今、ホンダスーパーカブが
大ブームだ。
タフネスエンジンと超絶燃費。
基本設計は1958年登場から大
きく変更されていない。
自転車にポンポン発動機を着
けたモペッドの「カブ」は戦後
1952年に開発発売された。
それがホンダの始まりだった。
ただし、小さいながらも力強い
という意味で英語の子熊のカブ
という名が商品名として命名さ
れた。
センスある。のちのホンダの
モンキーやゴリラなども同じ
ような発想での命名だろう。
1958年には本格的専用車体の
「スーパーカブ」が発表され、
全世界の歴史の流れを変えた。
以降こんにちまで1億台以上が
生産された世界トップの歴史的
機種となっている。
ただし、スーパーカブが「最新」
の「カッコいい二輪車」とされ
たのは1950年代~1960年代前半
のみだった。
その後、多くの日本製スポーツ
オートバイが登場した事と、カ
ブが新聞配達や牛乳配達、出前
二輪、郵便二輪として実用性を
最優先する機種として徹底的に
使用された事、その二点が「かっ
こいい最新二輪」としてカブが
短命だった背景だろう。
「バイク」という単語が登場し
た1970年代初期以降、1980年代
の空前絶後の日本のバイクブーム
さ中あたりまでは、ホンダのスー
パーカブは「ダサいバイクの代
名詞」だった。
若者は誰も乗ろうともしなかった。
カブは配達用か高齢者のおじさん
しか乗っていなかったのは歴史的
事実だ。
1983年から連載が開始されて、
バイクブームの火付け役ともなっ
た劇画『バリバリ伝説』でも、
カブはダサバイクの象徴のような
描き方がされていた。
あれは適切に時代性を表現して
いた。
1980年代の歴史的金字塔二輪
劇画である『バリバリ伝説』
(1983〜)での描写。第2話目。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/f0/41bb90621501db2448fa6028ec84ced2.jpg?1692832266)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/e9/5193b12eecb777dad3ffc0854325d002.jpg?1692832266)
これ、社会的現実だった。
だが、1980年代初期、高速道路
料金訴訟原告団のオルグで、東京
から大阪まで訴訟代理人弁護士と
二人で走った事がある。私は東京
エリアの学生の代表兼訴訟の連絡
会の書記長として。
その時、大阪の某大学の寮に行っ
て大阪での原告団結成の魁となる
ように交渉した。
まあ、なんてのか幕末の同盟結成
の交渉のようなもの。
結果的に、その大学の学生二輪部
が関西エリアでの裁判闘争の中心
メンバーとなって活躍した。
社会人部門では高橋源一郎の弟が
関西圏の活動の取りまとめをした。
で、その某大阪の大学の寮に行っ
た時に、翌日がクラブの部活での
ツーリングだった。
我々は東京に戻ったが、出発の時
のその大学の二輪部の部員たちの
いでたちを見て、我々東京組は正
直驚いた。
全員ガチもんの仮装ツーリングな
のだ。
さすが大阪、東京には当時そんな
のいやしねえ(笑
その中で最高にウケたのが、スー
パーカブに跨って月光仮面の仮装
をした学生だった。
「何これ?」と私が言うと「ええ
やろ?これからはこれやで(笑」
と言っていた。
大阪のお笑いというのは、一つの
対抗文化的側面を有しており、
サブカルの原初的かつ根幹の軸線
を持っている。
東京ならびに首都圏でカブに乗る
若者など一人もいない時代に、
大阪で広く二輪活動していた大学
生はあっけらかんと「ネタ」とし
てカブを復活させて実走させてい
たのであった。
これ、ちょいと軽いカルチャー
ショックを受けた。
東京首都圏では『バリ伝』系の
まじ走り系がほとんどだったか
らだ。
どんな形であれ「バイクを楽しむ」
という事を実際にやる大阪人に
面食らった。
また、源一郎の弟は私に言って
いた。
「なんで東京のバイクは新車ばか
りなの?」と。
そんな事はないのだが、東京では
新型車が多いし、数年落ちでも
新車のように綺麗にして乗ってい
る人たちだらけだった。
そして、大阪を走っているオート
バイは新品ピカピカは殆ど無くて
ぼろぼろのバイクだろうと直し
直しでつぎはぎだらけのように
なっても大阪人たちは二輪を大
切に乗っていた。
それが1980年代初期の日本の
東西二輪風景の現実だった。
私は思うに、今のスーパーカブ
