毎日いろんなことで頭を悩ましながらも、明日のために頑張ろうと自分を励ましています。
疲れるけど、頑張ろう!
アナベル・リイ
大江健三郎著「臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ」(新潮社)を読んだ。年末までに読み終えたいと思っていたのだが、なかなか時間がとれず、年を越してしまった。さすがに70歳を超えると大江健三郎もダルいな、などとノーベル賞作家に対して少々不遜なことを思ってしまったくらい、前半を読んでいて面白いと思えなかった。それが遅々としてページが進まなかった一つの原因ではあるが、それは大江の発表したここ数年の小説を中途で読むのを断念し続けてきた私には、新しいことでもなかった。もともと私が大江の小説世界に入り込むには、時間がかかる。それを我慢しスムーズに読み進めるようになれば、最後まで一気に読み通せるのだが、そこにたどり着けずに放棄した作品は結構ある。と言っても、そのほとんどがノーベル賞を受賞して以降の作品だが・・。
それでも、新刊が出るたびに必ず買ったが、どうしても最後まで読み通せないことが続いた。寅さん映画のようにお馴染みの人物構成に食傷したのか、私の思いとの懸隔が大きくなったのか、或いは私の想像力の貧弱さのせいなのか、とにかく読み通せない作品が続いた。その間も長年大江作品に親しんできた私だけに、何とか読み通したい気持ちはもち続けていたのだが、以前ほど大江の小説を有難がって読まなくなったのかもしれない。またこんな物語か・・、などと正直思ったりもした。もう私には大江健三郎は読めないのかな、などとここ数年思っていただけに、この「臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ」を最後まで読み通せたことは、素直に嬉しかった。
もちろんそれは、だるい部分を我慢して久しぶりにリズムがつかめたからだろうし、物語が次第に動き出したためでもあろう。小説の内容については「今までの大江の作品の流れを集めた総集編的な作品」とでも言えばいいのだろうか。中期以降の大江の作品に馴染みのない読者にはひょっとしたら理解しにくい内容なのかもしれない。だが、もうそんなことなど大江ほどの年齢に達すると大した意味合いを持たず、大江自身と大江をよく知った読者が大江が築き上げた小説世界を懐かしめればそれでいいだけの作品なのかもしれない。読み終わった今、なんとなくそう思う。若い頃の大江に顕著だった性的描写も盛り込まれているし、生まれ故郷の四国の森の物語も語られている、所々で大学時代の大江を彷彿とさせる記述もあって、「ああ、そうだったな・・」と振り返るような箇所が随所にあった。大江に親しんできた私には、それはそれで楽しめたから、もう十分であった・・。
ただ、表題にも引用されているエドガー・アラン・ポーの詩「アナベル・リイ」の訳詩が
日夏州耿之介の手になるものの引用であり、あまりに雅語がちりばめられているため、解釈しにくい箇所が幾つかあった。この小説の基底に流れるメロディーの役目を果たしている「アナベル・リイ」の詩を十全に理解できない己の勉強不足を恥じるとともに、ここまでの雅文を使いこなせる詩人がいたことに驚いた。以下にその訳詩を載せてみる。
在りし昔のことなれども
わたの水阿(みさき)の里住みの
あさ瀬をとめよそのよび名を
アナベル・リイときこえしか。
をとめひたすらこのわれと
なまめきあひてよねんもなし。
わたの水阿のうらかげや
二なくめでしれいつくしぶ
アナベル・リイとわが身こそ
もとよりともにうなゐなれど
帝郷羽衣の天人だも
ものうらやみのたねなりかし。
かかればありしそのかみは
わたの水阿のうらうらに
一夜油雲風を孕み
アナベル・リイそうけ立ちつ
わたのみさきのうらかげの
あだし野の露となさむずと
かの太上のうからやから
手のうちよりぞ奪(ば)ひてんげり。
帝郷の天人ばら天祉およばず
めであざみて且さりけむ、
さなり、さればとよ(わたつみの
みさきのさとにひとぞしる)
油雲風を孕みアナベル・リイ
そうけ立ちつ身まかりつ。
ねびまさりけむひとびと
世にさかしきかどにこそと
こよなくふかきなさけあれば
はた帝郷のてんにんばら
わだのそこひのみづぬしとて
臈(らふ)たしアナベル・リイがみたまをば
やはかとほざくべうもあらず。
月照るなべ
臈たしアナベル・リイ夢路に入り、
星ひかるなべ
臈たしアナベル・リイが明眸俤(もかげ)にたつ
夜のほどろわたつみの水阿の土封(つむれ)
うみのみぎはのみはかべや
こひびと我妹(わぎも)いきの緒の
そぎへに居臥す身のすゑかも。
語の美しさは感じとれるものの、これでは何種類かの辞書で意味を調べなければ何のことやら分からない・・。そこで岩波文庫『対訳ポー詩集アメリカ詩人選(1)』から、加島祥造訳を以下に載せておく。
幾年も幾年も前のこと
海の浜辺の王国に
乙女がひとり暮らしていた、そのひとの名は
アナベル・リー――
そしてこの乙女、その思いはほかになくて
ただひたすら、ぼくを愛し、ぼくに愛されることだった。
この海辺の王国で、ぼくと彼女は
子供のように、子供のままに生きていた
愛することも、ただの愛ではなかった――
愛を超えて愛しあった――ぼくとアナベル・リーの
その愛は、しまいに天国にいる天使たちに
羨まれ、憎まれてしまったのだった。
そしてこれが理由となって、ある夜
遠いむかし、その海辺の王国に
寒い夜風が吹きつのり
ぼくのアナベル・リーを凍えさせた。
そして高い生まれの彼女の親戚たちが
とつぜん現れて彼女を、ぼくから引き裂き連れ去った
そして閉じこめてしまった
海辺の王国の大きな墓所に。
天使たちは天国にいてさえぼくたちほど幸せでなかったから
彼女とぼくとを羨んだのだ――
そうだとも!それこそが理由だ
それはこの海辺の国の人みんなの知ること
ある夜、雲から風が吹きおりて
凍えさせ、殺してしまった、ぼくのアナベル・リーを。
しかしぼくらの愛、それはとても強いのだ
ぼくらよりも年上の人たちの愛よりも
ぼくらより賢い人たちの愛よりも強いのだ――
だから天上の天使たちだろうと
海の底の悪魔たちだろうと
裂くことはできない、ぼくの魂とあの美しい
アナベル・リーの魂を――
なぜなら、月の光の差すごとにぼくは
美しいアナベル・リーを夢見るからだ
星々のあがるごとに美しいアナベル・リーの
輝く瞳を見るからだ――
だから夜ごとぼくは愛するアナベル・リーの傍に横たわるのだ
おゝ、いとしいひと――我が命で花嫁であるひとの
海の岸辺の王国の墓所に――
ひびきをたてて波の寄せくる彼女の墓所に。
それでも、新刊が出るたびに必ず買ったが、どうしても最後まで読み通せないことが続いた。寅さん映画のようにお馴染みの人物構成に食傷したのか、私の思いとの懸隔が大きくなったのか、或いは私の想像力の貧弱さのせいなのか、とにかく読み通せない作品が続いた。その間も長年大江作品に親しんできた私だけに、何とか読み通したい気持ちはもち続けていたのだが、以前ほど大江の小説を有難がって読まなくなったのかもしれない。またこんな物語か・・、などと正直思ったりもした。もう私には大江健三郎は読めないのかな、などとここ数年思っていただけに、この「臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ」を最後まで読み通せたことは、素直に嬉しかった。
もちろんそれは、だるい部分を我慢して久しぶりにリズムがつかめたからだろうし、物語が次第に動き出したためでもあろう。小説の内容については「今までの大江の作品の流れを集めた総集編的な作品」とでも言えばいいのだろうか。中期以降の大江の作品に馴染みのない読者にはひょっとしたら理解しにくい内容なのかもしれない。だが、もうそんなことなど大江ほどの年齢に達すると大した意味合いを持たず、大江自身と大江をよく知った読者が大江が築き上げた小説世界を懐かしめればそれでいいだけの作品なのかもしれない。読み終わった今、なんとなくそう思う。若い頃の大江に顕著だった性的描写も盛り込まれているし、生まれ故郷の四国の森の物語も語られている、所々で大学時代の大江を彷彿とさせる記述もあって、「ああ、そうだったな・・」と振り返るような箇所が随所にあった。大江に親しんできた私には、それはそれで楽しめたから、もう十分であった・・。
ただ、表題にも引用されているエドガー・アラン・ポーの詩「アナベル・リイ」の訳詩が
日夏州耿之介の手になるものの引用であり、あまりに雅語がちりばめられているため、解釈しにくい箇所が幾つかあった。この小説の基底に流れるメロディーの役目を果たしている「アナベル・リイ」の詩を十全に理解できない己の勉強不足を恥じるとともに、ここまでの雅文を使いこなせる詩人がいたことに驚いた。以下にその訳詩を載せてみる。
在りし昔のことなれども
わたの水阿(みさき)の里住みの
あさ瀬をとめよそのよび名を
アナベル・リイときこえしか。
をとめひたすらこのわれと
なまめきあひてよねんもなし。
わたの水阿のうらかげや
二なくめでしれいつくしぶ
アナベル・リイとわが身こそ
もとよりともにうなゐなれど
帝郷羽衣の天人だも
ものうらやみのたねなりかし。
かかればありしそのかみは
わたの水阿のうらうらに
一夜油雲風を孕み
アナベル・リイそうけ立ちつ
わたのみさきのうらかげの
あだし野の露となさむずと
かの太上のうからやから
手のうちよりぞ奪(ば)ひてんげり。
帝郷の天人ばら天祉およばず
めであざみて且さりけむ、
さなり、さればとよ(わたつみの
みさきのさとにひとぞしる)
油雲風を孕みアナベル・リイ
そうけ立ちつ身まかりつ。
ねびまさりけむひとびと
世にさかしきかどにこそと
こよなくふかきなさけあれば
はた帝郷のてんにんばら
わだのそこひのみづぬしとて
臈(らふ)たしアナベル・リイがみたまをば
やはかとほざくべうもあらず。
月照るなべ
臈たしアナベル・リイ夢路に入り、
星ひかるなべ
臈たしアナベル・リイが明眸俤(もかげ)にたつ
夜のほどろわたつみの水阿の土封(つむれ)
うみのみぎはのみはかべや
こひびと我妹(わぎも)いきの緒の
そぎへに居臥す身のすゑかも。
語の美しさは感じとれるものの、これでは何種類かの辞書で意味を調べなければ何のことやら分からない・・。そこで岩波文庫『対訳ポー詩集アメリカ詩人選(1)』から、加島祥造訳を以下に載せておく。
幾年も幾年も前のこと
海の浜辺の王国に
乙女がひとり暮らしていた、そのひとの名は
アナベル・リー――
そしてこの乙女、その思いはほかになくて
ただひたすら、ぼくを愛し、ぼくに愛されることだった。
この海辺の王国で、ぼくと彼女は
子供のように、子供のままに生きていた
愛することも、ただの愛ではなかった――
愛を超えて愛しあった――ぼくとアナベル・リーの
その愛は、しまいに天国にいる天使たちに
羨まれ、憎まれてしまったのだった。
そしてこれが理由となって、ある夜
遠いむかし、その海辺の王国に
寒い夜風が吹きつのり
ぼくのアナベル・リーを凍えさせた。
そして高い生まれの彼女の親戚たちが
とつぜん現れて彼女を、ぼくから引き裂き連れ去った
そして閉じこめてしまった
海辺の王国の大きな墓所に。
天使たちは天国にいてさえぼくたちほど幸せでなかったから
彼女とぼくとを羨んだのだ――
そうだとも!それこそが理由だ
それはこの海辺の国の人みんなの知ること
ある夜、雲から風が吹きおりて
凍えさせ、殺してしまった、ぼくのアナベル・リーを。
しかしぼくらの愛、それはとても強いのだ
ぼくらよりも年上の人たちの愛よりも
ぼくらより賢い人たちの愛よりも強いのだ――
だから天上の天使たちだろうと
海の底の悪魔たちだろうと
裂くことはできない、ぼくの魂とあの美しい
アナベル・リーの魂を――
なぜなら、月の光の差すごとにぼくは
美しいアナベル・リーを夢見るからだ
星々のあがるごとに美しいアナベル・リーの
輝く瞳を見るからだ――
だから夜ごとぼくは愛するアナベル・リーの傍に横たわるのだ
おゝ、いとしいひと――我が命で花嫁であるひとの
海の岸辺の王国の墓所に――
ひびきをたてて波の寄せくる彼女の墓所に。
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熊手
お千代保稲荷へ初詣に行ってきた。
小春日和とはこんな日のことを言うんだな、と実感できる麗らかな一日だった。エアコンをつけた車内が暖かで、シャツ一枚になって運転していても平気だった。木曽川を越えた辺りから、雪をうっすらとかぶった伊吹山がずっと正面に見えた。周りの山とは高さが違うのだろう、伊吹山のみ冠雪していて、神々しささえ漂わせていた。やはり雪は山に神聖さを与える。伊吹山でさえ思わず手を合わせて拝みたくなったのだから、雪をかぶった霊峰富士の威容を目の前にしたらひれ伏してしまいそうだ・・。

