共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はアルヴォ・ペルトの誕生日〜《Spiegel in spiegel(鏡の中の鏡)》

2022年09月11日 17時40分45秒 | 音楽
昨晩、中秋の名月を眺めている時も涼しかったのですが、今朝も引き続き涼しい風の吹く秋らしい朝となりました。いっそこのまま秋になってくれればいいのに…と思うのですが日中は30℃近くまで気温が上昇しましたから、ことはそう簡単には運ばないようです。

ところで、今日9月11日はアルヴォ・ペルトの誕生日です。



アルヴォ・ペルト(1935〜)はバルト三国のひとつエストニアに生まれたミニマリズム楽派に属する作曲家の一人で、現在87歳でご存命です。ミニマリズム、或いはミニマル・ミュージックとは『音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽』という意味合いで、1960年代から盛んになってきたジャンルの音楽です。

ペルトの音楽教育は7歳から開始されていて、14〜5歳の頃には既に作曲をしていました。1957年にタリン音楽院(現エストニア音楽アカデミー)に進んだペルトは作曲を勉強するだけでなく、1968年まではエストニア放送のレコーディングエンジニアの仕事も兼務していました。

1961年に発表したオラトリオ《世界の歩み》によってモスクワで開催された全ソ連青少年作曲コンクールで優勝を果たしたペルトは、作曲家としてのキャリアを本格的に始動させました。1979年には家族と共に当時のソヴィエトからオーストリアのウィーンに亡命して市民権を獲得し、1982年には活動の拠点をベルリンに移しています。

ペルトの作風は、初期の作品群ではショスタコーヴィチやプロコフィエフ、バルトークの影響下にある厳格な新古典主義の様式から、シェーンベルクの十二音技法の音楽にまで影響されていました。その後『西洋音楽の根源への実質上の回帰』を見出したペルトは古楽に没頭し、それまでとは正反対の単旋律聖歌やグレゴリオ聖歌、ルネサンス期におけるポリフォニー(多声)音楽の出現などを研究して『ティンティナブリ(鈴声)』と呼ばれる独自の分野を切り拓きました。

現代音楽というにはあまりにも静謐でシンプルな作品が特徴的なペルト作品ですが、今日はその中から《鏡の中の鏡(Spiegel in spiegel)》を取り上げてみようと思います。

《鏡の中の鏡(Spiegel im spiegel)》はペルトの代表作のひとつで、オーストリアに亡命する直前の1978年に作曲されました。初演をつとめたヴァイオリニストのウラディーミル・スピヴァコフに献呈されたこともあってヴァイオリンとピアノのために書かれていますが、ヴィオラやチェロで演奏されることもあります。

この曲は、極限まで音数を減らした単純な3音によるアルペジオがピアノで終始奏でられる中、高音と低音とが一定の間隔で交互に響いて雰囲気を引き締めています。そのピアノに乗ってヴァイオリンが、一つ下、二つ下の音から『ラ』に向けて上昇してくる音階と、それを鏡に写して反転させたように、一つ上、二つ上の音から『ラ』に向けて下降してくる音階とを交互に展開させる『鏡面進行』を淡々と進めていきます。

正に明鏡止水、逆の言い方をしてしまえば単調なまでに全く盛り上がらない音楽です。しかし、一定の動きに徹するピアノの伴奏と長音を淡々と置いていく弦楽器のメロディを聴いていると、まるで禅堂の中で座禅を組んでいるが如くの世界観に我が身を置いているような心持ちになります。

ペルトは自身の作品について、

「私の音楽は、あらゆる色を含む白色光に喩えることが出来よう。プリズムのみがその光を分光し、多彩な色を現出させることが出来る。聴き手の精神が、このプリズムになれるかもしれない」

と語っています。その言葉に照らすと、《鏡の中の鏡》はプリズムである聴き手の精神を静かに、しかし強く触発する光のような音楽だということができるかも知れません。

演奏時間にして10分程度の作品ですが、その音楽は極めて簡素で静謐です。その中にほんの僅かでも雑念が入るとあっという間に世界観が崩壊してしまいそうな危うさや緊張感をも内包しているこの作品は、いわゆる商業的な癒やしの音楽であるヒーリングミュージックとは大きく一線を画するもので、ペルトのミニマリズムの一つの頂点を形成したものと言っても過言ではないものとなっています。

そんなわけで、アルヴォ・ペルトの誕生日である今日はその《鏡の中の鏡》をお聴きいただきたいと思います。ヴァイオリンやチェロでの演奏も魅力的ですが、今回はヴィオラによる演奏でお楽しみください。



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