完全復権のムーブメントを創出
したのは関西の人たちからの
発進ではないだろうか。
完全に根拠のない推測だが。
俯瞰するに、ホンダの今世紀に
入って以降のいろいろなカブ
戦略はそれの後追いのような
軌跡が伺える。
ただ、今のカブブームは、かつて
のカウンターカルチャー的側面、
「ネタとして楽しむ」という面
ではなく、本気で1950年代の
「かっこよかったカブ」の復権
を射程に入れているのがよく分
かる。
先日、おもしろい対話があった。
私と同学年の広島市内の二輪乗り
の人とウマが合って話し込んだ。
その人は今のカブブームに何とも
違和感がある、と言う。
私も同感だ。
訊くと、「カブというのはダサい
バイクの象徴で、どうにもスンナ
リ来ない」と言う。
これ、1980年代感覚ズバリその
ものだ。
私もホンダカブの能力的優秀性
は大いに認めるが、スーパーカブ
が「華麗」で「お洒落」で「かっ
こいい」「いけてる」バイクだと
思った事は一度も無い。
私がカブがいいなと思うのは別な
感覚でカブに好意を寄せるので
あって、決して華麗で洗練された
シティ派二輪としては見ていない。
見ていないし、実際カブの立ち位
置は半世紀以上事実として社会的
に社会全般でそうだっただろう。
なので、ホンダがメーカー広報で
最近やたらとカブにお洒落感を出
してCM展開しているのは、「著し
く滑っている」と感じるのである。
カブの本来の持ち味を軸線ぶれず
に打ち出しているのは、ハンター
カブのような実用実力路線だろう
と思う。
だって、はっきし言って、街中
のタウンビークルとしてはカブ
よりスクーターのほうがお洒落
で便利でカッコいいもの。これ
本線の軸としての本命で。
1980年代のカブは、穴馬的な存在
として大阪の大学生たちがネタ乗
りとして乗っていた事実が、カブ
の歴史的存在性の真実を体現して
いると思える。
ただ、時代が変わると共に、今
だけを見る人たちは作られた今
しか見ないので、歴史的経緯や
歴史事実など斟酌しない。
現代では、スーパーカブが本気で
「カッコいい」と思う若者が増え
ているらしい。
カブのかっこよさは、本当はそう
したチャラいとこではなく、底力
を持つタフガイとしてのかっこ
よさだと思うのだけどなぁ。
なんというか、AK自動小銃や
同田貫のような。
戦国時代の本物の同田貫などは
実用一点張りで、とても美術刀
剣的位相からは下列に置かれた
刀剣だったけど、変な刀剣ブーム
で同田貫は美術的にも優秀な日本
刀であるかのような大誤認が世間
に広まった。
今のカブブームがそんな曇った
視点に支えられていない事を祈る。
カブの本当の良さをそれらのチャ
ラ系視点は完全に曇らせている
から。
カブの本当の実力と魅力ではなく、
まるでイケメンモデルに向ける
視線と同じ視線でカブを見るの
は、それは私はカブの本当の姿
を見ていないと思うのよね。
かわいいと思うけど、カッコいい
とか華麗だとか、ましてやお洒落
なシティビークルだと私は思った
事は一度もない。
「備えあれば憂い無し」の頼れる
やつ的な存在認識が、本来のカブ
の本当の姿を的確に捉えているの
ではないかなぁ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/d6/bad3495a968923addcd7929630bc3142.jpg?1692831296)
だが、1980年代初期、高速道路
料金訴訟原告団のオルグで、東京
から大阪まで訴訟代理人弁護士と
二人で走った事がある。私は東京
エリアの学生の代表兼訴訟の連絡
会の書記長として。
その時、大阪の某大学の寮に行っ
て大阪での原告団結成の魁となる
ように交渉した。
まあ、なんてのか幕末の同盟結成
の交渉のようなもの。
結果的に、その大学の学生二輪部
が関西エリアでの裁判闘争の中心
メンバーとなって活躍した。
社会人部門では高橋源一郎の弟が
関西圏の活動の取りまとめをした。
で、その某大阪の大学の寮に行っ
た時に、翌日がクラブの部活での
ツーリングだった。
我々は東京に戻ったが、出発の時
のその大学の二輪部の部員たちの
いでたちを見て、我々東京組は正
直驚いた。
全員ガチもんの仮装ツーリングな
のだ。
さすが大阪、東京には当時そんな
のいやしねえ(笑
その中で最高にウケたのが、スー
パーカブに跨って月光仮面の仮装
をした学生だった。
「何これ?」と私が言うと「ええ
やろ?これからはこれやで(笑」
と言っていた。