真正面に見える伊吹山の写真を撮りたかったのだが、運転中にそんなことができるわけがない。高速道路を降りてから、停車して写真に収めたのだが、霞がかかったような陽気だったためか、あまりはっきりと写せなかったのは残念だ。
そんな天気に誘われたのか、稲荷の参道は参拝客で一杯だった。

ここ数ヶ月は平日の昼に来ていたため、人出もさほど多くなかったが、さすがにまだ正月9日だけあって、初詣に来る人は多いようだ。三が日はいったいどれだけの人で溢れたのだろう、きっと歩くことさえままならなかっただろうな、と思ってみたが、一度はその人いきれでごった返す雰囲気を是非味わってみたい。
まだまだ参道には正月のめでたさが溢れていた。


普段は飾られていない大きな宝船の置物や招き猫が並べられていたし、幾つかの店では所狭しと熊手が売られていた。私は10年ほど前、初えびすで大きな熊手を買ったことがある。熊手でお金をかき集められたら、などと欲をかいて買ったのだが、見事に期待はずれで、その年はずいぶんお金に苦労した。それ以来熊手は決して買うまいと心に誓って、悪運が家に忍び込まぬよう破魔矢を一本買うだけにとどめてきた。なので、道行く人が熊手を担いで闊歩していくのを見ても、全く心が動かなかった。
それにしても、このお千代保稲荷が他の神社と違っているのは、社務所がいつ行っても開いていないことだ。お正月ともなればどこの神社でも、社務所で袴をはいた神職たちがお札やお守り、あるいは絵馬や御神籤などを売っているものだが、この稲荷にはそんなものは一切ない。ただ参拝客が拝殿の前に立って拍手を打ってお祈りしてくるだけだ。お供えする油揚げとろうそくは神社の入り口の商店が売っているもので、神社が売っているのではない。熊手も神社でお祓いを受けたものではなさそうだから、果たしてどれだけのご利益があるのか分からない。初めてこの稲荷を詣でて以来、あまりに商売っ気がないのにはずっと感心してきた。商売繁盛を願って集まってくる者たちに、あまりに儲けに走ってばかりいてはいけないよ、と諭すかのようである。利にさとくばかりいては商売は繁栄しない、そんな日本古来の商売道徳が表れているような気さえする。
多くの人が商売繁盛を祈念しに欲得ずくでやって来るのだろうが、参拝をした人々の顔が晴れやかに見えるのは、多かれ少なかれ、そうした神社の気風に触れるからではないだろうか。私もここに来るたびにもっと一生けんめい頑張ろうという気になれる、不思議な場所だ。
小春日和とはこんな日のことを言うんだな、と実感できる麗らかな一日だった。エアコンをつけた車内が暖かで、シャツ一枚になって運転していても平気だった。木曽川を越えた辺りから、雪をうっすらとかぶった伊吹山がずっと正面に見えた。周りの山とは高さが違うのだろう、伊吹山のみ冠雪していて、神々しささえ漂わせていた。やはり雪は山に神聖さを与える。伊吹山でさえ思わず手を合わせて拝みたくなったのだから、雪をかぶった霊峰富士の威容を目の前にしたらひれ伏してしまいそうだ・・。

真正面に見える伊吹山の写真を撮りたかったのだが、運転中にそんなことができるわけがない。高速道路を降りてから、停車して写真に収めたのだが、霞がかかったような陽気だったためか、あまりはっきりと写せなかったのは残念だ。
そんな天気に誘われたのか、稲荷の参道は参拝客で一杯だった。


ここ数ヶ月は平日の昼に来ていたため、人出もさほど多くなかったが、さすがにまだ正月9日だけあって、初詣に来る人は多いようだ。三が日はいったいどれだけの人で溢れたのだろう、きっと歩くことさえままならなかっただろうな、と思ってみたが、一度はその人いきれでごった返す雰囲気を是非味わってみたい。
まだまだ参道には正月のめでたさが溢れていた。



