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なんだこれ?
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1983年頃製造されたガーバーC375
スタッグモデル。
丁度私が学生の頃のガーバーである。
製造は日本の岐阜県関市の坂井刃物
=G.サカイだ。
スキャバード=革鞘はもうボロボロだ。
ハイス鋼、つまり高速度鋼とは工具鋼
の高温下での耐軟化性の低さを補い、
より高速での金属材料の切削を可能に
する工具の材料とするために開発された
鋼で、調べたら1860年代に英国で開発
され、1899年にアメリカで実用化された
ようだ。結構古い鋼材だ。
日本では1913年に現在の安来鉄鋼(現
日立金属安来工場)が製造成功をみた。
今から100年以上前の時代、見紛うこと
なく、日本は世界のトップクラスの先進
性を鉄鋼分野で保持するに至っていた。
ハイス鋼は高速での脆弱性回避のために
開発されたとはいえ、刃物に転用すると
硬度が高い刃物が出来る。現代特殊鋼で
はない古い鋼としてはかなりの硬度を
持つと思われる。
実際のところ、ガーバーのハイス鋼の
基準値はロックウェルで60~62であると
いうのであるから、非常に硬い。
HRC62などになると、研ぎの中級者以上が
ビシッと一定の角度を決めて緻密に研が
ないと刃を作れないことだろう。もちろん
初心者はロックウェル60のATS-34でさえ
研げないし、柔らかい刃物でも研げないと
いう厳しい現実はあるのであるが。
M2 ハイス鋼(ロール)。
M2 ハイス鋼(丸棒)
M2 ハイス鋼(板材)。
ナイフ用鋼材はこれが使用される。
ハイス鋼は高速回転工作機械用ビット
(旋盤などの刃)という刃物だけでなく、
一般ナイフなどの刃物としても転用され
て重宝してきた。
炭素鋼に対する特殊鋼としては、ハイ
スピードスティールは硬度が高く刃味も
良くて切れ味が長く持続するという願っ
たりかなったりの鋼だった。日本の軍刀
などもハイス鋼で製作すればもっとさら
に実用性能が上ったとは思うが、なにせ
コスト的にみあわなかったのだろう。
ハイス鋼の唯一の欠点は、炭素鋼ほどでは
ないにしろその後のステンレス合金ナイフ
に比べて錆びやすいことだ。特に440C
などと比較するとかなり錆びやすい部類
に入る。
米国のタービン軸受鋼の154CMはラブレス
などが好んでナイフ鋼として転用していた
が、日立が開発したATS-34はほぼ154CMと
同じ成分だった。それをナイフ鋼に転用し
て広めたのは東京上野御徒町の岡安さんで
あり、彼の功績でATS-34がやがて世界標準
となって一黄金時代を築いた。ナイフ鋼
として使用され始めたのは1980年代初期
のことだった。
1986年頃の雑誌等を見ると、まだATSが
「期待の新素材」というような表現が
されており、生まれたばかりの若い新鋼
であったことがうかがえる。
ATS-34の出現により、154CMとハイス鋼
は一気に高級刃物鋼の位置から陥落して
しまった。
ただ、1900年以降1985年頃までは、ハイス
鋼が極上切れ味の刃物鋼であったことは
ゆるぎない事実である。ハイスはよい鋼だ。
刃先を薄くしても十分に耐用性が高い。
硬くて粘って薄くてOK。
しかし、一般人が現在ハイス鋼材を入手
するのは非常に困難になってきている。
元々が構造鋼であるので、大量ロット単位
でしか入手の道がないように狭まって来て
いるからだ。
研いでみるとはっきりするが、ハイス鋼は
砥あたりもATSより硬い。
だが、よく効く砥石表面状態を創出すれば、
任意に自在に研ぐことができる。
同じ人造#1000でも、キングやナニワより
もシャプトン刃の黒幕のような質性のセラ
ミック砥石のほうが石が利いてカエリも
綺麗に出る。
私は合わせには「本山あいさ」を使用
している。
十字架のような剣を刺したガーバーの
マーク。
アメリカ合衆国を象徴するナイフである。
なぜならば、専門職人ではない素人が
1932年に作り始めたのがガーバーナイフ
の歴史の始まりだったからだ。
そして、ガーバーは企業としては栄光を
掴んだ。
決して老舗の専門店ではないのにアメリ
カンドリームを実現させたのがガーバー
社なのである。
ただ、そこには資本主義的な「販社」の
手法が多く採り入れられて来たのだが。
ハンドルの太さといい、何から何までよく
出来ている。
ガーバーは日本でいう昭和初期に食器用
ナイフから開始した。
ガーバーナイフは瞬く間に大人気となった。
これは1941年の箱入りナイフ。この箱入り
が爆発的人気となった。
ハンドルのアルミ材はエンジンのピストン
