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フェミニズム

 内田樹「女は何を欲望するか?」(角川oneテーマ21)を読んだ。昨年は内田樹の本を何冊か読み、卓越した思想とそれを明快に表現するだけの文章力を兼ね備えた稀有な存在として、敬服するようになった。その彼が「宿敵」と見なすフェミニズムについて論考した本書は、フェミニズムの何たるかをまるで知らない私には、かなり荷の重い著作であった。本書は決して読者にやさしくない。新書の形式で発表される書物ならば、フェミニズムの歴史的、社会的な背景から紐解くのが通例なのに、本書はまったくそんな気遣いなど見せない。もともとが単行本として上梓されたものを新書化したものであるから、入門書の類などではないのは当然かもしれない。この書を読むのなら当然それくらいは自分で予習しておけ、とでも言いたげに、著者のフェミニズミに対する基本認識は読者と共有しているものだという前提の下に書かれているように思われる。従って用語もかなり難解なものが多く、時には書を置いて辞書で調べなければならなかった。「アポリア、アモルファス、ダブルバインド、ドクサ、バイアス・・」、当たり前のようにこんなカタカナ語がちりばめられていて、しかも何の注釈も施されていないのだから、私のように哲学的な素養が欠けている者にとっては、文意を理解するのに何度も読み返さなければならないこともしばしばだった。
 思い出すのは、「狼少年のパラドクス」(朝日新聞社)の中で内田が「読者に向かって『分からない言葉があったら辞書を引きたまえ』ときっぱり言い切ることのできる新聞はいまは存在しない。おそらくメディアの側は『これはリーダー・フレンドリーということです』と言い訳するだろう」と嘆いていたことだ。確かに分からないことを調べるために辞書は存在する。先人の残した叡智を活用しなくてはもったいない。そこで、私も横着せずに「フェミニズム」関連の語を広辞苑で調べてみた。
 
 フェミニズム【feminism】女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論。
 フェミニズム批評【feminism criticism】フェミニズムの観点から行われる批評。性とジェンダーの概念を中心におく。
 ジェンダー【gender】生物学的な性別を示すセックスに対して、社会的・文化的に形成される性別。作られた男らしさ、女らしさ。
 ジェンダー・フリー(和製語)社会的・文化的に形成された性差別の克服を目指す考え。

 これで全てを網羅したわけではもちろんない。しかし、このようなフェミニズムの日本における現状を内田は、「その歴史的使命を果たし終えて、いま段階的にその社会的影響力を失いつつある」と認識する。「私たちの社会の制度の不正と欠陥をいくつか前景化させたし、性差が私たちの思考や行動を思いがけないところで規定していることも教えてくれた」「生産的な社会理論であった」フェミニズムがなぜ衰退期に入ったのか?それに対する内田の答えはいたってシンプルだが、多くの示唆に富んでいる。要約してみると、

フェミニズムは「あらゆることをその理論で説明できる」という全能感をもたらした(・・)。この全能感は私たちを高揚させ、幸福にし、そして節度を失わせる。「ほんとうはその理論をもって説明すべきではないことまで、それで説明できてしまう」とき、その理論の適用を自制できる人間は少ない。きわめて少ない(・・)。フェミニストたちは残念ながらそのような節度を持つことができなかった。そして、あまりに広い範囲に、あまりに性急に、その理論の適用を迫ったために、自ら進んで思想としての「死期」を早めてしまった。(まえがき)

 確かに、己の分を弁えるのは大切なことだ、人間の生き方でも理論でも・・、これくらいしか私には理解できなかった。この「まえがき」をテーゼとして、それを証明するために本書の大部分が割かれているのだろうな、とおぼろげに類推することはできたが、読んでいてただ字面を追っているだけだと気づくことも何度かあって、己の読解力の拙さを嘆いたりもした。だが、それでも最後まで読み通すことができたのは、やはり内田樹の文章力のなせる業なんだろうなと、改めてその健筆ぶりには舌を巻いた。
 できればもう一度読み返したいが、そんな時間は多分ないだろうなあ・・。
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