【鹿たちは猛暑を避けるため四阿や木の下に】
8月22日久しぶりに奈良公園を散策した。猿沢池から石段の「五十二段」を登って興福寺へ。五重塔は修理に向けて塔を覆う素屋根の建設工事が本格化していた。奈良公園では猛暑を避けるため大きな木の下で休む鹿たちの姿があちこちで見られた。雄鹿たちが休憩用の四阿(あずまや)を占拠し、観光客が遠慮する場面にも遭遇した。
現在の五重塔は600年ほど前の1426年ごろに建てられた。本格的な修理工事は明治時代以来約120年ぶり。塔を夜間照らし出すライトアップも8月20日で終了、一帯は工事用フェンスで囲まれ立ち入り禁止になっていた。素屋根は高さが約60mにもなり、その完成後、屋根瓦の葺き替えや木部、漆喰壁の修理などが行われる。工事が終わるのは7年後の2030年3月の予定。
五重塔を望む猿沢池の水面にはいくつもの赤い提灯が飾られていた。猿沢池やならまち界隈では「ぐれーとさまぁーふぇすた☆ならまち遊歩」と銘打ったイベントの開催中(8月19~27日)。今年で7回目を数え、夏の風物詩として人気を集めているそうだ。日が落ち赤い提灯に灯が入った光景はさぞ幻想的なことだろう。
奈良県庁の南側に広がる芝生広場の登大路園地。観光客の休憩用の四阿をふと覗くと、そこには立派な角を生やした雄鹿を中心に5~6頭が我が物顔で占拠し涼んでいた。2人の観光客が遠慮がちにベンチの隅っこに座っていたが、ほとんどの人たちは入るのを躊躇していた。その近くのクスノキの大木の下では雌鹿たち十数頭が強い日差しを避けて休んでいた。そばには今春生まれたばかりの子鹿も3頭ほど。
飛火野園地の一角にある「雪消(ゆきげ)の沢」では、アオサギのそばで1頭の雌鹿が池の中に入って暑さをしのいでいた。春日大社の表参道沿いでは「チュイーン」という甲高い子鹿の鳴き声が響き渡っていた。母鹿を呼ぶこの声はあちこちから聞こえた。子鹿の公園デビューから暫くたったこの時期、母鹿は朝、乳を与えた後、子鹿から離れて行動することが結構あるそうだ。
参道のそばで首輪をはめた鹿に久しぶりに出合った。この首輪には位置情報を調べるためのGPS(全地球測位システム)機能が付いている。以前初めて見かけたときは誰かがいたずらでベルトを巻き付けたのでは、と思ったことも。この雌鹿の首輪の正面には「調査中01」と記されていた。
【罰で一生を「鹿苑」内で過ごす鹿たち】
その後、参道脇にある「鹿苑(ろくえん)」へ。ドングリを紙コップに入れて給餌用の樹脂製パイプに近づけると、木の下で休んでいた20頭ほどが一斉に駆け寄ってきた。飢えていたように競って食べる鹿たち。実はこの鹿たち、畑や花壇を荒らしたり、気が荒くて人に危害を与えたりして通報され、「奈良の鹿愛護会」のメンバーによって捕獲され、ここに収容されている鹿ばかり。
鹿苑には交通事故や病気などで収容されている鹿もいる。これらの鹿は治療が終わって回復したら、また奈良公園に放たれ自由の身になる。だが、畑を荒らし人身事故を起こした鹿は雄と雌に分けられ一生を鹿苑で過ごす。まるで“無期刑”のように。そんな鹿がこの施設内に約300頭も収容されているそうだ。毎年7月になると奈良公園で確認された鹿の頭数が発表される。今年は1233頭で3年ぶりに1200頭を上回った。この数字の中に、収容中の鹿たちは入っていない。
奈良の鹿は神の使いとして古くから大切に保護されてきた。「奈良のシカ」として国の天然記念物にも指定されている。しかし交通事故が頻発し、食害や公園外への逸失で鹿苑に連れ戻される鹿も多い。鹿にとって環境は厳しさを増している。このままだと今に奈良公園の鹿より鹿苑の収容鹿のほうが多いときが来るかもしれない。ふだんおとなしい鹿も野生の動物。出産直後の母鹿や発情期の雄鹿は当然攻撃的になる。市民も観光客もそんな特性を踏まえて接し、もっと寛容な眼差しで鹿を見守ってほしい。そう願ってやまない。