南部陽一郎米シカゴ大名誉教授(87)=米国籍=は、
シカゴ市内の自宅で取材に応じ、驚きを語った。「まさかと思った。光栄だ」
「こうなるとは思っていなかったので、驚いた。
妻は『いたずらじゃないか』と言っていた」と、戸惑い気味に話した。
故 湯川秀樹博士のノーベル賞受賞に刺激され物理学を志したという南部さんは、
「私の受賞が若い人の刺激になればよいが…」と笑顔を浮かべた。
後輩の小林誠さん、益川敏英さんと三人での受賞が決まったことについて、
「光栄で大変なこと。彼らの仕事もノーベル賞に値すると思っていたので、非常にうれしい。」と強調。
「日本の教育は独創性が欠けていると言われるが、ばかにしたものではない。」
と力を込めた。
受賞決定後、日本からのお祝いの電話や、
地元シカゴのメディアからの取材が相次ぎ、
6年前に受賞した 小柴昌俊さん(82)からも電話を受け、
「生きてるうちにもらってよかったね」と、喜びを分かち合った。
三氏の物理学賞受賞決定から一夜明けた8日、
高エネルギー加速器研究機構の 小林誠名誉教授(64)
記者会見やインタビューなどに臨み周囲の祝福に
研究発表から40年以上たち、長年候補に挙がりながら受賞に至らなかったことについて、
「(ノーベル賞の期待は)若いころはあったが、ここ20~30年はなかった」
と笑い飛ばし、「私はとてつもないことを考え出すのが好き」と喜んだ。
自らが理事を務める日本学術振興会(東京都千代田区)で会見した小林氏は「研究は真正面からと斜めからの方法がある。一つのアプローチにこだわるのではなく、いろんな可能性を自ら切り開く中から成果が出てくる」と語った。
益川氏は京都市の京都産業大で会見。
「まだ頭が起きていない。いつもは4時間寝れば大丈夫なんですが、今日は違いますね」
と明るい表情で話したが、話題が南部氏に及ぶと
「偉大な物理学者で仰ぎ見てきた。そういう先生」と声を詰まらせた。
【シカゴ(米イリノイ州)草野和彦、山田大輔、朝日弘行】
若手コンビの1本の論文が世界を変えた。
素粒子論の歴史を塗り替え、ノーベル物理学賞が贈られた「小林・益川理論」。当時の常識では考えられないほど型破りだったこの理論は、研究生活の疲れを癒やす「風呂」の中で生まれた。
小林誠さんと益川敏英さんは名古屋市生まれ。
ともに物理学者を目指して名古屋大理学部へ進学。益川さんが5年先輩だった。
大学院では、著名な素粒子物理学者だった 坂田昌一博士の研究室で机を並べ、活発に議論を交わす間柄になった。 益川さんが助手として京大理学部へ移ると、小林さんも2年後に続いた。
旧知の2人は、すぐに「何か面白いことをやろう」と話し合った。
選んだのは、宇宙や物質の根源にかかわる「 CP対称性の破れ」という謎の現象。多くの学者が挑みながら、解明できていない難題だった。 研究が始まったのは昭和47年5月。当時、益川さんは教職員組合の書記長も務め、多忙だった。2人は益川さんの時間が空く午前中に議論し、結果を家に持ち帰って熟考。翌朝、また議論する生活を続けた。 研究は主に益川さんが理論面、小林さんが実験面を担当。益川さんによると、「私がモデルを作り、朝、小林君に話すと、彼がそのアイデアを実験でつぶしていく」という毎日だった。 当時、発見されていた 素粒子クォークは3種類。当初は1つ多い4種類を想定した理論(4元モデル)を組み立てたが、それでは対称性の破れを説明できず、すぐに行き詰まった。 研究を始めて1カ月ほどたった6月のことだった。家で風呂に入っていた益川さんは、クオークを6種類と考える「6元モデル」を思いつく。 「風呂から上がった瞬間に、ふっと頭に浮かんだ。割と単純な発想だった。4元モデルの呪縛(じゅばく)が解け、『6元でいける』とポジティブに考えられるようになっていた」 小林・益川理論が誕生した瞬間だった。 翌朝、小林さんに話すと「実験的にもうまくいきそうだ」。夏休み中のわずか2カ月間で理論を仕上げ、小林さんが英文で論文を書き、学術誌に投稿したのは9月。翌年、掲載された。 「小林君は頭脳明晰(めいせき)で繊細、私は細かな作業が苦手。まったく違う性格の2人がコンビを組んだ」
大胆な着想で突破口を提示する益川さんと、緻密(ちみつ)な検証でそれを磨き上げる小林さん。抜群の相性の良さが歴史的な快挙を生んだ。
無名の若手が書き上げた論文は当初、あまり注目されなかった。
「クォークが本当に6種類もあると思うのか」と先輩研究者からいじめられたこともあったという。
30年余の歳月を経て、ようやく正しさが認められ、最高の栄誉を受けた小林さんと益川さん。だが、その業績について聞かれると、決まってこう答えてきた。
「理論屋とすれば、理論が外れる方が面白い」。あくなき探究心は、いささかも衰えることはない。 麻生太郎首相は7日夜、2008年のノーベル物理学賞受賞が決まった益川敏英京都大名誉教授と高エネルギー加速器研究機構の小林誠名誉教授にそれぞれ電話で祝意を表明した。
首相は「おめでとうございます。明るいニュースがこのところなかったので、国民の皆さんもとても喜んでいる」と述べた。
これに対し、益川名誉教授と小林名誉教授は若者へのエールとして
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