ハワイ、太平洋に浮かぶ楽園、皆が行きたがる、さらには住みたがる、光に満ちあふれた、幸せいっぱいの島・・・ほんと、そう思います。それに異論を唱える余地はまったくないんです。でも、あそこにだって、ちょっとだけ怖いところはあるんです。
普通に観光客で賑わう「憧れのハワイ航路時代」のハワイの象徴だったアロハタワー、そして日本で言えば丸の内といった官公庁街のすぐ真横に、もの凄く大きな二体の獅子の像に守られた異色の町、ホノルルチャイナタウンが、びっくりするほど突然、現れます。
僕が訪れたのは確か午後2時過ぎ位、だったでしょうか。お昼の食事時をまわってしまっていたという事もあるでしょうが、とにかく町に入ると、人が突然姿を消します。そしてまた、平日だったということもあるでしょうが、日本人はおろか、そのほかの外国人観光客の姿すら、まったく見えませんでした。いくつかの野菜を売っている商店等は開いていたのですが、それでもどこかシーンと静まり返っていて、同じハワイの陽射しは射しているのに、まるで違う時代の、違う土地にタイムスリップしたかのような錯覚に見舞われました。
かつては大変賑わった町だといいます。しかし今は政府の援助での再開発を待つこの町は、潰れた商店、お店が多く、この写真もかつては船員や観光客が大勢訪れたのであろう酒場、えー、もっと具体的に書きますと、残された看板から察するに、どうやらストリップ小屋だったようでした。
この写真を撮っていたら、突然耳元で手を叩くかのように、地元のお婆さんが大声で僕に向かってなにか怒鳴りました。怒鳴った、というのは結果正しくなかったのですが、僕のほうにあまりの町の異様さに、勝手に写真など撮ってはいけないのではないか、と少しうしろめたく思っていたふしがあったので、そう感じたのです(事実、世界中にはそういう場所が沢山あると聞きますし、この日本にもそういう撮影禁止の町が、実際に存在します)。とにかく、ものすごくビックリしたのです。
しかし落ち着いて話を聞くと、前歯の欠けたそのお婆さんは、「この通りをもっと先に行ったところに、今、解体している建物があるから、写真を撮りたいなら、そこへお行き。面白いよ。」と教えてくれていたのでした。きっとこの町では、僕みたいに、あまりのワイキキなどとのハワイのイメージの落差に、思わずカメラを構える観光客が多いのでしょう。お礼を言ってその場を離れ、教えてもらった廃屋を覗きましたが、なんとなく入るのは憚られました。正直、ちょっと怖かったというのも、あります。
さらに進んでいった町の中心部にマーケットプレイスがありました。小さな看板をくぐり、細い路地にところ狭しと中国製のおもちゃ等を並べた土産屋群を抜けると、フードコートが現れました。地元に人に上から下へじろりと眺められましたが、小腹が空いていたのもあり、こんな真昼間っからどこかこの町の空気に気圧されている自分も嫌だったので、思い切って「えいっ。」と手垢で曇って汚れたフードコートのドアを開けました。
中は料理の熱気と、すこし重たい湿気と、魚と肉と干物と香草の入り混じった、独特の臭い、そして、人の臭い。アジア各国の料理が屋内屋台にところ狭し並ぶその様は、僕のそれまで知っていたハワイではなく、完全にアジアの下町の顔でした。コートの真ん中にはふぞろいのプラスティックのイスが並べられ、がたつくテーブルには、客の食べこぼした料理のカスやこぼれた汁がそのまま残されていました。床は油で少し滑ります。横では腰の曲がったおじいさんが少し震える手でスープをすくって飲み、その向こうで大声で話す家族の言葉は、英語ではありませんでした。そして壊れて傾いた販売機。・・・苦手な人には全然ダメな場所かもしれませんね。
でも、僕は、結構好きなんです。なんでかっていうと、大げさかも知れませんが、生を、生きるたくましさを、感じるから。そして、負けないぞって、なんとなく思うから。
傍のテーブルで褐色の肌のおばさんが一人で食べている赤いスープのヌードルが美味しそうだったので、屋台のおばさんに「あれと同じの、食べたいんですけど、ありますか?」って言ったら、それまでしかめっ面で、汗を浮かべて洗い物をしていたおばさんが、一変、もの凄い可愛らしい笑顔になって、「ああ、もちろんあるよ!すぐ作って持っていってあげるから、好きなとこに座ってちょっと待ってて。」「あ、ビールは、ありますか?」「いや、ない。ここにはアルコールはないんだ。ごめんよ。でも水ならあるよ、飲むかい?」。とプラスティックのコップに冷たいお水を汲んでくれました。
おばさんが料理の名前を教えてくれたけど、難しくて忘れちゃいました。お味はなんとも不思議な、でもわかるのはアジアな味だということ。生のモヤシと香草を入れて食べるみたい。添えてある小皿には、もの凄く辛いジャンと、かにミソのようなちょっと生臭いたれが。これはさすがの僕にも手強かった。でも、ほんと嫌いじゃないんです、心底。こういうのを、汗かきながらモリモリ食べてると、なんだか生きてる実感が湧くというか(笑)。すみません。ほんと、大げさですね。食後の冷たいお水が、本当に美味しかった。
町から出るときに、ハワイで初めてホームレスの人を見ました。気候が良いので、日本の方々よりはいくぶん過ごし易いのか、などと妙ちくりんな事を思いつつ、ガイドブックの表紙に乗っている、僕のそれまで知っていたハワイの街へ、戻りました。楽園の顔の影に、ひっそりと、でも確かに存在する、ハワイの振り幅を知りました。何事も表があれば裏があります。裏がなければ、表の存在すら、嘘。もっとも、裏だなんて、失礼な話ですね。ごめんなさい。でも、今日も、きっとあそこは、たくましい。
あ、でも、皆さん、やっぱりね、女性だけでは行かないほうが、いいと思いますよ。念のため。
ではでは。