渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

紅葉(こうよう)

2024年12月11日 | open




庭の紅葉が見ごろ。





城町昼食会納会

2024年12月11日 | open
 


三原城内の街、城町の昼食
同好会。
今年最後の昼飯走りの納会。

amアンテメリディエム、国
道2号沿いのコンビニに集結。



東広島市西条の定食屋さんへ。
かなり並んでるが、早めに着
いたので名前書き予約ですぐ
に入れた。人気店。


定番おすすめエビフリャー
定食。ベラボーに美味かった。

これはおふくろとかみさんも
連れて来よう。
これは良い店を紹介してくれ
た。ありがたい。

帰りにゲテモノ喫茶に行こう
か、となった。
その名も伴天連。有名らしい。


ゲゲゲの鬼太郎の住処みたい。


三途の川を渡って冥界に行く。


伴天連という店名なのに、な
ぜか仏教系のアイテム多し。


店は入り口から通路から店の
仲間でお化け屋敷状態。謎の
店。



ごくフツーにココアおいしか
った(笑

てことで、国道2号を東に向
けて返る。

行きは一通路線での下り高速
ワインディングで私は楽しん
だ。
集団編隊走行だが、がんじが
らめではなく、互いに気を付
けながら自由走行できるのが
城町同好会は面白い。
あたしゃ下りワインディング
で楽しんだ。ゼファーχを整
備中なので本日はベスパで出
動。スクーターで高速ワイン
ディングをハングフォームで
快適走。
おもしろ。
帰路で見たら、午前中走った
下り線で公共ディズニーサイ
ン会場を開いていた
ので、サ
イン会に参加しなく
てラッキ
ールーラは77年ダービー優勝。
それは獲った。
秋に愛媛県の360度ループで
倒し過ぎでガリッたから、フ
ルバンク接触させないように
マシンを起こし気味にさせる
ハングフォームのペタ寝かし
でダブルニッケル+20で快速
旋回。マシンは深いバンクで
もビ
タリと安定している。
国道の
ワインディングエリア
で、前方はオールクリア。

これはもう、走るしかないと
いう場所とシチュエーション
だ。
まあ、ツーリングペースでの
快適走行。
多少ギャップでリアが横跳び
したが関係ない。
尻を浮かせてドンで再度トラ
クションを得て走り抜ける。
ベスパはスロットルオンで
フロントが浮かないので多少
対処に難しいケースもあるが、
安牌圏内









 エネルギー噴射
 スピードを上げろ
 大空に虹をかけ
 行くぞ我らのレインボー戦隊

てなのが、この時のこの区間
での脳内BGM。

俺以外、全員確実に知らない
ろうけどさ(笑
レインボー戦隊ロビン OP & ED(1966~1967)

おいらが幼稚園児の時にいつ
も藤沢市藤が丘の団地広場内
で遊ぶ時にジェット
ヘルメット
を被っていたのは、
このアニメ
の影響(笑
児童用のジェットヘルだっ
た。

納会おつかれ様です。
共走り、いつものように面白
かった。
来年もよろしくお願いします。



 

軽さは正義

2024年12月11日 | open



カワサキバイソン250。
23.5PS/乾燥120kg。

「軽さは正義」というのは、
オートバイの出始めから21
世紀に入る頃まで言われた。
その後、ゆっくりとっつぁん
バイクと老人載りが草食
増加に伴い大流行。
世で二輪に載る新世代は軽
さも速さも過敏さも二輪に
は求めなくなった。
ただの移動手段、集客集金
手段として二輪を利用して
いる。
走り方は、左側をトロッコ
のようにゆっくり走るだけ
の運行移動。
コンプラ似非良市民警察ぶ
った正義マン(贋物)が跋扈
して大手を振って偉そうに
ふんぞり返る世の中になっ
た。
くだらなくもくっそつまら
ん。
世の中がつまらんのではな
く、人間がつまらん。
そして真綿包みの育ちと扱
われ方が大好きなくせに、
人の痛みなど知らぬから、
他人に対して非人間的な辛
辣で悪辣な事を平気でやる。
端的にいって、心は無い。

 




峠流しの快適走り

2024年12月11日 | open

奥多摩で若者に絡まれ強制停止!
57歳元ローリング族【CB400SF・GSX-R125】


先生、ローリングはしていない
し(笑
流しているだけだしよ~。公開
物では(笑
今は身体を壊してバイク降りて
いる元バイク乗りのかみさんと
二人で大画面モニターで「面白
いね~」と走行動画を観ていた。

