渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

疑問

2020年05月29日 | open


研師の先生ね、この洋式ナイフにはヌグイ
差してない?もしかして。

ただ、ハイス鋼に拭いが差し込めるのか
どうかは不明だが、明らかに光の反射が
異なる現象が現れている。
しかも、日本刀のように刃部も一定の幅
で、まるで直刃の焼刃があるように刃艶砥
をかけているようにも見える。
このナイフは高速度鋼なので、背中のほう
まですべて同じ硬度のいわば「刃」だ。
なので、あくまで技法としての意味しか
ないのだが、どうやらこのブレードは何
だかいろんなことやってそうだよ。
仕掛けというか、仕込みがあちこちに見ら
れる。気のせいではないような・・・。

でも、やっぱ、なんかやってるな。
それはこのナイフブレードに明らかに
現れているもの。現実に。

なんだか、「それは何だ」とこのナイフ
を多角的に見て行こうとするだけでワク
ワクしてくるよ(笑)。
ファクトリーナイフではなかなか味わえ
ないカスタムナイフの醍醐味だよなあ。
しかも、日本刀の研磨師の製作したナイフ
だ。
いろんな隠し味、隠し技が潜んでいるよう
で、それを見つけだすのは、こりゃめちゃ
くちゃ楽しいや。
小さなナイフの中にある宝探しみたいだ。
すでに他の部分でも「仕掛け」を発見し
た。
同モデルを持っている剣友と電話でこの
ナイフについてのマニアックな会話をし
たが、互いに気付いた点もあって、思わ
ず、笑い合った。健康な笑いだ。

この研師の先生は自作ナイフをコンドル
と呼んでいるらしい。
私が友人に「ハンドルエンドがトリさん
みたいなんだよね」と言ったら、「作者
の先生はコンドルと言ってます。コンド
ルの顔だって」との事。
なーるへそ(古)。
コンドルのクチバシによく似てる。




他にも多分一杯隠し玉があると思うよ。
ナイフ一本でたっぷり楽しめる。
こりゃハッピーだよ。
吉祥なる刃物。
いいわあ。


刃物はなぜ切れるのか

2020年05月29日 | open


(現代刀/小林康宏)

刃物はなぜ切れるのか。
これは「刃物のおはなし」という本が
ある程で、奥は深い。

戦闘刃物である日本刀の場合は、切る事
と斬る事に現象が大別できる。
両者は大きく物理特性が異なる。
また、日本刀は刃先でメスのように切開
するだけではなく、細胞組織を破断させる
という恐ろしい面も持っている。
あえてそのような断面形状になっている
のが日本刀だ。

日本刀を使用する戦闘は、現代において
は終了している。
第二次世界大戦で大陸馬賊が刀剣で捕虜
を斬首したり、日本軍が軍刀で中国人や
オーストラリア人の捕虜を惨殺したりし
たのは、ねじ曲がった戦時における蛮行
といえる。
取り分け日本刀は軍人の象徴ではなく武士
の象徴であり、また「旧式」の武器であ
った。今更戦場に持ち出してそれを武器と
して使用するほうがどうかしていた。

現代では、古式江戸期終焉までの武芸の
修練以外で真剣日本刀を実用に用いること
は厳しく慎んで避けるべきだろう。
かといって、日本刀全てを「鑑賞目的」
のためとするのは無理がある。
古式刀剣武術は真剣を用いないと絵に描い
た餅の如しになるからだ。

しかし、歴史的な時代刀等は、やはり
文化財保護の観点からも実用になどは
供さないほうがよいと思量する。

「もうお休みくださいね」と鑑賞研ぎに
して鞘に納まっているかつて三原の城勤め
の武士の差料だった江戸期新刀。


まかり間違ってもこれで物を斬ったりは
しない古刀、古三原。健全な上作だ。
歴史的史料になるような類の日本刀。


三原城が登場する以前の鎌倉末期南北朝
から北山文化の頃の作か。
三原城はこの世に存在しなかったので、
備後国のどこかで作られた。多分、尾道
か備後国分尼寺跡か芦田川流域あたり。
末古刀だとしたらかなり古い時代だが、
研師の先生の談話では三原正家あたりまで
行くかも知れないとの事だ。