を溶かして製作された。
まさに素人工作だが、その素人さゆえ、
なんの縛りもない自由な発想と行動で
ナイフを作れた。ジョセフ・ガーバーが
プロデュースし、行商渡り鍛冶屋だった
まだ腕の悪いデビッド・マーフィーが製作
を担当したのがガーバーナイフの始まり
だった。
米国ガーバー社は1975年から日本の岐阜県
関市の坂井刃物をG.サカイとして生産提携
し、下請けというよりもOEMで製造を開始
した。下請けではないというのは、サカイ
はサカイで自社製品を発売しているれっき
とした製造販売メーカーであったからだ。
社名こそガーバー・サカイとは変更したが、
ガーバー製品一辺倒ではなかったのである。
アメリカンナイフは、1900年代に入ってから
一気に近代ナイフの基礎が出来上がってきた
感がある。
ガーバーはその近代ファクトリーナイフを
代表するアメリカン・ナイフであるといえ
る。
ランドールとは異なり、自社製品であって
も自社生産ではなく外注による手法が軸で
あるのは、現在のバックや他メーカーにも
通じる形式で、ガーバーはそれの現代手法
をごく早い時期から採り入れていた。
今の時代は、現在ほぼすべてのメーカー
ブランドは、すべてこのガーバーの手法=
外注生産であり、自社ブランドであっても
自社で生産などはしていない。
だからこそ、小規模であっても工場生産
方式であるのに、自社生産のランドール
などはカスタムナイフ並みの扱いと価格帯
となって市場の一角を構成しているので
ある。
そしてラブレスだ。
近代ナイフの歴史を大きく革命的に変革
したのはボブ・ラブレスである。
徹底的に実用ナイフにこだわり、そして
大規模な大型機械が無くとも生産性を上げ
るための「システム」がラブレスにより
考案された。
その製法がストック&リムーバルという
鋼材削り出し方法であり、鍛冶経験が皆無
の者であっても刃物が製造できる手法を
考え出したのがラブレスであった。
彼により、個人的な工作でもナイフが生産
できるようになったのであり、このことは
カスタムビルダーの登場を促し、ナイフ
業界に光明をもたらしたのである。
誰でもナイフが作ることができる、その
方法。それをラブレスが発案したのである
から、まさに現代革命だった。
ガーバーはファクトリーナイフながら、
日本のG.サカイ製となってからも高品質な
ナイフであり続けた。
一方、アル・マーなどはG.サカイと同じ
岐阜県関市のMOKIナイフに製造を委託し
ていた。
MOKIは2017年で創業110年を迎える老舗
刃物屋である。この世に社会主義国家が
一国も登場していないロシア革命以前の
時代にMOKIナイフは刃物を作り始めた。
京都のお店に比べると若い企業といえる
だろうが、110年というのは生半可なこと
ではない。
MOKIナイフのすごいところは「比類なき
作動性」で、フォールディングならば
MOKIと呼ばれる緻密さがある。
オリジナルナイフのデザインは好みが
分かれるところだが個性的だ。
丸っこいのが全体的な特徴だ。
フィクスドならばガーバー、もしくは
バック、という印象が私にはある。
そして、ガーバーならば、ハイス鋼時代
のカスタムシリーズ=Cナンバーのライン、
とりわけ3.75インチのC375が私個人は
好きである。
マイバディ375。硬くてとても粘って良く
切れる。
錆びやすいからと最近は敬遠されるハイス
鋼だが、切れ味の良さは使った者だけが
味わえる。
最近はATS-34さえも消滅しつつあって、
新素材新素材という時代になってきたが、
古い鋼も良いものだ。ハイスなどはまさに
それであり、古くて良い物の最たる物は、
日本の刃物用炭素鋼である。
ただ、ガーバーがかつて使用していた
M2ハイスピード・スティールは個人的に
はかなり良いと思う。
総合性能でいったら渾身のATS-34には劣る
が、時代性を考えると飛びぬけた特殊鋼
であったことが分かる。
<M2の成分表>
ガーバーM2ハイス鋼のこれ。これはいい。
インドが鹿角輸出禁止で、サンバースタッグ
はもう装着が事実上不可能になってしまった。
だが、日本では日本の鹿さんがあまっている
からジャパ鹿で角ハンドルは代用できる。
エゾシカの角などはかなり使えると思う。
本州でもシカが増えすぎて、今や害獣となって
来ているという、40年前の状況とは逆転する
状態になっている。シカの角は国内で手に
入るという何とも不思議な時代になっている。
ただし、それも人間が計画的に運用しないと、
乱獲すれば絶滅危機に陥るのは当然だ。
シカ角のハンドル材は保持性等においても
優れているが、性能面だけを見るならば、
G10やマイカルタが飛びぬけて優秀である
ことだろう。