普段は飾られていない大きな宝船の置物や招き猫が並べられていたし、幾つかの店では所狭しと熊手が売られていた。私は10年ほど前、初えびすで大きな熊手を買ったことがある。熊手でお金をかき集められたら、などと欲をかいて買ったのだが、見事に期待はずれで、その年はずいぶんお金に苦労した。それ以来熊手は決して買うまいと心に誓って、悪運が家に忍び込まぬよう破魔矢を一本買うだけにとどめてきた。なので、道行く人が熊手を担いで闊歩していくのを見ても、全く心が動かなかった。
それにしても、このお千代保稲荷が他の神社と違っているのは、社務所がいつ行っても開いていないことだ。お正月ともなればどこの神社でも、社務所で袴をはいた神職たちがお札やお守り、あるいは絵馬や御神籤などを売っているものだが、この稲荷にはそんなものは一切ない。ただ参拝客が拝殿の前に立って拍手を打ってお祈りしてくるだけだ。お供えする油揚げとろうそくは神社の入り口の商店が売っているもので、神社が売っているのではない。熊手も神社でお祓いを受けたものではなさそうだから、果たしてどれだけのご利益があるのか分からない。初めてこの稲荷を詣でて以来、あまりに商売っ気がないのにはずっと感心してきた。商売繁盛を願って集まってくる者たちに、あまりに儲けに走ってばかりいてはいけないよ、と諭すかのようである。利にさとくばかりいては商売は繁栄しない、そんな日本古来の商売道徳が表れているような気さえする。
多くの人が商売繁盛を祈念しに欲得ずくでやって来るのだろうが、参拝をした人々の顔が晴れやかに見えるのは、多かれ少なかれ、そうした神社の気風に触れるからではないだろうか。私もここに来るたびにもっと一生けんめい頑張ろうという気になれる、不思議な場所だ。
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アポロ
バスを運転していたら、後部座席の女子中学生が声をかけてきた。
「先生、これ食べる?」
「なに?」
「アポロチョコ」
「アポロチョコ?懐かしいなあ・・、ちょうだい」
「わかった」と言って、3粒くらい手渡してくれた。すぐに口に入れて、
「うまいなあ、本当にうまい」
私は思わずうなってしまった。一年ほど前に、「ショコライフ」の食べ比べを記事にしたが、そのときに食べた「とちおとめ」と「リッチミルク」が一度に味わえたようで、ものすごく美味しかった。あまりに感動したので、その女の子に200円渡して、「これでアポロを2つ買ってきて。1個はあげるから」と頼んだ。
「わかった」と快く引き受けてくれたその生徒は次の塾のときに「はいっ」と、一箱手渡してくれた。

アポロチョコの形は、アメリカの宇宙船アポロが月旅行を終えて戻ってきた時の形をかたどったものだったような記憶がある。円錐形の先端半分がイチゴ味でその下がミルク味のチョコでできている。口の中にいれると、イチゴとミルクの味が次第に溶け出して、渾然一体となってハーモニーを奏でるように見事な美味しさを味あわせてくれる。箱を見ているだけで食べたくなってくる。

数えたら1箱に35粒はいっていた。思い切りよく口の中に詰め込めるだけ詰め込んでみようかな、とも思ったがそれでは面白味にかける。何かいい案はないかと、下らぬブロガーの血が騒いでしまった。すると、
「イチゴとミルクが別々に溶け出してお互いの相乗効果で美味しさを生み出しているが、それなら最初からイチゴとミルクを混ぜ合わせてしまった物を食べたらどんな味がするのだろうか?」
などという素朴な疑問が浮かんできた。「よし、試してみよう!」と決断は早かった。
まず20粒を皿に入れ、レンジにかけて溶かしてみることにした。

しかし、なかなか溶け始めず、3分、6分と時間を延長していく間にとうとう9分で真っ黒焦げになってしまった。何で???・・・。台所全体が焦げ臭いにおいで充満したが、これくらいのことで挫折はしない。気を取り直して弱火にかけた鍋で溶かすことにした。

すぐに溶け始めたので、慎重にかき混ぜながら全体が溶けるまで待った。焦げ付く寸前で火から離して、スプーンで溶けたチョコをかき集めた。

なんだか変なものを想像してしまう形状だが、冷蔵庫で冷やして固まらせたものが右の写真だ。固まっても、とぐろを巻いているようであまり食べる気は起こらない・・・。でもここまで来て躊躇っていられない。目をつぶって口に入れてみた。
う~~~ん、どうだろう、決してまずくはないが、美味しさの程度はかなり劣るように思う。口に入れて二つの味が一つにミックスされていく過程のワクワク感というものがまるでない。ただのイチゴミルクチョコの味だ。もちろん視覚的なマイナス面は差っぴいて評価しなければならないが、それでも問題なく、普通に食べるアポロチョコの方が何倍も美味しいことが分かった。
などという結論は、やる前から分かっていたけど、やっぱり何でも試してみなくちゃね・・・。
「先生、これ食べる?」
「なに?」
「アポロチョコ」
「アポロチョコ?懐かしいなあ・・、ちょうだい」
「わかった」と言って、3粒くらい手渡してくれた。すぐに口に入れて、
「うまいなあ、本当にうまい」
私は思わずうなってしまった。一年ほど前に、「ショコライフ」の食べ比べを記事にしたが、そのときに食べた「とちおとめ」と「リッチミルク」が一度に味わえたようで、ものすごく美味しかった。あまりに感動したので、その女の子に200円渡して、「これでアポロを2つ買ってきて。1個はあげるから」と頼んだ。
「わかった」と快く引き受けてくれたその生徒は次の塾のときに「はいっ」と、一箱手渡してくれた。

アポロチョコの形は、アメリカの宇宙船アポロが月旅行を終えて戻ってきた時の形をかたどったものだったような記憶がある。円錐形の先端半分がイチゴ味でその下がミルク味のチョコでできている。口の中にいれると、イチゴとミルクの味が次第に溶け出して、渾然一体となってハーモニーを奏でるように見事な美味しさを味あわせてくれる。箱を見ているだけで食べたくなってくる。

数えたら1箱に35粒はいっていた。思い切りよく口の中に詰め込めるだけ詰め込んでみようかな、とも思ったがそれでは面白味にかける。何かいい案はないかと、下らぬブロガーの血が騒いでしまった。すると、
「イチゴとミルクが別々に溶け出してお互いの相乗効果で美味しさを生み出しているが、それなら最初からイチゴとミルクを混ぜ合わせてしまった物を食べたらどんな味がするのだろうか?」
などという素朴な疑問が浮かんできた。「よし、試してみよう!」と決断は早かった。
まず20粒を皿に入れ、レンジにかけて溶かしてみることにした。



しかし、なかなか溶け始めず、3分、6分と時間を延長していく間にとうとう9分で真っ黒焦げになってしまった。何で???・・・。台所全体が焦げ臭いにおいで充満したが、これくらいのことで挫折はしない。気を取り直して弱火にかけた鍋で溶かすことにした。

すぐに溶け始めたので、慎重にかき混ぜながら全体が溶けるまで待った。焦げ付く寸前で火から離して、スプーンで溶けたチョコをかき集めた。


なんだか変なものを想像してしまう形状だが、冷蔵庫で冷やして固まらせたものが右の写真だ。固まっても、とぐろを巻いているようであまり食べる気は起こらない・・・。でもここまで来て躊躇っていられない。目をつぶって口に入れてみた。
う~~~ん、どうだろう、決してまずくはないが、美味しさの程度はかなり劣るように思う。口に入れて二つの味が一つにミックスされていく過程のワクワク感というものがまるでない。ただのイチゴミルクチョコの味だ。もちろん視覚的なマイナス面は差っぴいて評価しなければならないが、それでも問題なく、普通に食べるアポロチョコの方が何倍も美味しいことが分かった。
などという結論は、やる前から分かっていたけど、やっぱり何でも試してみなくちゃね・・・。
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七草がゆ
昨日7日の朝、目覚めて階下に行ったところ、まだ家にいた息子が粥をすすっていた。何でそんなものを・・とちょっと訝しく思っていたら、妻が「これ食べる?」と私に包みを差し出した。

なるほど「七草がゆ」か。このところ雑煮を食べることが多かったから、かゆを食べるのもいいかもしれないと思って、作ってもらうことにした。と言っても、レトルトであり、七草もフリーズドライになっていて、すぐに出来上がったのだが。