こうした時代的作物はもう二度と作れな
い。演劇界でいうところの消え物では
ないからだ。歴史的な遺産にあたる。
日本刀を鑑賞専門にするには、こうした
時代刀こそは鑑賞専門の対象だろう。

果たして、古刀名刀のその切れ味は?
試してはならない。
600年も700年もの時を超えて、この今の
時代に残っていてくれるだけでもありが
たいことだ。
自動車の車輌は四輪車も二輪車も、整備
して走行可能な状態を保って、しかも
時に乗ってあげる事が「常態保存」に
繋がるが、こと日本刀に関しては時代刀
は使わないほうがよい。
とはいえ、私も戦国時代末期の数打ちの
戦場刀で丸太まで斬っているのだから、
偉そうには言えない。
しかし、好ましいことではない。

切れ味の秘密

2020年05月29日 | open
 


この日本刀研磨師が作った
ナイフ、殊の外
切れるのだ
が、それの秘密はここにある。


これは、刃こぼれを防止する
だけではない
意味がある。
刃先にミクロン単位で糸刃を
付けているの
だが、これは物
理的には鈍角になることに

る。
だが、切れ味は増す。
しかし、自動紙切断機などで
の切れ味テス
トでは測れない
切れ味。
もはや、切れ味から切り味の
領域に入る
違いを実現させる
には、この糸刃の如何が
いか
なるものかにかかってくる。
刃先最先端とそのすぐ横の刀
身の断面形状
や研ぎの肌状態
でも切り味は変わってくる

で、これは研ぎを知悉してい
ないとこの
領域の知見を有す
ることはできない。
この作者は、日本刀研磨師=
プロの研師
であるので、高度
な見識と実行力を有して
いる
ことが、この手作り刃物の刃
先を見れ
ば納得できる。


私の研ぎも、必ず糸刃を付ける。
しかも、小刃がある場合は、小
刃の中で
砥石目を何種類か使い
分けて摩擦係数に
変化を持たせ
ている。
 
それと、これは切れ味に大きく
関係する
ことなのだが、一般的
な包丁研ぎの解説
などでは、決
定的に大きく間違っている
事が
ある。
私はそれに気づき、80年代から
その方法
を捨てて物理的論理的
に正しい方法で研ぐ
ことにした。
これに気付いている人は今まで
何人か見た
が、99%ともいえる
ほどに包丁研ぎの解説
では「完
全なる間違い」ではないが、切
味に関して、案外適当なとこ
ろから
研ぎ解説を行なってい
る。
それでは「まあそこそこ切れま
すよ」と
いう域を超える事はな
い。
 
私が研いだ刃物が異様に切れる
との評価
を頂いているのは、そ
の一般的に喧伝され
ているやり
方を捨象して、あることをして
いるからに過ぎない。
それはさつき流の刃付けとは別
な、かなり
一般的包丁研ぎでも
大切なことで、それを
聞けば誰
でも「なるほど!!」となるだ
ろう。それは、ゆで卵の殻を剥
く時に殻
と身が綺麗に剥がれ
るには、にも似たよう
ごく
ごく簡単な物理的な事だ。
 
しかし、そうしたことはネット
などでは
私は公開はしない。
特に日本刀研究者であった場合
などは、
先達の知見から学べば、
私がいうその事
に気づいて、す
ぐに自分の実用刃物の
研ぎの仕
方を変えることだろう。
気づくか気づかないかのことだ
けなのだ
が、その「極めて真っ
当で正しい事」の
実行実現には
ある程度の熟練を要する。
なので、私が私の研ぎ解説書に
おいて説き
明かしているその
技法に対して、何人もが
「解説は至極納得できるが、
できるか!」
というような感
想連発になるのだろう
(笑)。
私は80年代中期に「まてよ?!」
となり、
これまで読んでいた
刀剣書を再度読みあさ
った。
江戸期のものまで含めて。
そして、おぼろげながら浮かび
上がった
その方法を山田流試刀
術の研究と並行し
て実験した。
すると、やはり古人が書き残し
ていた事は
本当だったというこ
とを知るに至ったの
だった。
 
