昭和35年頃まで、娯楽の王様は映画だった。
他の所でも書いたが、時代劇の東映、文芸路線の松竹、エンタメの東宝と大映、活劇の日活、そしてちょっとエッチな新東宝という布陣で、日本映画は破竹の進撃を続けていた。
そうした商業映画とは違ったチャンネルの映画も存在した。多くは教育というカテゴリーに収められた映画。その中で、忘れられない映画がある。
昭和30年代の前半、まだTVが一般家庭に普及していない時代、小学校巡回映画会というものがあった。
おそらく年に2~3本だろう、夜の校庭に巨大なシーツを縫い合わせたような白い幕を張ってスクリーン代わりにし、映写会が行われたのだ。夏休みのことだったような気もするし、秋口だったような気もするが、記憶は定かでない。
風の強い日の映写会は、映画を見る楽しさはあるのだが、また別のスリルと興奮と楽しみを与えてくれた。もちろん必要以上の強風下では映写会も中止になったと思うが、開催時の風に煽られバタバタと音を立てて翻るスクリーンに映し出される映画の歪みも、映画の内容以上にわくわくドキドキの大きなファクターだった。
おそらく何本もの映画を見ているはずなのだが、覚えているのは1本だけ。
なぜか「風の又三郎」。宮沢賢治の童話の映画化版だ。
確か、一般の映画館でも見た記憶があるのだが、微妙に違う映画だったような気もする。
どうやらそれもそのはずで、別作品がいくつかあった。昭和15年に日活が制作した『風の又三郎』(監督:島耕二)をボクは何かの折に映画館で見た(きっと島根で見たに違いない)が、見たという記憶だけが残っているに過ぎない。ところが巡回映画で見たのは、おそらく昭和32年に東映教育映画部(村山新治監督)が制作した作品ということのようだ。この映像を鮮明に覚えている。
そして前にも書いたが、元旦の初詣以外に明治神宮が唯一賑わいを見せた11月3日「文化の日」(表参道はたくさんの屋台が出て大賑わいだったさ!)の前夜祭のような11月2日の夜(この記憶も間違っていないとは思うが……)に、代々木側、北参道口の入り口近く、たくさんの見世物小屋の並ぶ一角で、この映画「風の又三郎」を観た、と思う。
夜の校庭で観たのと同じように、シーツを何枚か縫い合わせたような白いスクリーンだった。
こんな記憶も、すでにボクの記憶の中にしか存在せず、ほんのわずかな人としか共通の話題にもなり得なくなっている。
つらつら考えてみるに、これはいかにも悲しく、恐ろしいことではないか!? と思って、書きとめておく。
他の所でも書いたが、時代劇の東映、文芸路線の松竹、エンタメの東宝と大映、活劇の日活、そしてちょっとエッチな新東宝という布陣で、日本映画は破竹の進撃を続けていた。
そうした商業映画とは違ったチャンネルの映画も存在した。多くは教育というカテゴリーに収められた映画。その中で、忘れられない映画がある。
昭和30年代の前半、まだTVが一般家庭に普及していない時代、小学校巡回映画会というものがあった。
おそらく年に2~3本だろう、夜の校庭に巨大なシーツを縫い合わせたような白い幕を張ってスクリーン代わりにし、映写会が行われたのだ。夏休みのことだったような気もするし、秋口だったような気もするが、記憶は定かでない。
風の強い日の映写会は、映画を見る楽しさはあるのだが、また別のスリルと興奮と楽しみを与えてくれた。もちろん必要以上の強風下では映写会も中止になったと思うが、開催時の風に煽られバタバタと音を立てて翻るスクリーンに映し出される映画の歪みも、映画の内容以上にわくわくドキドキの大きなファクターだった。
おそらく何本もの映画を見ているはずなのだが、覚えているのは1本だけ。
なぜか「風の又三郎」。宮沢賢治の童話の映画化版だ。
確か、一般の映画館でも見た記憶があるのだが、微妙に違う映画だったような気もする。
どうやらそれもそのはずで、別作品がいくつかあった。昭和15年に日活が制作した『風の又三郎』(監督:島耕二)をボクは何かの折に映画館で見た(きっと島根で見たに違いない)が、見たという記憶だけが残っているに過ぎない。ところが巡回映画で見たのは、おそらく昭和32年に東映教育映画部(村山新治監督)が制作した作品ということのようだ。この映像を鮮明に覚えている。
そして前にも書いたが、元旦の初詣以外に明治神宮が唯一賑わいを見せた11月3日「文化の日」(表参道はたくさんの屋台が出て大賑わいだったさ!)の前夜祭のような11月2日の夜(この記憶も間違っていないとは思うが……)に、代々木側、北参道口の入り口近く、たくさんの見世物小屋の並ぶ一角で、この映画「風の又三郎」を観た、と思う。
夜の校庭で観たのと同じように、シーツを何枚か縫い合わせたような白いスクリーンだった。
こんな記憶も、すでにボクの記憶の中にしか存在せず、ほんのわずかな人としか共通の話題にもなり得なくなっている。
つらつら考えてみるに、これはいかにも悲しく、恐ろしいことではないか!? と思って、書きとめておく。