どんぶりになみなみとあったから「こんなにも食べられないなあ」と言うと、「そう見えるだけで茶碗一杯あるかないかだよ」と妻が答えた。確かに食べ始めたら、あっという間に食べ終わってしまった。大しておいしくもなかったが、「玄米かゆ」というのも珍しいから、食べられただけでもよかったのかもしれない。
食べながら、前の席に並んで座っていた妻と息子が七草がゆの作り方を話しているのを聞いていた。「お米からおかゆは作るんだよ」「へ~え、面倒なんだね」「だから昨日お姉ちゃんが自分で作りたいから作り方を教えてって電話してきたんだよ」「へ~え、うまくできたのかなあ」「どうだかねえ・・」
(娘が七草がゆを自分で作ろうとしてるなんて、今までだったら考えられない、やっぱり何か変だ・・)などと思いながら、「玄米かゆ」の包み紙に書いてあった「作り手の独り言」を読んでみた。
生産者が栽培に気をつかった良質米を選び良質調味料と厳選素材で相性良く味作り致しました。
粗である玄米を滋味を感ずる素食にと心掛けました。合成保存料・着色料等を使用せず、安心仕立ての美味しさをお召し上がり下さい。
「ほ~、なかなか気合が入っているな」とこの詞書きには販売者の「JA雲南」(島根県)の心意気が感じられた。食べる者の健康に注意を払ってあれこれ努力しているようだから、「もうちょっと美味しかったらなあ・・」などと贅沢を言ってはいけないと思った。「いいものを食べさせていただきました」と礼を言うべきなのかもしれない。毎年「七草がゆ」は妻が白米で作ってくれるが、私は玄米しか食べないので、口に入れたことがない。よく考えてみれば、これが私にとって初めての「七草がゆ」だったのかもしれない。折角だから、この「玄米七草かゆ」を食した記念として、七草の名前が全部すらすら言えるようにしておこうと思う。
すずしろ、すずな、はこべら、せり、なずな、ほとけのざ、ごぎょう
最近とみに記憶力の減退を痛感しているだけに簡単には覚えられないかもしれないが、脳トレの一つだと思ってしっかり覚えよう!!

なるほど「七草がゆ」か。このところ雑煮を食べることが多かったから、かゆを食べるのもいいかもしれないと思って、作ってもらうことにした。と言っても、レトルトであり、七草もフリーズドライになっていて、すぐに出来上がったのだが。