思った。
江戸期の人たちは、ごく普通
に当たり前の
事として、こう
いう今私が気づいた事を
口伝
とまでいかないような「常識」
として
実行していたのだろう
なあ、と。
今の時代、ほぼ失伝したのだろ
う。
私が手掛ける刃物が「なんでこ
んなに
切れるの?」というのは、
多分だが、
昔の人たちはこのよ
うに切れる刃物に
誰でもセット
アップすることができていたの
だろうと思う。
別段、私が超人的な研ぎ技術を
持って
いる訳ではない。
「気づいた」だけのことだ。物
理的な
刃物研ぎの道理に。
 
極上の切れ味とその先の任意の
「切り味」
を得るには、ごくご
く普段自分がやって
いる事に
疑的になり、物理的な道理を
検証すればよいだけのことだ。
これは、どんなジャンルでも技
術系の事
では通じる事だろう。
懐疑と検証なく、
先入観や決
めつけだけでは、技法の奥は

ることができない。
 
この切れ物研ぎに関することは
聞けば誰もが「あー!!な
るほど」と
なるだろうが、
さて実行となるとちょいと
練習が要る。
ただただ「よく切れる」ように
するだけ
なら研ぎは案外簡単だ
が、「極上の切れ
味」と「思い
通りの切り味」を付与させ
るのは、やはりそれなりの
正確な物事の
道理の認知と
それの実現の実力が必要と
なる。
 
こうした秘密も、刃物は個体を
よーく
穴の開く程に見て精査す
れば、やがて道
が見えてくる。
道は見えたが、どうやって目的
地まで行け
ばいいかは、それは
自分次第だろう。

鋼の面白さ

2020年05月29日 | open
 
 
鋼というのはですね、自然界に
は存在しな
いんですよ。
鋼は人間が作り出した。
鉄を作ったのも人間ですが、鋼
こそは人間
が無理やり作り出し
た金属だ。
鋼が今金属として存在している
のは、あく
で仮の姿なのよ
ね。
 
特に、加熱急冷によって鋼の
内部組織を
人間が強引に変化
させて得た硬いマルテン
サイ
トという状態は人間が作り出
した
状態なので、放っておく
と時間と共にどん
どん元の自
然の状態に戻ろうとする。
鋼は生き物なので、肉眼では
見えないが、
金属内部では常
に動きがあり、マルテンサ

トはどんどん元の状態に戻ろ
うとしている。
 
オーステナイトという元素
固溶
抱き込みの姿は温度に
よって変化する。
立方格子を構成していた強磁
性の性質が、
ある特定の温度
に加熱されると
面心立方
子に瞬時に変化(変態)して
非磁性とな
る。
そこから一定の温度に急冷す
ると、今度は
炭素を中に固溶
させた体心立方格子に変化

る。これがマルテンサイトだ。
金属内部で組織の積み木のパ
ターンが変わ
るので、焼き入
れにおいては金属は伸びた

縮んだりを繰り返す。
日本刀などの場合は、刀身の
刃部が先に
変態を開始するの
で、一度俯くように刀身
がコ
ンニチハしてから、そこから
一気に背
側に反り返る。
これは金属内部で熱処理変態
によって体積
に変化がめぐる
ましく起きるからだ。
マルテンサイト変態は特定温
度に金属が
冷却された頃に
開始し、さらに低い特定
温度で再度変態が進む。
しかし、一度きりの焼き入れ
では、金属は
完全にマルテン
サイト化してはおらず、
セメ
ンタイトというダイヤモンド
並みに
硬い組織も部分的に固
溶させているので、
非常に脆
くなる。
脆い金属は道具にはならない
ので、それを
再度特定温度ま
で加熱させて、金属の中に

留してい
るオーステナイト
を完全変態さ
せてやり、同
時にパーライトという組織を
発生させてそれがいいように
金属内部で
マルテンサイトと
残存オーステナイトと
手を結
び粘りを出すようにしてやる。
これが焼き戻しだ。

