昨日に引き続き、今日も猛暑日となりました。気温と体温がほぼ同じだとこんなにも沢山息苦しいのかと、改めてゲンナリさせられます…。
さて、音楽教室の生徒さんがコレッリの『アレグロ』を終えてスズキヴァイオリン教則本の第7巻を終了したことを昨日書きましたが、次回のレッスンからは第8巻に進むことになります。なので、今日はその巻頭にあるエックレスの《ヴァイオリン・ソナタ ト短調》について書いてみようと思います。
ヘンリー・エックレス(1675〜1745)はイギリス出身のヴァイオリニストで、フランスでも活躍したためフランス語読みでアンリ・エクルズとも呼ばれています。エックレスは作曲家としても活躍していて、多くの合奏協奏曲や室内ソナタも遺しました。
エックレスは同時代のイタリア人ヴァイオリニストで作曲家でもあったジュゼッペ・ヴァレンティーニ(1681頃~1740頃)やフランチェスコ・ボンポルティ(1672~1748)などから大いに刺激を受けていました。そのため、イギリス人なのにまるでイタリア人が作曲したかのような曲が多いのが特徴と言われています。
駐英フランス大使ドーモン公爵にヴァイオリニストとして仕えたエックレスは、1713年頃に帰国した大使と一緒にフランスに渡りました。その後エックレスは、1720年に《ヴァイオリンのための12のソナタ集》を作曲しました。
このソナタ集の中のいくつかには、構成を組み立てるためにジュゼッペ・ヴァレンティーニ等の作品からの借用が一部に含まれています。この巻で最も有名なソナタ第11番ト短調、つまり今回とりあげるソナタの第2楽章も、フランチェスコ・ボンポルティの作品10の中の第2楽章コレンテ(クーラント)を借用したものです。
借用…というと何だか盗用やパクリのように聞こえますが、著作権などという概念の無かったこの頃は他人の作品を転用したり借用したりすることはよくあることでした。何なら、あのヘンデルもオペラやソナタの中で一時期よくやっていたことが知られていますし、
『アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳』に集録され、現在《バッハのメヌエット》としてピアノを学ぶ人なら誰しも知っている上のメヌエットも実はバッハの作品ではなく、ドイツ盛期バロック時代のオルガニスト・作曲家であるクリスティアン・ペツォルト(1677〜1733)の作品であることがわかっています。
話をエックレスに戻すと、このソナタはその後何故か単独で有名になり、20世紀を代表するヴァイオリニストのひとりであるジャック・ティボー(1880~1953)や元NHK交響楽団コンサートマスターの海野 義雄(1936〜)といった様々な奏者が演奏や録音をしました。また、この曲は重音やヴィブラートといった様々な演奏テクニックが学べるため『鈴木鎮一ヴァイオリン指導曲集第8巻』をはじめとした様々なヴァイオリン教則本に収められていて、ヴァイオリン学習者にとって重要な作品となっています。
更にこの曲はヴァイオリンだけでなく、いろいろな楽器でも演奏されるように編曲されました。今ではヴァイオリン版の他にヴィオラ版、チェロ版、コントラバス版やフルート版、リコーダー版、ホルン版、トロンボーン版、サクソフォーン版などがあります。
個人的な話で恐縮ですが、私が大学の卒業試験に選んだのもこのエックレスのソナタのヴィオラ版でした。結果卒業式の後の卒業選考演奏会に出られる一歩手前で終わりましたが、それでもこの曲で学生生活を終えることができて嬉しかったことを覚えています。
そんなわけで、今日はヘンリー・エックレスの《ヴァイオリン・ソナタ ト短調》をお聴きいただきたいと思います。ドヴォルザークの曾孫でもあるヴァイオリニストのヨゼフ・スーク(1929〜2011)のヴァイオリンとオルガンとの共演で、この一曲でヘンリー・エックレスの名を後世に残すこととなった、業界的には非常に有名(笑)な佳曲をお楽しみください。