どんぶりになみなみとあったから「こんなにも食べられないなあ」と言うと、「そう見えるだけで茶碗一杯あるかないかだよ」と妻が答えた。確かに食べ始めたら、あっという間に食べ終わってしまった。大しておいしくもなかったが、「玄米かゆ」というのも珍しいから、食べられただけでもよかったのかもしれない。
食べながら、前の席に並んで座っていた妻と息子が七草がゆの作り方を話しているのを聞いていた。「お米からおかゆは作るんだよ」「へ~え、面倒なんだね」「だから昨日お姉ちゃんが自分で作りたいから作り方を教えてって電話してきたんだよ」「へ~え、うまくできたのかなあ」「どうだかねえ・・」
(娘が七草がゆを自分で作ろうとしてるなんて、今までだったら考えられない、やっぱり何か変だ・・)などと思いながら、「玄米かゆ」の包み紙に書いてあった「作り手の独り言」を読んでみた。
生産者が栽培に気をつかった良質米を選び良質調味料と厳選素材で相性良く味作り致しました。
粗である玄米を滋味を感ずる素食にと心掛けました。合成保存料・着色料等を使用せず、安心仕立ての美味しさをお召し上がり下さい。
「ほ~、なかなか気合が入っているな」とこの詞書きには販売者の「JA雲南」(島根県)の心意気が感じられた。食べる者の健康に注意を払ってあれこれ努力しているようだから、「もうちょっと美味しかったらなあ・・」などと贅沢を言ってはいけないと思った。「いいものを食べさせていただきました」と礼を言うべきなのかもしれない。毎年「七草がゆ」は妻が白米で作ってくれるが、私は玄米しか食べないので、口に入れたことがない。よく考えてみれば、これが私にとって初めての「七草がゆ」だったのかもしれない。折角だから、この「玄米七草かゆ」を食した記念として、七草の名前が全部すらすら言えるようにしておこうと思う。
すずしろ、すずな、はこべら、せり、なずな、ほとけのざ、ごぎょう
最近とみに記憶力の減退を痛感しているだけに簡単には覚えられないかもしれないが、脳トレの一つだと思ってしっかり覚えよう!!
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息子
息子は、年末の30日に帰ってきて、今日7日に戻っていったから一週間以上家にいたことになるのだが、振り返ってみるとあまり接触した覚えがない。息子が出かけることが多かったのと、私が塾で忙しかったせいもあるのだろうが、ろくに話もしなかったような気がする。男親っていうものはなんだか邪険にされる存在のような気がするから、あえて近づこうともしなかったのかもしれないが、それにしても、直接話をしたのはほんの僅かだったような気がする。でも、何を話したんだろう、よく覚えていない・・・。
私は高校2年の終わりにある理由から父に我慢ができなくなって、結婚するまでの7・8年間一度も口をきいたことがなかったから、それに比べればまだ息子との意思の疎通は少しはできていると思うが、面と向かって話す機会はなかなかなかった。無理やり思い出せば、
「ハンカチ君と会ったことはある?」
「ないよ」
「ふ~ん」
「年末にTVに出て抱負を語っていたらしいね」
「おお、それは見た。勉強が全く面白くないって言ってたなあ」
「噂によるとかなり成績が悪いらしいよ」
「あれだけ野球をしてればなぁ・・」
などと息子に直接関係ない話をしたことしか覚えがない。
以心伝心なのか、伝えるべきことが何もないのか、微妙な関係だが、これが息子と父親の当たり前の関係だと思わないでもない。
「大学で彼女はできたか?」と聞いてみようかとも思ったが、それもなんだか照れくさくて聞けない。でも、まだ息子ならちょっと頑張れば聞けそうな気がする。娘に「彼氏はいるの?」などとは絶対聞きたくはないから、自分でも可笑しなものだと思うが・・。
久しぶりに会った娘がどことなく今まで違っていたのは、4日の記事に書いたが、息子のほうは1年前と何も変わっていない印象だ。服装の趣味も髪型も、話すことなども大して変わっていない気がした。名古屋と東京ではさほど変わりはないのだろうか、私にはよく分からないが、大して世間ずれしていない気がするのは息子の持つ特異性なのかもしれない。そういえば、大学の先輩からは結構不思議キャラとして扱われているような話をしていた。
でも、土曜日に妻の助言を得ながら作ってくれた「茶碗蒸し」には驚いた。塾が終わって遅い晩御飯を食べていると、妻が、その茶碗蒸しは息子が作ったものだと教えてくれた。それならそうと言ってくれれば記念に写真を撮ったのにと、かなり残念な思いがしたが、なかなかおいしくて息子が作ったものだとは思いもしなかった。自炊するからと言って、妻が父の作った野菜をダンボールに詰めて、せっせと送っているのは知っていたが、本当に息子が料理できるなんて知らなかった。去年までなら台所に立つ息子の姿を見たことがなかったから、これだけでも大学に入って進歩したことかな、と少々嬉しい気持ちになった。それに反して、娘は卒論のための実験で忙しくて外食ばかりだそうだから、果たして茶碗蒸しを作ることができるだろうか・・。今度帰ってきたときに作らせてみよう。
でも、茶碗蒸っていったいどうやって作るんだろう、私が勉強するほうが先だ・・。
しかし、これでまたしばらく若者たちがいない家になってしまった。何だか寂しくなってしまうが、それはもうこれからの我が家の宿命みたいなものだから、仕方がない。ただ、過ぎていく時間を家族でじっくりと味わえれるように工夫していかなくてはならないと思っている・・。
私は高校2年の終わりにある理由から父に我慢ができなくなって、結婚するまでの7・8年間一度も口をきいたことがなかったから、それに比べればまだ息子との意思の疎通は少しはできていると思うが、面と向かって話す機会はなかなかなかった。無理やり思い出せば、
「ハンカチ君と会ったことはある?」
「ないよ」
「ふ~ん」
「年末にTVに出て抱負を語っていたらしいね」
「おお、それは見た。勉強が全く面白くないって言ってたなあ」
「噂によるとかなり成績が悪いらしいよ」
「あれだけ野球をしてればなぁ・・」
などと息子に直接関係ない話をしたことしか覚えがない。
以心伝心なのか、伝えるべきことが何もないのか、微妙な関係だが、これが息子と父親の当たり前の関係だと思わないでもない。
「大学で彼女はできたか?」と聞いてみようかとも思ったが、それもなんだか照れくさくて聞けない。でも、まだ息子ならちょっと頑張れば聞けそうな気がする。娘に「彼氏はいるの?」などとは絶対聞きたくはないから、自分でも可笑しなものだと思うが・・。
久しぶりに会った娘がどことなく今まで違っていたのは、4日の記事に書いたが、息子のほうは1年前と何も変わっていない印象だ。服装の趣味も髪型も、話すことなども大して変わっていない気がした。名古屋と東京ではさほど変わりはないのだろうか、私にはよく分からないが、大して世間ずれしていない気がするのは息子の持つ特異性なのかもしれない。そういえば、大学の先輩からは結構不思議キャラとして扱われているような話をしていた。
でも、土曜日に妻の助言を得ながら作ってくれた「茶碗蒸し」には驚いた。塾が終わって遅い晩御飯を食べていると、妻が、その茶碗蒸しは息子が作ったものだと教えてくれた。それならそうと言ってくれれば記念に写真を撮ったのにと、かなり残念な思いがしたが、なかなかおいしくて息子が作ったものだとは思いもしなかった。自炊するからと言って、妻が父の作った野菜をダンボールに詰めて、せっせと送っているのは知っていたが、本当に息子が料理できるなんて知らなかった。去年までなら台所に立つ息子の姿を見たことがなかったから、これだけでも大学に入って進歩したことかな、と少々嬉しい気持ちになった。それに反して、娘は卒論のための実験で忙しくて外食ばかりだそうだから、果たして茶碗蒸しを作ることができるだろうか・・。今度帰ってきたときに作らせてみよう。
でも、茶碗蒸っていったいどうやって作るんだろう、私が勉強するほうが先だ・・。
しかし、これでまたしばらく若者たちがいない家になってしまった。何だか寂しくなってしまうが、それはもうこれからの我が家の宿命みたいなものだから、仕方がない。ただ、過ぎていく時間を家族でじっくりと味わえれるように工夫していかなくてはならないと思っている・・。
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夢
「初夢って、いつ見る夢のこと?」
と、元日の朝、雑煮を食べながら息子がたずねた。
「元日の夜から2日かけて見るのが初夢」
と、妻が答えた。
「ああ、よかった。ボクまだ初夢は見てないんだなぁ・・」
何がよかったのか私には分からなかったが、このやりとりが心のどこかに残っていたのか、普段あまり夢を見ることがなくなっていた私が、2日から5日にかけて3夜連続で、目覚めた後までその内容を覚えている夢を見た。だが、3回ともどうにもすっきりしない夢ばかりで、頭の中に大きなつかえができたようでなんとなくモヤモヤしている。そこで、その夢の内容をここに書き留めてみたら、少しはつかえが取れるかもしれないと思って試してみることにした。
【2日から3日にかけての夢】
私がある家の中に入っていくと、無人だったはずなのに、何人かの小学生に占拠されていた。小学生といっても、タバコ片手に調子に乗って偉そうなことを言ってくる生意気なガキばかりで、正直閉口してしまったのだが、あれやこれやと悶着を起こすうちに、どういうわけだか子供たちが私になついてきた。まあ、普段からやんちゃな子供と接しているから、そのあたりのコツは心得ているから、何の不思議もなかったが、突然場面が変わったのには驚いた。一転して子供たちが年上の不良たちに襲われている。逃げ惑う小学生、助けを求める小学生・・。彼らのために私は一体どうしたらいいのだろう、思い悩む私、決断が迫られる・・。さあ、どうする!!っといった肝心な場面で目が覚めてしまった。何故こんな大事なところで・・??
【3日から4日にかけての夢】
私が珍しくおめかしして歩いている。自慢のジャケットとコートを羽織って、何故だか無人の自動車修理工場を歩いている。すると突然、乱雑に積み重ねられた部品の間で立ち止まって、ジャケットとコートを脱いだ。何かもっと身軽な服に着替えようとしたのか、暑くてたまらなくなったのか、脱いだ服を何気なく部品の山の上に置いた。そのすぐ後にはっと気付くと、脱いだばかりのジャケットとコートがない。おかしいな、なくなるはずがない、どこに行ったんだ、と周りを見回してもない。変だなと思いながら広い工場の中を探し回り始める。だが、どこをどう探しても見つからない、これはどうしたことだろう?迷宮に入り込んでしまったのか?などと右往左往する私。まるでカフカの世界だ!と次第にイライラが募ってきたところで目が覚めた。疲れた・・。
【4日から5日にかけての夢】
果たして夢だったのだろうか。朝目覚めたらバスで迎えに行く生徒は誰々と誰々で、明日は小学生の模試の日だから問題用紙をきちんとそろえておかなければいけない。それに中3生との冬期講習最終日だから、最後まで遺漏のないようやり終えなければならない、ああ、まったく忙しいなあ・・・。そう言えば、ガソリンスタンドに電話して灯油を持ってきてもらわなければいけない、忘れないようにしなくちゃ・・・。などとあれこれ一人で焦っていた。どうしてこんなにやることばかりなんだ、とぶつぶつ唸っていたら、携帯のアラームが鳴って目が覚めた。うなされていたような気がしなくもないが、思いの外、目覚めた気分は悪くなかったのは不思議だった。
こんなに立て続けにはっきりした夢を見たなんて、ずいぶん久しぶりのことだ。しかも、目覚めた後にも夢の余韻が心や体に残っているのだから、なんとも妙な感じがした。夢判断などというものに興味はないが、これだけ続くとちょっと占ってもらいたくなる。
しかし、書き留めてみるとあまりにくだらない夢なので、心が軽くなるどころか情けなくなるばかりだ。漱石の「夢十夜」とまでは言わないまでも、もう少し人に話しても恥ずかしくない夢が見られないものだろうか。
ともあれ、この夢見が果たしてこれからも続くのか、これで一休みするのか。ちょっと楽しみである。もし連続するようだったら、またここに書きこもう。
と、元日の朝、雑煮を食べながら息子がたずねた。
「元日の夜から2日かけて見るのが初夢」
と、妻が答えた。
「ああ、よかった。ボクまだ初夢は見てないんだなぁ・・」
何がよかったのか私には分からなかったが、このやりとりが心のどこかに残っていたのか、普段あまり夢を見ることがなくなっていた私が、2日から5日にかけて3夜連続で、目覚めた後までその内容を覚えている夢を見た。だが、3回ともどうにもすっきりしない夢ばかりで、頭の中に大きなつかえができたようでなんとなくモヤモヤしている。そこで、その夢の内容をここに書き留めてみたら、少しはつかえが取れるかもしれないと思って試してみることにした。
【2日から3日にかけての夢】
私がある家の中に入っていくと、無人だったはずなのに、何人かの小学生に占拠されていた。小学生といっても、タバコ片手に調子に乗って偉そうなことを言ってくる生意気なガキばかりで、正直閉口してしまったのだが、あれやこれやと悶着を起こすうちに、どういうわけだか子供たちが私になついてきた。まあ、普段からやんちゃな子供と接しているから、そのあたりのコツは心得ているから、何の不思議もなかったが、突然場面が変わったのには驚いた。一転して子供たちが年上の不良たちに襲われている。逃げ惑う小学生、助けを求める小学生・・。彼らのために私は一体どうしたらいいのだろう、思い悩む私、決断が迫られる・・。さあ、どうする!!っといった肝心な場面で目が覚めてしまった。何故こんな大事なところで・・??
【3日から4日にかけての夢】
私が珍しくおめかしして歩いている。自慢のジャケットとコートを羽織って、何故だか無人の自動車修理工場を歩いている。すると突然、乱雑に積み重ねられた部品の間で立ち止まって、ジャケットとコートを脱いだ。何かもっと身軽な服に着替えようとしたのか、暑くてたまらなくなったのか、脱いだ服を何気なく部品の山の上に置いた。そのすぐ後にはっと気付くと、脱いだばかりのジャケットとコートがない。おかしいな、なくなるはずがない、どこに行ったんだ、と周りを見回してもない。変だなと思いながら広い工場の中を探し回り始める。だが、どこをどう探しても見つからない、これはどうしたことだろう?迷宮に入り込んでしまったのか?などと右往左往する私。まるでカフカの世界だ!と次第にイライラが募ってきたところで目が覚めた。疲れた・・。
【4日から5日にかけての夢】
果たして夢だったのだろうか。朝目覚めたらバスで迎えに行く生徒は誰々と誰々で、明日は小学生の模試の日だから問題用紙をきちんとそろえておかなければいけない。それに中3生との冬期講習最終日だから、最後まで遺漏のないようやり終えなければならない、ああ、まったく忙しいなあ・・・。そう言えば、ガソリンスタンドに電話して灯油を持ってきてもらわなければいけない、忘れないようにしなくちゃ・・・。などとあれこれ一人で焦っていた。どうしてこんなにやることばかりなんだ、とぶつぶつ唸っていたら、携帯のアラームが鳴って目が覚めた。うなされていたような気がしなくもないが、思いの外、目覚めた気分は悪くなかったのは不思議だった。
こんなに立て続けにはっきりした夢を見たなんて、ずいぶん久しぶりのことだ。しかも、目覚めた後にも夢の余韻が心や体に残っているのだから、なんとも妙な感じがした。夢判断などというものに興味はないが、これだけ続くとちょっと占ってもらいたくなる。
しかし、書き留めてみるとあまりにくだらない夢なので、心が軽くなるどころか情けなくなるばかりだ。漱石の「夢十夜」とまでは言わないまでも、もう少し人に話しても恥ずかしくない夢が見られないものだろうか。
ともあれ、この夢見が果たしてこれからも続くのか、これで一休みするのか。ちょっと楽しみである。もし連続するようだったら、またここに書きこもう。
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炎
炎には私を引き付ける何かがある。紅蓮の炎をじっと見つめているとなかなか目が離せない。ろうそくの揺らめく小さな炎から、初詣の神社で焚かれる大きな薪から立ち上る炎まで、いつも私の目を釘付けにしてしまう。何がそうさせるのだろう。

