やっぱり大阪はムシ暑い。それでも去年よりはマシに感じているが、大阪人のラテン気質は、やはりまずこの気候からきているのだろうと、帰省で大阪に帰ってくるたび思う。
そして、当然のことながら、街では大阪弁が氾濫している。
今回、大阪に帰ってきて、初めて聞いた大阪弁は、「ほなな」(東京弁では、「じゃぁ」だろうか。)だった。
新大阪駅ではそうでもないのだが、大阪駅に来て、大阪環状線に乗ったとたん、これである。車内は大阪弁が交錯している。
そして、京橋や鶴橋までくると、今度は、濃いファッションの人を見かけるようになってくる。
顕著なのは、女性のほとんどが茶髪であること。年齢は一切問わない。みんな水商売をやっているかのようだ。たまに、幼稚園児ぐらいの子が茶髪だったりするが、大阪では、そんなん「かわいい」って具合だ。
あと、東京では、ある特定の場所にしかいない特定のファッションの人が、そのへんで普通に見かける。普通に電車に乗っていたりする。
そういうのを見かけると、「東京ではありえない。」と、思わず僕は吹き出して笑いそうになるのだが、グッと堪えて、その場を凌ぐ。でも、顔は我慢できずにニタついている。非常に失礼なヤツだ。
しかし、僕が大阪にいた頃は、そういう風には思わなかったのだから、今ほど、大阪の特異性に気付いている時期はないだろう。とにかく、面白い。
あと、テレビを観ていると、テレビからも大阪弁が聞えてくるのも面白く感じるが、なんといっても番組自体が面白い。見応えがある。
とにかく、東京の番組は、その内容にまで広告性が執拗に入り込んでいて、観ていて飽き飽きする。大阪でもそのような番組はあるのだが、例えば、さっき観ていた、「たかじんのそこまで言って委員会」などは、出演者の東京の番組では出てこないような発言がたびたび出てきて、勉強になったり、考えさせられたりする。
このような番組が、なぜ東京でできないのか?大阪出身者としては、不思議である。できるようになれば、もう少し東京で勘違いしている人間は減るし、もう少し日本という国も良くなるのではないか?と思ってしまうのは、言い過ぎなのだろうか?