ただ、先生が言う「ツーリング」
は私個人はツーリングではない
と思う。
峠という目的地に行くまでの移
動であって、ツーリングとは趣
が違うと思う。
私がかつて峠マンだった時代、
毎週水曜日の早朝に箱根を相方
弁護士とツナギの上にトレーナー
着て走っていた頃、横浜から箱
根まで行く往復は「ツーリング」
ではなかった。目的地までの単
なる移動。
私もそれはまったく面白くも何
ともない。
世に概念いろいろあれど、私も

相方もそれは「ツーリング」と
は受け取ってはいなかったと思
う。
私は片道70km程(相方は95km)だ
が、西湘使って弾
丸だし、帰り
は弁護士は午後か
ら法廷があっ
たので御殿場から高
速弾丸で都
内帰り。

それ、単なる移動であって、行
程で様々なロードレイアウトや
土地や人に触れ合ういわゆるツ
アー
というツーリングではない
と思
う。
結局「旅」要素が無いとツーリ
ングとはいえないのではないだ
ろうか。同じ二輪で走り外出す
るにしても。
普段立ち寄らぬ店に寄って飯を
食ってみたり、地元ではない風
景を堪能したり、ロードレイア
ウトを楽しんだり、そういうの
がツーリングだと思う。

例えば、今はもうやってないみ
いだが、1980年代初期にMC
浜ケンタウロスがやっていた
浜から神戸の茜までの弾丸コー
ヒー飲み600マイルブレンド
どは、あれはツーリングでは

いと思う。
目的地までの移動で
あって。本
人たちはピクニック
と称しては
いたが。ボスは80年
代前半の段階で私には「最近や
らね」
と言ってたけど。人喰い
新聞のペーパーを出そうかと言
ってた頃。

600マイルブレンドは実話だが、
あれはツーリングではない。

ことしの夏、私も64才になった
身で広島から富士山麓まで走っ
た。

1日走行801kmだった。
それは富士に行く目的があって
の移動であり、行程はツーリン
グではない。
まあ、途中いくつか弾丸シーン
はあったとはいえ、移動だから
ちっとも面白くはない。
面白くもないが、二輪で富士の
現地で
首都圏の仲間と合流して
共走り
するのが目的なので走る。
それは辛くもな
いし、1日の走行
距離が800km程は実走して
も実
際に身体はどこも痛くもならな
い。不眠な
ので眠いだけで。
現地に着いてからの富士周辺共
走りこそがツーリングだった。
初日(曜日の日付は変わるが
自分は不眠なので1日のうち)
の当日に静岡県の朝霧から山

梨県まで、待ち合わせ合流した
トライアンフと走り、
集合した
翌日はMCでいろいろ
走り回った。
初めての店とかに
も寄りながら
飯食って景色も
ロードも堪能し
て。

そういうのがツーリングだと
思う。
長距離だろうと短距離だろうと
目的地までの走行はツーリング
というツアーではないのでは。
ほら、コンチネンタルサーカス
が存在した時代に、次のサーキ
ットまで移動するのは果たして
ツアーであるのか、というよう
に。

だが、彼らグランプリ家族たち
はそれをも「旅」として生活の
中に溶け込ませて日常化してい
た。
だからこそ、各地を転々とする
サーカスになぞらえてグランプ
リ家族はコンチネンタルサーカ
スと俗称されていた。
彼らはサーキットを走る旅人だ
った。

実はここにこそ、物理的な構造
を人間の感性と結節させる事で
質性変化させる人間の営みがあ
るのであって、そうした人間の
行為が「旅」という存在の存立
を左右するのだと私は思う。
ただ単に物理現象を物理現象と
してしか捉えていないと、それ
は人間側の感受としても物理的
即物的なものの範疇を超えない。
「単なる移動」となった時、そ
れはミュージシャンの演奏地へ
の移動キャラバンと同じで、途
中過程はちっとも面白くもない
かと思う。

走り自体はくっそ面白くて、ご
自身も楽しんでいる元同じ町内
隣丁目住人のセンセの動画を妻
観ていて、てなこと思った次
にて。

これはツーリングです。還暦
ぎの二輪乗りの。速度関係
なく(笑
阿蘇ツーリング ~ミルクロード~
これは行きも帰りも阿蘇現地
での走りも堪能したもろにツ
ーリン
グ。
いろいろハプニングや出会い
もあって、かなり面白く濃い
2泊3日だった。
出会いも一期一会。ロードも
一期一会。それが面白い。
その瞬間を瞬間ごとにガバチョ
と受け止め
るという旅の面白さ。