらいいのか、困ったことでしょう。朝日新聞は社説の見出しで「サイバー合意(サイバー攻撃を抑止するルール作りのこと)を一歩に」という見出しで、「両国は深い対立点を抱えつつも、共存の道を探り続けるしかない」と、常識的です。読売は「独善では大国関係を築けない」として、「中国の力による現状変更(南シナ海の支配拡大のこと)を看過できない」と批判しました。これも常識的です。


 社説は正攻法で問題点を指摘し、注文をあれこれつけるという手法をよくとります。「そうなのだろうな」という感想が残っても、「だからどうなのか」という思いを抱きます。米国は民主主義の教室現場みたいなものであっても、米国共産党はあってないに等しく、二大政党制(民主、共和党)のもとで、共産党の大統領候補は出せないのです。一方、中国は共産党独裁の国家で、選挙もありません。まったく異質の国のトップが首脳会談を行うこと自体に意義があるのでしょうね。


軍を掌握していない習主席


 日本のメディアの多くは「中国は独善的行為で国際秩序に挑戦を続けている」といい、国家主席の責任を問います。実態はどうなのでしょうか。最近、出版された元外交官の宮家邦彦氏の著書「日本の敵」(文春新書)に、「政府とは独立した軍部を文民政府は十分、コントロールできていない」、「中国経済は人民解放軍の軍拡を支えることができるのか」、「解放軍は関東軍(戦前、暴走した日本軍部)になりかねない」という指摘が出てきます。


 欧米型の民主主義国家では、文民統制により、軍の独断的暴走は許されません。中国を同列に扱い、習体制を批判し、弱体化させてしまうと、敵(解放軍)を利することにもなりかねません。米中首脳会談の直前に、中国海軍がアラスカ沖で米領海内を航行、中国軍機が米偵察機の直近を通過などの行為は、習主席の指示というより、恐らく軍独自の挑発ではないでしょうか。


大統領候補の指名争いも横目


 ローマ法王の訪米を習主席はどう感じただろうか。共産主義とは異質のキリスト教の巨大な世界があり、そのトップを米国民あげて熱狂的に(多分?)歓迎しました。米国では、大統領選に向けた両党の候補者指名争いが熱気を帯びています。その光景の側にいた主席が感じたものこそ、今回の訪米の収穫だったのではないでしょうか。日本メディアには、成熟した分析、解説が欲しいですね。


 




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