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若冲(2)

 愛知県美術館で開催中の「若冲と江戸絵画」展を観賞しに行ってきた。4月13日から6月10日までの開催なので、どんなことがあっても一度は行くつもりだった。ただ、大勢の人ごみの中で観賞するのは避けたいと思っていた。昨今の若冲ブームのためいつ行っても混んでいるだろうと思ってはいたが、かえってゴールデンウィーク中の方が遠出をする人が多くて案外とすいているのではないかと、淡い期待を抱いて出かけた。
 愛知県美術館は愛知県芸術文化センターの10階にある。私は初めて入ったのだが、建物の壮大さには驚かされた。1階から最上階の10階まで吹き抜けになっていて、エスカーレターでどんどん上に上っていくと、高い所の苦手な私は思わず足がすくんでしまった。何のためにこんな構造にしなけりゃいけないのか理解できないが、芸術センターだけに建物全体もオブジェと考えられているのかもしれない。(それでもよく分からないが) 

  

 10階に着いて驚いた、入場券売り場に列ができていない!あっさりと入場できてしまった。これにはいささか拍子抜けしてしまったが、私にとっては嬉しいことだ。これなら待ちに待った若冲とゆっくり対面できる。この展覧会は、魅力に満ちた江戸絵画の大コレクションとして世界的に知られている、カリフォルニアのプライスコレクションから選りスグリの109点が展示されている催しである。会場は、Ⅰ正統派絵画、Ⅱ京の画家 Ⅲエキセントリック Ⅳ江戸の画家 Ⅴ江戸琳派 の5つの部門に分けて展示されている。
 Ⅱの京の画家では、円山応挙の「懸崖飛泉図屏風」や長沢芦雪の「白象黒牛図屏風」という逸品に目を奪われた。屏風に描かれた絵というのは実に雄大だ。応挙は多くを描いていないが故に空間的広がりを表現しているし、芦雪の牛と象は屏風いっぱいにその姿が描かれていることで、その途方もない大きさを表現している。この部門で他に印象に残ったのは、実に多くの虎の絵が描かれていることだ。いずれの絵も、今まさに動き出さんばかりの躍動する虎の姿が毛の一本一本まで丹念に描かれている。思わず身を乗り出して細部まで見てしまう。
 しかし、それもⅢの若冲の絵画が集められた部門に来たら忘れ去られてしまった。私の大嫌いな鶏の絵で有名な若冲ではあるが、展示されていた鶏の絵はさほど多くなかった。細部まで描ききった若冲の鶏が少なかったのには安心もしたが、やはり少々物足りなかった。だが、そんなことなど「鳥獣花木図屏風」の前ではどうでもいいことだった。私はただこの屏風を観るためだけにやって来たのだ。そんな思いからか、絵の前に立つと思わず目頭が熱くなってきた。もう、ただただじっと見つめるだけだった。なんて絵だ!どうしてこんな絵が描けるのだ・・!


若冲は1716年から1800年に生きた京の絵師だ。今から200年以上前に生きていた彼には、現代のように動物園で動物達を細かに観察することはできなかったであろう。この展覧会の副題(JAKUCHU AND THE AGE OF IMAGINATION)にもあるように、想像力を働かせながら描いたものであると考えるのが自然だろう。1マス約12mmのマス目を屏風1枚に付き43,000個も使ってモザイクのように描かれたこの絵の前に立てば、誰もが若冲の想像力に圧倒されてしまうことだろう。左隻には鳥が、右隻には動物が生き生きと描かれていて、自分がその中の一部になったような気さえ起こってくる。まるで曼荼羅のように一つの宇宙が表現されているかのようだ。私は見惚れるばかりで、しばらくその場を動くことができなかった。まさしく至福の時であった。

 この後Ⅳ・Ⅴには、鈴木其一、酒井抱一の絵なども展示されてはいたが、もう満足しつくした私にはさほどの感慨を催させはしなかった。見終えて、図録と上の写真に撮ったミニ屏風を買って会場を後にしたが、しばらくはこの満たされた気持ちが続くことだろう。

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