Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

マーラーの育った場所(イフラヴァ)

2010-10-17 21:57:56 | チェコ
今日も朝から大忙し。
久々にマイカーちゃんでお出かけ。海ほたるを2回も通りました。
いやーー安くなって大助かり。だって前は通行料4000円なんてとんでもない値段でした。
今は800円ですからね。

久々のドライブも同乗者ありで結構緊張したkおばちゃんです。

夜の番組でドガの特集をやっていて・・ああ、あの『小さな踊り子』のバックにそんな物語があったのね・・と興味をそそられた。

『小さな踊り子』とは昨年の夏パリで見た『14歳の小さな踊り子Petite Danseuse de Quatorze Ans』のこと。

このモデルについて、彼女が誰であるか・・解明されたというもの。
彼女はベルギーからの貧しい移民で、当時モンマルトルに住んでいたはMarie Van Goethem1865年生まれだとか。

パリのオペラ座のバレー学校に学んでいたが・・・その貧困さゆえか窃盗の罪で捕らえられ、14歳で退学?その後の記録はないという。
当時のオペラ座のバレーの背景。それはパトロンと踊り子の関係が当然のようになりたっていたということ。なかば・・芸者ですわな。

そんな事情を解説していた。なるほど・・ねなんて思いながら見ていたkおばちゃんです。
なんでも、今年のオペラ座のバレエの新作で、この物語を土台としたものがあるとか。
その名もずばり『La Petite Danseuse de Degasドガの小さな踊り子』だそうで・・機会があったら見てみたいと思ったkおばちゃんです。

○7月1日(木)

さてさて、kおばちゃんの今回の旅のテーマは・・一応マーラーです。
で、ここイフラヴァJihlavaの町は作曲家マーラーの生後3ヶ月から15歳まで過ごした町です。

マーラーというのは、ユダヤ人家系に生まれたためか、プラハで認知されなかったためか・・チェコの作曲家として扱われることは少ないようです。
現に、この町も近年になって観光資源としてマーラーを取り上げている・・様な気がします。

ま、いずれにしましても、現在はこの町のマーラーの育った家の一つは博物館として一般公開されています。
それがここ、Znojemskáズノイモ通り4番にあります。

あ、博物館だけではなくてカフェも営業しているようですが・・本日はお休みでした。

マーラーの育った家を示すプレートも掲げられています。

Dům Gustava Mahleraグスタフ・マーラの家の営業時間?です。


ここが入り口です。閉まっていましたが勇気を振り絞り中へ・・

確かに誰もいませんでしたが、中に入ると奥に受付がありお嬢さんが一人いらっしゃいました。

ざっとこの建物の説明と、申し訳なさそうに『展示品の殆どはウイーンの特別展に行っちゃってるの』といっておりました。
まあ、一昨日見てきましたら良いですけどね。

ここの展示の主なものは・・マーラーの書簡のコピーなんかでしょうか。それも成人してここをでていってしまってからのものでした。
妻のアルマに当てた手紙で、アムステルダムの演奏会を前にして『休憩の前に交響曲5番の演奏をすべきか、後にすべきか・・・』なんて内容の手紙を送っていたみたいです。

あ、画像のが残ってないところをみると・・おそらく内部は撮影禁止だったのでしょうね。

そのほかには子供のプレイルームのようなものもありました。

あ、そうそう、マーラーの両親はここでも旅籠のような『イン』を経営していた様で、地下にはその『酒場』のカウンターを再現したようなものもあり、また母親が使っていたであろう作業室のようなものも左舷されてしましたが・・いかんせん地下は下水くさかったです。

現在でもあの状態である(修復してあります)のですから、当時は・・と考えると、マーラーの兄弟が幼くして次々になくなっていったのも納得できるような気がしました。

あ、地下にはコンピューターをつかった『楽器あてゲーム』なんかもあり、子供たちの見学にも興味をひくようなしかけがありましたが・・果たしてマーラーと関係があるのか・・・

そうそう、kおばちゃんの滞在していたMahlerův pension Na Hradbáchも実は、当時マーラーのおじさんが経営していた旅籠で、マーラー少年もたびたび訪問していたようです。近いですからね。
あら、まあ!とびっくりなkおばちゃんでした。
kおばちゃんのヒュンダイ君を止めてある通りを下っていくと、小さな川を渡るようになっており、その先は動物園のようなものが現在はあるようですが、当時もこういった自然をマーラー少年は愛していたようです。
街中よりも楽しいですもんね。

マーラーの家の入り口はこんな感じでございまして・・

ここZnojemskáズノイモ通り4番のほかにもお隣の6番にも住んでいたことがあるそうです。


6番の向こう側に続く家並みもちょっと歴史を感じる外観ですね。
コメント
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