2019・令和元年7月1日午前10時。本来なら富士山吉田口で富士山八合五勺まで登頂し、運良くば、ご来光を仰いでからの下山途中だった。
それなのに、それだのにだ、今こうして仙台の自宅の机に向かってこの日記を認めている。
朝日の速報だと、今朝の八合五勺に立って、一瞬のご来光を仰げた幸運の持ち主は、たったの5人。
https://www.asahi.com/articles/ASM7126HTM71UZOB006.html
静岡新聞の報道にあるとおり、昨日30日の朝は、五合目でも猛烈な風が吹きすさび、とてもさらに上を目指そうという状況にはなかったのだ。前日宿泊した奥庭荘からお中道を経て五合目に至る小一時間ばかりの吹きさらしの道で、オイラは何度か強烈な追い風にあおられ飛ばされそうになり、ストックに力を込め、すり足状態で五合目にたどり着き、ただただ、下山することばかり考えていた。
https://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/652131.html
多分想像だが、上の5人は前日登ったのではなく、上の小屋で待機していたのではないかと思われるが、あるいは、昨日の午後からは風が少しばかり治まってのかもしれない。それにしても、例年だと2000人ぐらいの登山者であふれる開山日の山頂、なんともさみしいかぎりである。が、自然にはかないません。
6月29日、夕刻の富士は八合目より上、厚い雲に覆われていた。(奥庭展望台より)
吉田口より、北口浅間神社に下る。トレールランナーが次々と登ってくる。日曜日だ。開催まであとひと月をきった富士登山競争の練習なのか。15年前から7年ほどチャレンジしたあの日あの時の懐かしさが込み上げてくる。
馬返しの寂し顔のおさるさまに挨拶をして、浅間神社の開山祭りを眺めて、湯に入り、吉田のうどんをいただいて、いつの間にか「富士山駅」と偉そうに改名した富士吉田の街を後にする。河口湖といい富士吉田といい、もう15年も通い続けている「富士バカ」なのである。
富士山の神様のお使いだとか、それにしても寂しいお顔はどうしたの。
北口富士浅間神社の開山まつりの参列。昔はこうして登ったのか。
一度ではすすりこめないゴワゴワ強靭腰の効いた麺の食感と、ごま油の効いた練り唐辛子を3杯入れると醸し出される辛味に病みつきになる。
さて、もう富士山の地図ひろげて来年のことを考えている。