これは年が明けてすぐに出かけた稲荷神社で撮った写真だ。ろうそくの炎を灯りととらえるなら、灯明台に並べられた炎の輝きには電灯よりも神々しさが感じられる。周囲を広く明るくする電灯よりも、わずかな辺りだけを照らし出すろうそくの灯りは闇を意識させてくれる分、かえって明るさを感じさせる。しかし、私が引き付けられるのは灯りとしての炎ではなく、あらゆるものを焼き尽す炎の猛々しさだ。近寄れば火の粉さえ浴びてしまうほど激しく燃え上がる炎だ。
神社での焚き火は、寒さの募る深更、集い来る参拝客が暖を取れるようにと慮ってのことだろうが、私には神事の一つのように思えて仕方ない。炎を浴びることで、旧年中に溜まった塵芥を燃やし尽くし、新たな心で新年を過ごせるようにするための、一種の「祓い」のような役割を果たしているように思える。もちろんそれは私の勝手な思い込みであって、何の信憑性もないが、私としてはそんな思いでしばらく炎の前に立つことにしている。そんな短時間で、私の心身に澱んでいる老廃物が消え去るとは思えないが、せめて僅かてなりとも身軽になれたなら・・、そんな願いを込めながら炎に身を晒している。
今年も五日ゑびすに行ってきた。父と2人で出かけ、「家内安全」「交通安全」「商売繁盛」「学業成就」・・ちょっと欲張りなくらいの願い事をしてきた。欲張りといっても、これらのうちどれ一つ欠けても私の暮らしが成り立たなくなるから、心を込めて参拝してきた。

塾を終え、12時から始まるご祈祷にぎりぎり間に合ったが、もうすでに境内に焚かれた炎を囲んでずらりと参拝客が並んでいた。その中に知り合いを何人か見つけて新年の挨拶を交わせたのは嬉しかった。山の中腹にある寺なので寒さは厳しいが、炎からの熱気でじっとしていると顔がほてってくる。このまま我慢したら、体内の穢れが燃えてくれるのかな、と思ったが、さすがに熱くて後ろへ退いた。なかなか難しいものだ・・。そうこうしている内に列が進んで本尊に向かうことができた。丁寧にお参りした後で、お札を買い求めた。この寺では、初ゑびすでお札を買った者はくじ引きができる。正月早々の運試しともいえるが、立派なものが当たったためしがない。今年も私はちりとり、父は洗い桶だった。せっかく炎に当たって己を少しは浄化したばかりだから、変な欲を出して大当たりでもしたら、それこそ何もならないから、これくらいがちょうどいい。

これで私の正月恒例の行事は皆終わったことになる。さあ、すぐに厳しい受験の時期がやってくる。私が受験の神様になって、生徒を合格に導いていくぞ!などと言ったりしたら、天罰が下るだろうか・・でもそれくらいの気合を込めて行かねば!!


これは年が明けてすぐに出かけた稲荷神社で撮った写真だ。ろうそくの炎を灯りととらえるなら、灯明台に並べられた炎の輝きには電灯よりも神々しさが感じられる。周囲を広く明るくする電灯よりも、わずかな辺りだけを照らし出すろうそくの灯りは闇を意識させてくれる分、かえって明るさを感じさせる。しかし、私が引き付けられるのは灯りとしての炎ではなく、あらゆるものを焼き尽す炎の猛々しさだ。近寄れば火の粉さえ浴びてしまうほど激しく燃え上がる炎だ。
神社での焚き火は、寒さの募る深更、集い来る参拝客が暖を取れるようにと慮ってのことだろうが、私には神事の一つのように思えて仕方ない。炎を浴びることで、旧年中に溜まった塵芥を燃やし尽くし、新たな心で新年を過ごせるようにするための、一種の「祓い」のような役割を果たしているように思える。もちろんそれは私の勝手な思い込みであって、何の信憑性もないが、私としてはそんな思いでしばらく炎の前に立つことにしている。そんな短時間で、私の心身に澱んでいる老廃物が消え去るとは思えないが、せめて僅かてなりとも身軽になれたなら・・、そんな願いを込めながら炎に身を晒している。
今年も五日ゑびすに行ってきた。父と2人で出かけ、「家内安全」「交通安全」「商売繁盛」「学業成就」・・ちょっと欲張りなくらいの願い事をしてきた。欲張りといっても、これらのうちどれ一つ欠けても私の暮らしが成り立たなくなるから、心を込めて参拝してきた。


塾を終え、12時から始まるご祈祷にぎりぎり間に合ったが、もうすでに境内に焚かれた炎を囲んでずらりと参拝客が並んでいた。その中に知り合いを何人か見つけて新年の挨拶を交わせたのは嬉しかった。山の中腹にある寺なので寒さは厳しいが、炎からの熱気でじっとしていると顔がほてってくる。このまま我慢したら、体内の穢れが燃えてくれるのかな、と思ったが、さすがに熱くて後ろへ退いた。なかなか難しいものだ・・。そうこうしている内に列が進んで本尊に向かうことができた。丁寧にお参りした後で、お札を買い求めた。この寺では、初ゑびすでお札を買った者はくじ引きができる。正月早々の運試しともいえるが、立派なものが当たったためしがない。今年も私はちりとり、父は洗い桶だった。せっかく炎に当たって己を少しは浄化したばかりだから、変な欲を出して大当たりでもしたら、それこそ何もならないから、これくらいがちょうどいい。

これで私の正月恒例の行事は皆終わったことになる。さあ、すぐに厳しい受験の時期がやってくる。私が受験の神様になって、生徒を合格に導いていくぞ!などと言ったりしたら、天罰が下るだろうか・・でもそれくらいの気合を込めて行かねば!!
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娘
どうしてだか、年末に帰省した娘の態度が柔らかい。恐ろしく人当たりがいい。不思議だ。
去年の元旦、名古屋駅のイタリア料理店に行ったとき、なんだか娘にむかついていらいらした記憶があるが、そんな刺々しさが全く消えていいお嬢さんになっている。不思議だ。
妻は、自分が風邪を引いていたため、それを慮った娘が優しく対応してくれていると言うが、そればかりではないような気がする。一言で表現するのは難しいが、ものすごくマイルドになった。例えば、ビールを取ってきてくれと頼んでも、少し前なら「いやだ」の一言で終わっていたのが、この正月はぶつくさ言わずに持ってきてくれる。進歩なのよく分からないが、不思議だ。
大晦日から、元旦にかけて初詣に行く際にも、布団に入ってぐずぐずしていた祖父を説得して一緒に参拝させるのに成功したのも娘のお陰だし、2日の新年会への運転手も友達と会う予定をずらしてまで引き受けてくれた。本当に不思議だ、何が起こったのだろう?娘の京都での暮らしぶりは一切知らない私ではあるが、これほどまでに丸くなった娘を見ると、反って心配になりさえする。
年末は卒論のための実験でろくに睡眠をとらずにいたそうだが、それが影響したのだろうか。それとも、実験で犠牲にしたマウスの魂を鎮魂するために修道女のようになってしまったのか?とにかく、不思議な気がして仕方がない。
三が日、一緒にTVを見ることも多かったが、ヤクルトのCMが流れたときに
「Lカゼイ・シロタ株っていうのは、代田って言う人が見つけたから命名されたんだよ」などと、ちょっとした薀蓄を披露してくれるのを聞いている限りは以前とさほど変わってはいないはずだが、どういう訳か印象がものすごく違う。不思議だ。
3日に娘は地元の友達と買い物に行くと出かけて行き、「戦利品」と称して買ってきたものの品評会をしてくれた。