焼き戻しは、炭素鋼の場合は
1回のみで
済む場合もあるが、
鋼のうち多用な元素を
含んで
いる特殊鋼の場合には、複数
回の
焼き戻しを行って鋼の質
性を実用的な性質
に変化させ
てやる必要がある。
ハイスピード鋼などは2度焼き
戻しは絶対
条件であり、3度焼
き戻しすることもある。
ハイス鋼は、炭素鋼とは異な
り、焼き戻し
により二次硬化
が発生する。
そのため、焼き入れ直後が一番
硬いという
炭素鋼の常識とは異
なり、焼き戻しにより
さらに硬
度が増すという性質がある。
 
また、ステンレスをはじめ様々
な元素を
意図的に成分の中に入れられた
特殊鋼は、
最良のその鋼材の性
質を得るために、
焼き入れの
加熱保持時間が厳密に割り
出されて
おり、さらに焼き戻
しの温度と保持時間も
割り出さ
れて、それでないと適切な金属
はならないようになっている。
特殊鋼は鍛冶場の炉での熱処理
は不可能
ではないが、非常に困
難を伴う。
鍛冶場の炉で熱処理した特殊鋼
は、熱処理
専門業者の大型窯で
処理した金属よりも
確実に100
%劣るといえる。理由は適切
温度保持が鍛冶場の炉では出来
ないから
だ。電気炉やガス炉を
持っているのなら
ば、鍛冶場炉
でも可能かもしれない。
しかし、零下に急冷して残存オ
ーステナイ
トを適切に除去する
サブゼロ処理などは
鍛冶屋はで
きない。
鍛冶屋はステンレス等の特殊鋼
を扱えな
いのである。鍛冶場で
特殊鋼を熱処理し
ても、「のよ
うなもの」しか作り出せな
い。
 
炭素鋼の刃物のうち、特に日本
人が得意と
する刃物の「硬軟部
位の存在による堅牢性
の確保」
という技法は、炭素鋼だか
ら可能
なる。高炭素部分
の鋼のみ、あるいは
全鋼で
あろうとも刃部のみを焼き
入れし
て硬化させる方法は
炭素鋼でないとでき
ない。
また、この刃部のみ硬く他の部
分は柔らか
いという構造は、対
衝撃性や折損防止にも
役立って
いる。
 
炭素鋼の場合は、鍛造等による
内部粒子の
結合具合により頑丈
さに違いが出る。
しかし、特殊鋼の場合、ほぼ全
ては丸焼き
であり、刃先も背も
硬度は同じとなる。
日本刀に代表される炭素鋼の刃
物の内部
は油絵の絵具のように
複雑に入り混じって
組織が結合
されているが、特殊鋼はまるで
浮世絵の色のようにノペッと単
色であると
説明すれば分かり易
いだろうか。
 
炭素鋼は、炭素の偏在により
熱処
理を経ると描かれた油
絵作品の絵具状態のように
「肌」が現れる。
これは折り返し鍛錬による鍛
え肌とも異な
る熱処理による
まだら模様の油絵絵具状態

肌のキメとして現れる。
大抵はこすり研ぎで表面をヤ
スリ状にして
しまっているの
でその肌目は見られないの

が、その鋼の素顔の肌を起こ
す研ぎを
施すと鋼は本当の
姿を見せる。
 
たとえば、全鋼の安い600円程
の肥後守
でも、日本刀研磨に
準じた研ぎを行えば
このよう
に鋼の熱処理変態の素顔=働き
を見ることができる。(研ぎ、私)




これは地鉄を外に抱かない合
わせ鋼の利器
材ではない全鋼
だからよく出せる。
肥後守は鋼を割り込みして板
材で製造した
物のほうが高価
だが、鋼の妙を見た目にも

しむのはSK材だろうと全鋼の
物のほうが
研ぎに応えるので
面白い。
製品の販売金額は、鋼自体を
楽しむことに
は比例していな
い。
この全鋼の肥後守はめちゃく
ちゃ切れる。
 
