ススキ;芒;尾花;薄(イネ科)花言葉は、活力。茅と言うのは、屋根をふくのに用いる草の総称で、芒もその中に含まれているし、芒のことを「カヤ」と呼ぶ地方もある。青い葉だけの芒を「青芒」といって夏の季語にしている。尾花は穂の出た花芒のことを指す。冬の枯芒の風情も捨てがたい。芒の一年は人生のドラマに似ている。中秋の名月に芒を供える風習もゆかしい年中行事のひとつである。芒は月を招く”よりしろ”であったということさえも現代では忘れられようとしている。昔の人たちは、供華として捧げた芒に月の神が降りてくると信じていたのである。農家では、芒で屋根を葺いた家では、天井が高く、囲炉裏があり、囲炉裏の脇に座る位置も決められていた。今頃の農家では、囲炉裏はなく、冷暖房に変わり、薪の備蓄も見られない。面白い事には、この時期に御月見団子が、スーパー等の店先に売られているが、ただ口に入れられているのだろうか?時代の移り変わりで、御月見は忘れられているのだろうか。お供えを縁側に置いて、お月見を愉しんだ子供頃の思い出は、マンションなどの住宅事情の変化にも有るかも知れない。「おほらかに裾曳く富士や花芒 高橋淡路女」「花芒はらりと解けし如くなり 星野立子」「花薄風のもつれは風が解く 福田蓼汀」「淋しさにほどけし芒かと思ふ 後藤比奈夫」「船数へながらすすきの銀の中 友岡子郷」「溺れたく芒の中へ入る 神蔵 器」「行く秋の四五日弱るすすきかな 丈 草」「散る芒寒くなるのが目に見える 一 茶」「妙高の大扉ぞ暮るる芒かな 秋元不死男」「この道の富士になりゆくすすきかな 河東碧梧桐」「大いなる薄の株の月夜かな 小島政ニ郎」「をりとりてはらりとおもきすすきかな 飯田蛇笏」。(芒原 場所を知れども 脚萎えて 行く気起らぬ 吾よわいかな ケイスケ)