今日は『山の日』です。2016年に制定された祝日ですが、『海の日』ですらピンときていない昭和生まれには何のことやら…です。
ただ、『山の日』だからといって、このクソ暑い日にわざわざ山に出かけようなんぞという気にはなりません(汗)。それでも『山の日』っぽいことは何か無いかと思っていたのですが、急に思い出して《アルプス交響曲》を聴いてみることにしました。
《アルプス交響曲》作品64は、
リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)が1915年に作曲した単一楽章の交響曲です。シュトラウスが14歳、若しくは15歳の時に、ドイツ・アルプスのツークシュピッツェ(見出し写真)に向けて登山をしたときの体験が、この曲の元となっているといいます。
その後、1900年に交響詩『芸術家の悲劇』(未完)を経て、1902年には『アンチクリスト、アルプス交響曲』という名称でスケッチが書かれました。この題名にはフリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900)の『アンチクリスト(反キリスト教)』からの影響が見て取れるといわれていて、この当時には4楽章形式の交響曲としての構想も書かれていたようです。
先に書きましたが、《アルプス交響曲》は切れ目なく演奏される単一楽章の交響曲です。全体は、以下のような流れで構成されています。
『夜 Nacht』
変ロ短調の下降音階が順番に重なっていく不協和音(夜の動機)により開始される。金管楽器による山の動機が静かに登場する。何重にも分かれた弦楽器により音が厚くなっていく。
『日の出 Sonnenaufgang』
イ長調の太陽の動機がffで出てくる。調性を変えながらメロディーは引き継がれたあと、ゲネラルパウゼ(全休止)となる。
『登り道 Der Anstieg』
低音弦楽器による山登りの動機から始まる。流れるような旋律になった後、岩壁の動機が現れ、舞台裏でホルンを中心とした金管楽器のファンファーレが奏される。
『森への立ち入り Eintritt in den Wald』
弦楽器の 16分音符の中、トロンボーンとホルンによる旋律が奏され、それに山の動機が絡んでくる。
『小川に沿っての歩み Wanderung neben dem Bache』
小川のせせらぎの音が聞こえるが、登りであるので山の動機も重ねられる。
『滝 Am Wasserfall』
岩壁の動機に、弦楽器と木管楽器・ハープ・チェレスタによる滝の流れが重ねられる。
『幻影 Erscheinung』
水の中にオーボエの旋律による幻影が見えてくる。最後にホルンの旋律が出てくる。
『花咲く草原 Auf blumigen Wiesen』
山登りの動機が静かに聞こえてきたあと、曲は快活になる。
『山の牧場 Auf der Alm』
カウベルによる牛の擬音が鳴る中、牛の鳴き声とアルプホルンを模したホルンの音が聞こえてくる。その後、ホルンの旋律とともに登山者は道に迷う。
『林で道に迷う Durch Dickicht und Gestrüpp auf Irrwegen』
山登りの動機と岩壁の動機が出てくる。そして山の動機が現れ、次へとつながる。
『氷河 Auf dem Gletscher』
明るくなり、山登りの動機が現れる。
『危険な瞬間 Gefahrvolle Augenblicke 』
登山者が滑落しそうになり、落石が岩壁を転げ落ちていく。遠くから雷鳴(ティンパニのロール)が聞こえてくる。
『頂上にて Auf dem Gipfel』
和音が響いた後、トロンボーンが頂上の動機を鳴らし、オーボエが訥々と旋律を奏でる。そして幻影で出てきたホルンの旋律が再び現れる。山の動機と太陽の動機が一体となる。
『見えるもの Vision』
頂上の動機が和音の下から現れたあと、太陽の動機が管を追加してまた登場する。
『霧が立ちのぼる Nebel steigen auf』
ファゴットと低音オーボエのヘッケルフォーンが不安げな旋律を奏でる。
『しだいに日がかげる Die Sonne verdüstert sich allmählich』
太陽の動機が短調で登場し、太陽が翳ってきていることを表している。
『哀歌 Elegie』
弦楽器により、登山者は悲しげな歌を口ずさむ。
『嵐の前の静けさ Stille vor dem Sturm 』
遠くから雷(バスドラムとサスペンデッドシンバル)が聞こえてきて、だんだん暗くなってくる。ぽつぽつと降り出した雨(ヴァイオリン・フルート・オーボエ)は次第に激しくなり、ウィンドマシーンによる風が吹き始める。
『雷雨と嵐、下山 Gewitter und Sturm, Abstieg』
パイプオルガンの和音とウィンドマシーンによる風の吹き荒れる中、登山者は下山する。これは山登りの動機を転回し、逆の順序で用いることで表されている。強烈な稲妻が光り、最後にはシュトラウス特注のサンダーマシーンにより落雷が起こる。その後はだんだん静かになってくる。
『日没 Sonnenuntergang』
太陽の動機が転回され、日没を表している。登山者は哀歌を口ずさむ。
『終末 Ausklang』
パイプオルガンにより太陽の動機が奏され、山登りの動機も回想的に使われ、あたりは暗くなってくる。
『夜 Nacht』
冒頭部の夜の動機がまた現れ、山の動機とともに静かに終わる。
この曲の演奏で大変なのが、
●曲の長さ
●人数の多さ
●特殊楽器の多用
です。
曲の長さについては、単一楽章の作品ながらほぼ1時間かかります。交響曲で1時間超えとなると、ベートーヴェンの《第九》やマーラーの《千人の交響曲》といった超大作並みということになりますが、それに匹敵する音楽が切れ目なく演奏されるのですからなかなかのものです。
人数の多さについては、例えば第1ヴァイオリンはリヒャルト・シュトラウスの指定で最低でも18人は用意するように書かれていて、第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスも、それに準じた人数が要求されています。しかも木管楽器はそれぞれのパートにアシスタントをつけて倍の人数にすることが望ましいとされていて、ハープが2台(または重ねて4台!)にパイプオルガンも登場して、更に舞台裏には金管楽器のバンダ別働隊までいるので、総勢150名くらいの演奏者が必要になってくるのです。
特殊楽器についてですが、オーボエパートにイングリッシュホルンに加えてヘッケルフォーンというバス音域のオーボエが必要です。
上の写真の右からオーボエ・イングリッシュホルン・ヘッケルフォーンなのですが、この楽器を使う曲としてはこの曲の他にホルストの《惑星》をはじめとした数曲しかないので、なかなか耳にすることはできません。
ホルンパートは8人必要ですが、うち半分は途中で
ヴァーグナーテューバという楽器を持ち替えて演奏します。これは文字通りヴァーグナーが自身の作曲した楽劇のために新たに開発した楽器で、ブルックナーのいくつかの交響曲にも使われています。
極めつけは打楽器で、例えば『山の牧場』の場面では
牛たちが首に付けているカウベルが鳴らされ、『雷雨と嵐』の場面では吹き荒ぶ嵐のリアリティを出すために
ウィンドマシーン(右)とサンダーマシーン(左)という効果音楽器まで登場するのですから大変です。
そんなことで滅多に演奏される機会のない作品ですが、それでも随所にリヒャルト・シュトラウスならではの美しい旋律を楽しむことのできる魅力的な一曲です。ましてや『山の日』に聴くには、ある意味うってつけなのかも知れません。
そんなわけで、今日はリヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》を、フランクフルト放送交響楽団の演奏でお聴きいただきたいと思います。特殊楽器の音色も楽しい曲ですが、演奏に1時間近くかかることを念頭に置いて時間にゆとりを持たせてから再生ボタンを押してください(汗)。