政治リスクの懸念を軽視
2024年3月15日
日本鉄鋼メーカー、日鉄による米国のシンボルともいえるUSスチールの買収は案の定、トランプ、バイデン両氏の反対で暗礁に乗り上げました。日鉄の経営陣が政治問題化のリスクを甘くみた結果でしょう。
日鉄が2兆円という巨費を投入するというので驚きました。今の流れからすると、すでに政治問題化しており、買収が成功するか否か、大統領選の影響を受け、かなり危うい状況でしょう。政治的リスクに対する経営感覚が甘かったと思います。
日鉄経営陣はまず、買収を発表したタイミング(昨年12月)の悪さを反省すると同時に、少なくとも「大統領選の期間中は買収交渉を中断する」という決定を早期にし、公表すべきでしょう。
円安で買収金額が膨大になりましたから、政治的側面はクリアしているのかなと想像しましたら、そうではないようです。もし、ご破算にでもなるようしたら、意思決定した経営者は退陣に値します。
かりに成功したとしても、不利な条件を次々に求められ、高いものにつくでしょう。弁護士費用、議会に対するロビー活動の費用といい、それらも巨額に上る。とにかく大統領選の直前に、なぜこのような重大な案件を公表したのかと思っている人は多いでしょう。
日本企業に勢いがあった頃、何度も米国のシンボルを脅かし、政治問題化しました。1970年代に日本車の対米輸出が急増し、ゼネラル・モーター(GM)などビッグスリーの経営危機に追い込まれました。日本車を労組員がハンマーで叩き割るという蛮行がニュースになりました。
結局、日米自動車交渉が行われ、日本側が対米輸出の自主規制(輸出台数の制限)に応じることで決着しました。当時の米国は自動車王国で、その象徴がGMでしたから、経済合理性は後景に追いやられました。
日本がバブル経済のピークの頃、地価が暴騰し、皇居の土地代だけでカリフォルニア州を買えると、自慢気に語る人もいました。三菱地所がニューヨーク・マンハッタンのロックフェラー・センタービルを買収(51%の株を取得)したのは1989年でした。
これも米国のシンボル的存在でした。「ジャパン・バッシング(日本叩き)」に火を注ぐ形になりました。買収するならう無名に案件にしておけばまだよかった。バッシングの時代から、日本は30年間の経済停滞期に入り、やっと2月に34年前の最高値の株価を取り戻しました。
今や日本パッシング(素通り)の時代であっても、米国は今年、大統領選挙の年です。1901年の創業で、長く世界的な企業であり続けたUSスチールは、現在世界ランキングでは今や25位以下です。日鉄は2位で、上位10社のうち6社が中国勢です。USスチールの経営陣は、日鉄による救済買収、再建という選択を目指したのでしょうか。
それでもUSスチールという社名を聞けば、「シンボル的な存在であった」と思うのが常識です。すでにシンボルではなくなっているとしても、大統領選の年で政治問題化するリスクする恐れがあることをよく考えたのでしょうか。こちらのほうがやっかいです。不用意であったと思います。
共和党候補をほぼ確定したトランプ・前大統領は「即座に阻止する」と発言しました。トランプ氏との再選になろうバイデン大統領は「国内で所有・運営される 米鉄鋼企業であり続けることが重要だ」と、述べました。
ラストベルト(錆びついた工業地帯)にあるUSスチールの労働組合も「 米国人の鉄鋼労働者によって運営される強力は米国の鉄鋼会社を維持することが重要だ」と強調しています。接戦州のわずかな票数に勝敗が左右される。そこに日鉄ははまりこんでしまった。
直接的には対米国投資委員会を通じて買収を厳格に審査する流れです。「日米は同盟国であるから、適正な扱いを受けられる」という経済的な甘い正論は通用しない。接戦が予想される大統領選のカギを握っているラストベルトの労働者票を両候補は重視する。
今になって日鉄の経営陣は「買収による救済、再建なら歓迎されると考えた。それがこんなに政治問題化するとは・・」と思っているのかもしれません。とにかく早期に交渉を凍結することが出血を抑えることになる。