もしも乗れるならば、ヤマハ
ミニトレではなく、カワサキ
のMS90に乗りたい。
KM90ではなくMS90。
89ccの活きのいいバイク。
クラス最高に速かった。
だが、私がオートバイの運転
を覚えたのは、1972年のミニ
トレ80だった。1973年の事。
タンデムステップは着いて
はいるがスイングアーム上
だったのでスイングアーム
が動くと足が動く(笑
このモデルで河川敷や河原
で散々稽古させてもらった。
ただ、パワーはカワサキMS
のほうが体感でも判る程に
出ていて、カワサキはクラス
最速だった。
なぜならば、ヤマハGT80ミニ
トレは排気量が72ccあるが
4.9PSしか出ていなかったから
だ。
だが、カワサキMS90は黄色
ナンバーぎりぎりの89CCで
6.6PSも出ていた。その10年後
のスポーツロードモデルは
7.2PSで時速100キロ近く出た
が、それに匹敵する程の走行
能力を1970年代前半でカワサ
キは得ていた。
尤もマッハ等の化け物二輪に
よって当時世界最高速を塗り
替えていたのがカワサキだっ
たから、現在に至るまで「常
にカワサキの二輪が世界最速」
というのをカワサキは作って
来た。他者に塗り替えられても
またチャレンジして世界最速
モデルを世に出し続けたのが
カワサキだ。
しかし、ミニバイクの世界で
は1970年代初期~中期の世間
の人気は圧倒的にヤマハ勝ち
だった(笑
カワサキMSよりもヤマハGT
人気がダントツ。
ミニトレは、実に良い二輪
だったからだ。
馬力さえ高ければ良いのでは
ない、という事をヤマハは示
していたのが1970年代初期だ
った。
だが、実際の世界グランプリ
では「ヤマハのマシンでなく
ば勝てない」という状況が作
られつつあったのも1970年代
初期の状況だった。
ホンダはすでに1960年代で
沈没して勝てない車しか作れ
なかった。2ストのほうが圧倒
的に比較にならない程に速い
からだ。
4ストが世界戦で勝てるように
なったのは、レギュレーション
が大改編され、2ストの排気量
の倍の大排気量の4ストが同ク
ラスで混走されるようになっ
てからだ。4ストは倍程の排気
量でないと2ストには勝てない。
250クラスでは4ストは400cc、
500クラスでは4ストは1000cc
等々でないと4ストは2ストに
太刀打ちできないのだ。
4スト信者がどんなに不満を
私的に持とうが、これは物理
的な現なので覆せない。
なので、排気量しばりのカテ
ゴリー分けをするレースの世
界では、2ストマシンの完成度
が高まった1960年代から2008
年あたりまで約半世紀に亘り、
2ストロークエンジンが世界最
速最頂点最高峰の絶対王者の
不動の位置にいた。2ストこそ
がレースの世界では世界最速
だったのである。
2ストか4ストか、どちらが好
きかとかの好き嫌いの次元で
はない。物理的に速い物が速か
った。
MS90は私が二輪免許を取って
始めて正式に「公道」を走った
オートバイだ。高校1年の時。
MSが私に与えてくれたのは
果てしない世界の広がりだっ
た。
車両という物に乗って初めて
道路を走ったからだ。道路で
はない野原ではなく。
「ガソリンとオイルさえあれ
ば、どこまでも行ける」とい
うのを実体験で実感させてく
れたのがカワサキのMSだった
のだ。
そこから私のカワサキ好きが
始まった。
ただ、運転操作はヤマハで
覚えたので、「車はヤマハ。
乗りたいのはカワサキ」と
いう区別が自分の中で成立
したのが1970年代中期の私
のミドルエイジの時代だった。
事実、一番良い車を作ってい
たのはヤマハだったし、これ
は今でも変わらないだろう。
中身、内実、現実では国産
4社の中ではヤマハが一番
良質な車を作っている。
ホンダはマシンとして先進技
術に長けていて、スズキは
完成度の高さを目指すような
車作りをしている。
どのメーカーも国産車は魅力
的だ。
だが、所有したい、乗りたい、
乗って走りたい、というのは
そうしたヤマハにみられる優
等生資質のみに向けられる指
向性ではない。
「秀才は要らない。天下の英才
をこそ求める」というものに
似ている。
ヤマハのオートバイは実によい
のだが、出来過ぎの優等生の
いい子ちゃん、のような色彩
が非常に色濃く、ともすると
とてもつまらない。
多少車が不具合や不出来なもの
であっても、「これ?ぜ~んぜ
んオッケ」というユーザー固有
の感覚が存在するカワサキは
特別な存在だが、そういうの
が本来の人間的な接し方の姿
なのではなかろうかとも思う。
スズキもそのカワサキファンの
系統に近いが、ややカルトがか
っていて、四輪車さえもスズキ
でなくば嫌だ、という一種の
宗教のような様相を持っている。
スズキは完成度の高い機械のよ
うな二輪を目指すメーカーだが、
ファン層においてもフェチズム
のような心酔度を有している。
ホンダ派はホンダ以外は認めな
いとか、ホンダ以外はバイクじ
ゃないとか他者を見下す傾向が
かなり強かったりもする。
これは宗一郎さんの思想の影響
をファンも受けているからだと
思う。「世の中のすべての二輪
をホンダにしてしまえ」という
本田宗一郎の思想。
そんなことしたら切磋琢磨の
開発促進力自体が消滅します
がな。ワンメイクレースみたい
になって。
同業他社が自社を抜いて突き放
そうとするからこそ自社の車も
工夫を凝らして質が向上する。
それをすべて自社だけにしてし
まえ、というのは、いくら車好
きでもそれは先見の明も客観的
妥当性も持ち得ていない。
ホンダにはその傾向がファン層
にまで浸透しているクチがある。
カワサキファンなどは大らかと
いうか鷹揚な出鱈目さ。
「え?オイル漏れ?オイルが
入ってる証拠だ」とか本気で
言う。グチグチねちねちと不具
合や欠点や未達部分をあげつら
って陰に表に文句ばかり言うよ
うなのは真のカワサキファンに
は誰一人いない。最近は世代が
変わって「完全な物でないと
クレームつけるのは購買者なら
ば当たり前」という心狭い世代
もカワサキを買い始めたので、
カワサキファンの総体の質性は
今後大きく変化するだろうが。
本当のカワサキファンは、至ら
ぬ部分を見ても、「ま、カワサ
キだから。そのうち頑張って良
くなるだろ」という眼で見てい
る。カワサキ愛があるからだ。
自分ちの子が不出来だったり
何かしでかしても、適切に叱り
はするが、無縁者として放逐す
る事が人の親には無いのと同じ
視点でカワサキファンはカワサ
キのオートバイの事を見ている
し、思っている。それは私は愛
だろうと思う。
カワサキMS90の音は「ビビン
ビーンビーン」だった。
ヤマハのような透ける高音では
なく、どこか野太い音質が混じ
る2スト音。マッハなどはシュワ
シュワカリカリという音だが、
やはり太い音質性を持っている。
これはKR250やKR-1でもそう。
ヤマハは音質までが2スト優等生
のようなクリアサウンドだが、
カワサキは野太いディストをか
けたエレキのようなサウンドを
奏でる。
2ストの面白いところは、それ
は各社で排気音の音質に特徴
がある事だ。
そして、それはノイズではなく
サウンドだ。
オートバイが本当に好きな人た
ちにとっては、オートバイの排
気音は騒音でも雑音でもなく、
サウンドなのである。