大阪のお笑いというのは、一つの
対抗文化的側面を有しており、
サブカルの原初的かつ根幹の軸線
を持っている。
東京ならびに首都圏でカブに乗る
若者など一人もいない時代に、
大阪で広く二輪活動していた大学
生はあっけらかんと「ネタ」とし
てカブを復活させて実走させてい
たのであった。
これ、ちょいと軽いカルチャー
ショックを受けた。
東京首都圏では『バリ伝』系の
まじ走り系がほとんどだったか
らだ。
どんな形であれ「バイクを楽しむ」
という事を実際にやる大阪人に
面食らった。
また、源一郎の弟は私に言って
いた。
「なんで東京のバイクは新車ばか
りなの?」と。
そんな事はないのだが、東京では
新型車が多いし、数年落ちでも
新車のように綺麗にして乗ってい
る人たちだらけだった。
そして、大阪を走っているオート
バイは新品ピカピカは殆ど無くて
ぼろぼろのバイクだろうと直し
直しでつぎはぎだらけのように
なっても大阪人たちは二輪を大
切に乗っていた。
それが1980年代初期の日本の
東西二輪風景の現実だった。
私は思うに、今のスーパーカブ
完全復権のムーブメントを創出
したのは関西の人たちからの
発進ではないだろうか。
完全に根拠のない推測だが。
俯瞰するに、ホンダの今世紀に
入って以降のいろいろなカブ
戦略はそれの後追いのような
軌跡が伺える。
ただ、今のカブブームは、かつて
のカウンターカルチャー的側面、
「ネタとして楽しむ」という面
ではなく、本気で1950年代の
「かっこよかったカブ」の復権
を射程に入れているのがよく分
かる。
先日、おもしろい対話があった。
私と同学年の広島市内の二輪乗り
の人とウマが合って話し込んだ。
その人は今のカブブームに何とも
違和感がある、と言う。
私も同感だ。
訊くと、「カブというのはダサい
バイクの象徴で、どうにもスンナ
リ来ない」と言う。
これ、1980年代感覚ズバリその
ものだ。
私もホンダカブの能力的優秀性
は大いに認めるが、スーパーカブ
が「華麗」で「お洒落」で「かっ
こいい」「いけてる」バイクだと
思った事は一度も無い。
私がカブがいいなと思うのは別な
感覚でカブに好意を寄せるので
あって、決して華麗で洗練された
シティ派二輪としては見ていない。
見ていないし、実際カブの立ち位
置は半世紀以上事実として社会的
に社会全般でそうだっただろう。
なので、ホンダがメーカー広報で
最近やたらとカブにお洒落感を出
してCM展開しているのは、「著し
く滑っている」と感じるのである。
カブの本来の持ち味を軸線ぶれず
に打ち出しているのは、ハンター
カブのような実用実力路線だろう
と思う。
だって、はっきし言って、街中
のタウンビークルとしてはカブ
よりスクーターのほうがお洒落
で便利でカッコいいもの。これ
本線の軸としての本命で。
1980年代のカブは、穴馬的な存在
として大阪の大学生たちがネタ乗
りとして乗っていた事実が、カブ
の歴史的存在性の真実を体現して
いると思える。
ただ、時代が変わると共に、今
だけを見る人たちは作られた今
しか見ないので、歴史的経緯や
歴史事実など斟酌しない。
現代では、スーパーカブが本気で
「カッコいい」と思う若者が増え
ているらしい。
カブのかっこよさは、本当はそう
したチャラいとこではなく、底力
を持つタフガイとしてのかっこ
よさだと思うのだけどなぁ。
なんというか、AK自動小銃や
同田貫のような。
戦国時代の本物の同田貫などは
実用一点張りで、とても美術刀
剣的位相からは下列に置かれた
刀剣だったけど、変な刀剣ブーム
で同田貫は美術的にも優秀な日本
刀であるかのような大誤認が世間
に広まった。
今のカブブームがそんな曇った
視点に支えられていない事を祈る。
カブの本当の良さをそれらのチャ
ラ系視点は完全に曇らせている
から。
カブの本当の実力と魅力ではなく、
まるでイケメンモデルに向ける
視線と同じ視線でカブを見るの
は、それは私はカブの本当の姿
を見ていないと思うのよね。
かわいいと思うけど、カッコいい
とか華麗だとか、ましてやお洒落
なシティビークルだと私は思った
事は一度もない。
「備えあれば憂い無し」の頼れる
やつ的な存在認識が、本来のカブ
の本当の姿を的確に捉えているの
ではないかなぁ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/d6/bad3495a968923addcd7929630bc3142.jpg?1692831296)