もうすぐ22歳になる娘にお年玉をくれる親戚が何人かいるのは有難い。お年玉がこの衣装の金主だが、さすがに今年でお年玉がもらえるのは最後だろう。「バーゲンだから・・」と言いながらも結構な散財だったように思う。まあ、自分が好きなように使えるお金があるのは幸せなことだから、私も溜息をつきながら眺めていた。少し前なら、買ってきた服など私に見せるなんてことはなかった。それなのにこの変わりようは何だろう、不思議だ。
直接娘に確かめようにも、4日朝早くからバイトがあるとかで京都に戻っていってしまったので、どうしようもない。ただ、大学院への進学も決まって心に余裕が生まれているのかな、と思わないでもない。だが、果たしてそれだけなのだろうか。年頃の娘を持った父親の心配を今まで一度も味合わせてくれたことのない娘が、やっとそんな思いを私にさせてくれるのか、などというのも的外れな気がしないでもない。
ならば、娘も人間的な深みが進んだのだな・・、そう思いたい正月であった。
(なんだかんだ言っても自分の娘がいちばんだよね・・。もちろん息子も!!)
去年の元旦、名古屋駅のイタリア料理店に行ったとき、なんだか娘にむかついていらいらした記憶があるが、そんな刺々しさが全く消えていいお嬢さんになっている。不思議だ。
妻は、自分が風邪を引いていたため、それを慮った娘が優しく対応してくれていると言うが、そればかりではないような気がする。一言で表現するのは難しいが、ものすごくマイルドになった。例えば、ビールを取ってきてくれと頼んでも、少し前なら「いやだ」の一言で終わっていたのが、この正月はぶつくさ言わずに持ってきてくれる。進歩なのよく分からないが、不思議だ。
大晦日から、元旦にかけて初詣に行く際にも、布団に入ってぐずぐずしていた祖父を説得して一緒に参拝させるのに成功したのも娘のお陰だし、2日の新年会への運転手も友達と会う予定をずらしてまで引き受けてくれた。本当に不思議だ、何が起こったのだろう?娘の京都での暮らしぶりは一切知らない私ではあるが、これほどまでに丸くなった娘を見ると、反って心配になりさえする。
年末は卒論のための実験でろくに睡眠をとらずにいたそうだが、それが影響したのだろうか。それとも、実験で犠牲にしたマウスの魂を鎮魂するために修道女のようになってしまったのか?とにかく、不思議な気がして仕方がない。
三が日、一緒にTVを見ることも多かったが、ヤクルトのCMが流れたときに
「Lカゼイ・シロタ株っていうのは、代田って言う人が見つけたから命名されたんだよ」などと、ちょっとした薀蓄を披露してくれるのを聞いている限りは以前とさほど変わってはいないはずだが、どういう訳か印象がものすごく違う。不思議だ。
3日に娘は地元の友達と買い物に行くと出かけて行き、「戦利品」と称して買ってきたものの品評会をしてくれた。

もうすぐ22歳になる娘にお年玉をくれる親戚が何人かいるのは有難い。お年玉がこの衣装の金主だが、さすがに今年でお年玉がもらえるのは最後だろう。「バーゲンだから・・」と言いながらも結構な散財だったように思う。まあ、自分が好きなように使えるお金があるのは幸せなことだから、私も溜息をつきながら眺めていた。少し前なら、買ってきた服など私に見せるなんてことはなかった。それなのにこの変わりようは何だろう、不思議だ。
直接娘に確かめようにも、4日朝早くからバイトがあるとかで京都に戻っていってしまったので、どうしようもない。ただ、大学院への進学も決まって心に余裕が生まれているのかな、と思わないでもない。だが、果たしてそれだけなのだろうか。年頃の娘を持った父親の心配を今まで一度も味合わせてくれたことのない娘が、やっとそんな思いを私にさせてくれるのか、などというのも的外れな気がしないでもない。
ならば、娘も人間的な深みが進んだのだな・・、そう思いたい正月であった。
(なんだかんだ言っても自分の娘がいちばんだよね・・。もちろん息子も!!)
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1月2日
本当に穏やかな日だった。我が家は、毎年2日の朝には自然薯をすってとろろを食べることになっている。私が朝目覚めると、もう父が一人であらかた作り終えていた。妻の母も一緒に食べることになっているので、私が車で迎えに行った。

花好きの義母だけあって、庭には丹精込めた椿の鉢がたくさんあった。正月の清清しい気持ちと椿の花はよく合う。思わず携帯で写真を撮ったが、よく見ると蝋梅も庭の片隅で1つ2つと花弁を開いていた。
「ずっと暖かかったから花が開くのが遅かったねえ。毎年お正月前に咲くのに今年はまだこれだけ・・。蝋梅っていうのは「事始め」の花だから、もうちょっと早く咲いておいて欲しいねえ」
とか、相変わらず薀蓄を披露してくれる。面白い婆さんだ。
家に着くと娘や息子を起こして朝餉が始まった。今年初めて食べるとろろは、父が早朝から時間をかけて丁寧にすったお陰で、「丸い」口当たりがしておいしかった。食べ終えて、縁側から空を眺めていると穏やかな日差しが差し込んできて、ぽかぽかとあったかい気持ちになった。

こんな気持ちのまま日本酒でも飲めたら別天地に遊べただろうが、残念なことに昼から塾がある。いくらなんでも酒を飲んで授業をするわけにはいかないから、我慢した。だが、久しぶりに長閑な気分を味わえた、これこそ正月だ。
塾が終わると、母の実家で行われる新年恒例のお年玉交換会に行った。今年は旅行に行った者が多く、集まった数は例年より少なかったが、それでも小さな子供たちを合わせれば総勢30人ほどにはなった。毎年2日に集まって近況を確かめ合うのはいいものだ。できればこの集まりがずっと続いてほしいものだが、だんだんと家庭の事情で集まる数が少なくなってきているのは寂しい。
その後は父の主催で私の妹弟家族を集めた食事会が開かれた。少々大袈裟なことを言えば、2日は分刻みで行動が決まっている。最近とみにせっかちになってきた父のご機嫌を損ねないよう、きっちり予定通りに動かねばならないからちょっと面倒くさい。一年に一回父が大盤振る舞いしてくれるのだから、文句など言ってられないし、好々爺然とした父を見られるのも嬉しいから、皆粛々と行動することになっている。
はしゃぐ甥っ子を携帯のムービーで撮ってみたが、動きが速すぎてモザイクがかかったようになっているのがおかしい。元気な奴だ、これからどんな男になっていくのだろう、楽しみだ。
楽しいひと時を過ごして家に帰った後は、子供たちと久しぶりに「七ならべ」をして遊んだ。相変わらず娘が妙な強さを発揮して、息子は毎回早いうちに負けた。ただ一度息子が勝ったのに大喜びをしていたが、もうちょっと戦術というものを理解したほうがいいんじゃないかと思った。まあ、まっすぐなところが長所でもあるんだろうが、この先裏道も知っておかないと損をするような気がする・・。
ともあれ、心が休まる愉快な一日だったが、私もそろそろ通常モードに切り替えなければいけない。


花好きの義母だけあって、庭には丹精込めた椿の鉢がたくさんあった。正月の清清しい気持ちと椿の花はよく合う。思わず携帯で写真を撮ったが、よく見ると蝋梅も庭の片隅で1つ2つと花弁を開いていた。
「ずっと暖かかったから花が開くのが遅かったねえ。毎年お正月前に咲くのに今年はまだこれだけ・・。蝋梅っていうのは「事始め」の花だから、もうちょっと早く咲いておいて欲しいねえ」
とか、相変わらず薀蓄を披露してくれる。面白い婆さんだ。
家に着くと娘や息子を起こして朝餉が始まった。今年初めて食べるとろろは、父が早朝から時間をかけて丁寧にすったお陰で、「丸い」口当たりがしておいしかった。食べ終えて、縁側から空を眺めていると穏やかな日差しが差し込んできて、ぽかぽかとあったかい気持ちになった。