こちらは本物の日本刀だ。
江戸時代初期。備中国水田住
大月伝七郎
国重の作品。
全鋼の無垢真鍛えの作だ。
こちらは、日本刀なので研ぎ
はさすがに
本職の日本刀研磨
師が研磨してくれた。
研ぎは鎌倉の田村慧先生。

 

鋼というのは面白い。
特に炭素鋼は欠け易く錆び易い
が、その
切れ味と何よりも鋼の
素顔の妙がある。
一方、特殊鋼は実用一点張りだ
が、こちらは
現代の人間社会
には欠かせない。
特殊鋼が存在するから各種工具
や旋盤の
刃やドリルが存在で
きている。特殊鋼は
人間
会に欠かせない物だ。
 
炭素鋼も特殊鋼も鋼である。
用途目的により使い分ければ
よいだけで、
どちらかが優れ
ていてどちらかが劣って
いる
という図式は成立しない。
どちらも同じ鋼。
鋼は人の世をよりよくすること
に役立って
いる。
私はとても好きな金属だ。

漫画『味いちもんめ』

2020年05月29日 | open


漫画『味いちもんめ』の第1巻を読むと
「こんな話だったっけか?」とか思う。
1986年作品。
この作品に関しては、私は90年代の中居
君主演のドラマ版が好きだ。
あれは良かった。
料亭「藤村」の娘さん役の岡江久美子さん
が先日コロナ罹患で亡くなった。
悲しい。

京都を歩く

2020年05月29日 | open



京都は歩くに限る。
中学の頃から京都が好きだった。
それは、幕末の京都にとても惹かれていた
からだ。
この映画『沖田総司』(1974/東宝)では、
沖田総司と土方歳三が初めておちさと出会
うシーンがとても印象的だった。
沖田役の草刈正雄さんは、とてもイメージ
が合っていた。
1970年代初期〜中期は、爆発的な新選組
ブームだったが、私も新選組は好きだっ
た。新選組に関する小説などは、ボロボロ
になるまで読んだ。英和辞書より汚れて
いた。

中学の時の修学旅行では、このロケ地を
探すことは出来なかった。
自由時間が少なくて。
本編を見ると、このシーンは叙情的ながら
サラリと描かれている。
この作品は、何だかニューシネマの実験
映画のような作品だった。東宝というより
もATG製作のような。
しかし、このシーンはロマンティックだっ
たよ。14才のグレた小僧にとっても。


草刈正雄さんは、この作品で沖田総司の
イメージが出来上がり、その後のテレビ
ドラマの『新選組始末記』でも沖田総司
役を演じた。キマってた。


京都は歩くに限る。
高校時代には京都にハマった。
フッと新幹線に乗って東京から京都へ行き、
町を歩くことが時々あった。
年に何度か行った。
新選組が歩いたのと同じ路地を歩くのが
好きだったので、タワーなど登るつもり
もなかったが、一度だけ京都タワーに登っ
たことがある。
京都タワーは風でかなり揺れるので驚い
た。
嵯峨野のあたりに沈む夕陽が綺麗だった。

京都は歩くに限る。
そして、できれば、できる限り京都の人と
話したらいい。
河原に降りてご婦人に道を尋ねた時、ネイ
ティブな京都弁に痺れた。
京に行くには観光旅行ツアーなどではな
く、フラッと行くのがいい。
観光バスが行くような所ではなく、京の
地元の人の息吹が感じられる所で、地元に
触れ合うのがいい。
結構意地悪だけど、それもまた味。
千年王国は、そうでもしないとやって行け
なかった市民の暮らし向きがある。
常に戦乱に苛まれた都だったから。
だが、心底の底意地悪い性悪の意地悪では
なく、チクリと刺す意地悪なのだ。婉曲な
自己主張のちょいとした意地悪。えろう
すんまへんな、で済むような。
そして、京の女は好いても惚れん。
これは覚えておいたほうがいい(笑)。
それでも、私のようなあずまえびすには、
京は魅力的だった。
なんせ、食いもんが美味い。
夏は暑いし、冬は寒い。
洛中には海はないし、そのくせ蒸し蒸しす
る。
だが、やはり、京都はいい。

先斗町が果てしなく好きである。
刀差して歩きたくなるけどさ。