こんな気持ちのまま日本酒でも飲めたら別天地に遊べただろうが、残念なことに昼から塾がある。いくらなんでも酒を飲んで授業をするわけにはいかないから、我慢した。だが、久しぶりに長閑な気分を味わえた、これこそ正月だ。
塾が終わると、母の実家で行われる新年恒例のお年玉交換会に行った。今年は旅行に行った者が多く、集まった数は例年より少なかったが、それでも小さな子供たちを合わせれば総勢30人ほどにはなった。毎年2日に集まって近況を確かめ合うのはいいものだ。できればこの集まりがずっと続いてほしいものだが、だんだんと家庭の事情で集まる数が少なくなってきているのは寂しい。
その後は父の主催で私の妹弟家族を集めた食事会が開かれた。少々大袈裟なことを言えば、2日は分刻みで行動が決まっている。最近とみにせっかちになってきた父のご機嫌を損ねないよう、きっちり予定通りに動かねばならないからちょっと面倒くさい。一年に一回父が大盤振る舞いしてくれるのだから、文句など言ってられないし、好々爺然とした父を見られるのも嬉しいから、皆粛々と行動することになっている。
はしゃぐ甥っ子を携帯のムービーで撮ってみたが、動きが速すぎてモザイクがかかったようになっているのがおかしい。元気な奴だ、これからどんな男になっていくのだろう、楽しみだ。
楽しいひと時を過ごして家に帰った後は、子供たちと久しぶりに「七ならべ」をして遊んだ。相変わらず娘が妙な強さを発揮して、息子は毎回早いうちに負けた。ただ一度息子が勝ったのに大喜びをしていたが、もうちょっと戦術というものを理解したほうがいいんじゃないかと思った。まあ、まっすぐなところが長所でもあるんだろうが、この先裏道も知っておかないと損をするような気がする・・。
ともあれ、心が休まる愉快な一日だったが、私もそろそろ通常モードに切り替えなければいけない。
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こんな元旦も・・
大晦日、午前中に塾生の何人かに手伝ってもらって教室の掃除に頑張り過ぎたのかいけなかったのか、午後になって自分ひとりで事務室と自分の部屋の掃除をしながらビールをぐいぐい飲んだのが災いしたのか、それとも、さんざん飲んだ挙句に初詣に行った神社でお神酒を2杯も欲張って飲んだのが致命的だったのか、元日の朝目が覚めたのは11時近かった。びっくりしてベッドから起きようとしたのだが、妙に体がだるく節々が痛い。「元旦早々、参ったなあ・・」と思いながらも階段を下りていって、家族と一緒に遅い雑煮を食べた。その後はもうひたすら体がだるくて、何もする気が起こらず、じっとTVの前に寝転んで、3時近くまで駅伝やらお笑いやら「伴大納言絵巻」の秘密やら、種々雑多な番組をあれこれチャンネルを変えながら、ボーっとしながら見ていた。それはそれで楽しい時間だったが、いつまでもこのままじゃさすがにまずいだろうと、大晦日に風邪気味の妻のために買ってきた、通常のユンケルよりも高級な「ユンケルファンテ」2本のうちの残りを飲んでみた。さすがに3倍の値段がするだけあって、30分ほどしたら元気が回復してきた。我ながら単純な体だなと思っていたら、なんだか無性に甘い物が食べたくなった。
娘と息子は友達に会いに出かけていたから、妻と二人でデニーズまで行った。私は季節限定のりんごサンデーを食べたらおなかいっぱいになってしまったが、食べ終わった瞬間、年末に従兄の娘が出産していたのを思い出した。元日くらいしか時間がないから、本屋で絵本を買ってお見舞いに行くことにした。松谷みよ子の「いないいないばあ」など5冊選んで持っていったのだが、とても喜んでくれた。生まれたのは女の子で、「寧々(ねね)」ちゃんと生まれる前から決めていた通りに命名したそうだ。古典的だが今風でもある可愛いらしい名前だと思ったが、一昨年急に亡くなった従兄が健在だったら、どんなにか喜んだことだろうと思ったら、せつなくて胸が熱くなった・・。だが、新しい命は素晴らしい。頭や足を触らせてもらったが、すべすべして生命の息吹が私にまで伝わってくるような気がした。一年の始まりの日に新しい命に触れられたのは幸先がいいように思った。
帰宅すると子供たちはもう帰っていた。夕食を皆で食べた後はまたTVを見た。かくし芸やら大食いやら筋肉番付やら、まったくご苦労なことだが、さすがにこのまま元日を無為に過ごすのも勿体無いと思い直して、9時過ぎから「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」のDVDを見た。家族全員に一緒に見ないかと誘ってみたのだが、誰も同意してくれなかったので、仕方なしにひとりビール片手に見ることにした。酔っぱらっているのと記憶力の衰えのせいで、2作目までの話の流れをつかむのにかなりの時間がかかった。だが、ここまで話を複雑にする必要があるのだろうか、娯楽作品なんだからもうちょっと単純に楽しめる内容にすればいいのに、と己の理解力の無さを棚に上げながら、ブツブツ呟いていた。それでも、さすがに映像には迫力があって、そんな不満をかき消すだけの力はあったが、やっぱり1・2作目と比べると面白さはかなり減っているように感じた。しかも長い、終わったらもう12時近かった。これで元旦も終わりかと思ったら、ちょっと悲しくなったが、こんな元旦もたまにはいいかなと思わないでもなかった。
それにしても新年早々見たくもない物を見てしまったのだけはどうしても書き留めておきたい。これだ。

初詣に行った神社の境内に出ていた屋台で売られたいた焼き鳥。息子が食べたいといって買った時に見つけた「すずめ」、なんともグロテスクなのに、一串500円もする。一緒に行った私の父は「そんなものひよこに決まってる」と言ったが、果たしてどうなんだろう。私はただただ気持ちが悪くて、それでも写真にとってしまった。新年早々一番ヒンシュク者なのは私だったりして・・。
娘と息子は友達に会いに出かけていたから、妻と二人でデニーズまで行った。私は季節限定のりんごサンデーを食べたらおなかいっぱいになってしまったが、食べ終わった瞬間、年末に従兄の娘が出産していたのを思い出した。元日くらいしか時間がないから、本屋で絵本を買ってお見舞いに行くことにした。松谷みよ子の「いないいないばあ」など5冊選んで持っていったのだが、とても喜んでくれた。生まれたのは女の子で、「寧々(ねね)」ちゃんと生まれる前から決めていた通りに命名したそうだ。古典的だが今風でもある可愛いらしい名前だと思ったが、一昨年急に亡くなった従兄が健在だったら、どんなにか喜んだことだろうと思ったら、せつなくて胸が熱くなった・・。だが、新しい命は素晴らしい。頭や足を触らせてもらったが、すべすべして生命の息吹が私にまで伝わってくるような気がした。一年の始まりの日に新しい命に触れられたのは幸先がいいように思った。
帰宅すると子供たちはもう帰っていた。夕食を皆で食べた後はまたTVを見た。かくし芸やら大食いやら筋肉番付やら、まったくご苦労なことだが、さすがにこのまま元日を無為に過ごすのも勿体無いと思い直して、9時過ぎから「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」のDVDを見た。家族全員に一緒に見ないかと誘ってみたのだが、誰も同意してくれなかったので、仕方なしにひとりビール片手に見ることにした。酔っぱらっているのと記憶力の衰えのせいで、2作目までの話の流れをつかむのにかなりの時間がかかった。だが、ここまで話を複雑にする必要があるのだろうか、娯楽作品なんだからもうちょっと単純に楽しめる内容にすればいいのに、と己の理解力の無さを棚に上げながら、ブツブツ呟いていた。それでも、さすがに映像には迫力があって、そんな不満をかき消すだけの力はあったが、やっぱり1・2作目と比べると面白さはかなり減っているように感じた。しかも長い、終わったらもう12時近かった。これで元旦も終わりかと思ったら、ちょっと悲しくなったが、こんな元旦もたまにはいいかなと思わないでもなかった。
それにしても新年早々見たくもない物を見てしまったのだけはどうしても書き留めておきたい。これだ。

初詣に行った神社の境内に出ていた屋台で売られたいた焼き鳥。息子が食べたいといって買った時に見つけた「すずめ」、なんともグロテスクなのに、一串500円もする。一緒に行った私の父は「そんなものひよこに決まってる」と言ったが、果たしてどうなんだろう。私はただただ気持ちが悪くて、それでも写真にとってしまった。新年早々一番ヒンシュク者なのは私だったりして・・。
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