「GSOMIA(ジーソミア)」
・・・爺、初診鴉・・・?
↓↑
「GSOMIA」の「END」・・・?
11・・・十一・拾壱・足壹・Ⅺ
21⇒22⇒23・・・弐拾参・字を拾う纂
↓↑ 念 簒・兩 足 張
貳 王 産
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↑ ↑
邇 足 讃=倭国の五王
↓↑ ↓↑ 讃⇒珍⇒済⇒興⇒武・・・?
讃岐・讃良
珍=王+㐱
・・・㐱=シン・毛髪が多
王+人+彡
・・・彡=サン・飾り・模様
髪の毛が長い
彡=爪痕・刷毛跡
引っ掻き痕
王+𠆢+彡
チン
めずらしい
めったにない・珍事
たやすく手に入れられない・稀
貴重な・思いがけない
大事なもの・貴重なもの
たから・珍宝
きちんとする
めずらしがる
大切にする
↓↑ ↓ ↓↑
東晋317年~420年
南朝の宋(420年~479年)朝貢記録
宋 の史書『宋 書』
夷蛮伝倭国の条(宋書倭国伝)
永初二年(421年)
宋の武帝は詔し
倭讃が万里から貢物を修めて
除授を賜う(爵号)
元嘉二年(425年)
讃は
司馬曹達を宋に遣わし
文帝に上表文を奉り
方物(産物)を献じた
讃が死んだ後
弟の
珍が王に立った
↓↑ ↓ ↓↓ ↑ ↑
421年 安東将軍?(倭讃)
438年 安東将軍 (倭珍)
443年 安東将軍 (倭済)
451年 安東大将軍(倭済)
462年 安東将軍 (倭興)
478年 安東大将軍(倭武)・・・雄略天皇
(大泊瀬幼武・大泊瀬幼武尊)?
(大長谷若建命・大長谷王)?
479年 南斉建国
鎮東大将軍(倭武)
502年 梁建国
征東将軍 (倭武)
(征東大将軍?)
↓↑ ↓ ↓
527年 丁未 継体天皇の崩御
↓↑ ↓ ↓
???年 安閑天皇 在位531年2月7日~535年12月17日
勾大兄皇子(諱)
広国押武金日天皇(日本書紀)
広国押建金日命(古事記)
↓↑
宣化天皇 在位536年1月 ?~539年3月15日?
檜隈高田皇子(諱)
武小広国押盾天皇(日本書紀)
建小広国押楯命(古事記)
↓↑ ↓ ↓
531年 辛亥 継体・欽明朝の内乱
欽明天皇の即位
535年 乙卯 安閑天皇の崩御
↓↑ ↓ ↓
538年 戊午 百済から仏教伝来「元興寺縁起」?
552年 壬申 百済から仏教伝来?
欽明天皇十三年(壬申)十月
百済の聖明王(聖王)が日本に使者
↓↑ ↓ ↓
日本書紀
↓↑ ↓ ↓
「呉国=中国南東部地域=南朝の宋」
(応神天皇紀
三十七年二月条
「遣
阿知使主
都加使主
於
呉
令
求
縫工女」
四十一年二月条
「阿知使主
等
自
呉
至
筑紫」
仁徳天皇紀
五十八年十月条
「呉国
高麗国
並
朝貢」
雄略天皇紀五年条
「呉国
遣使
貢献」
八年二月条
「遣
身狭
村主
青檜隈民
使
博徳
使
於呉国」
十年九月条
「身狭
村主
青等
将
呉所
献
二鵝」)
「倭 隋(ワ ズイ)
5世紀前半の
倭王「珍」の臣」
「司馬曹達(シバソウタツ)
倭王「讃」の臣」
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
南斉の史書『南斉書』
梁 の史書『梁 書』
↓↑ ↓ ↓
『梁塵秘抄』
平安時代末期の
歌謡集
今様歌謡の集成
編者は
後白河法皇
治承年間(1180年前後)の作
↓↑
『梁塵秘抄』
1911年(明治44年)・・・19+11
佐佐木信綱
らによって
巻第二
巻第一
口伝集巻第一の断片
口伝集の巻第十一~第十四・・・壱拾壱~壱拾肆
が発見
佐佐木の校訂で
明治書院と岩波書店から刊行
『梁塵秘抄』
の中の歌が一般に知られたのは
比較的新しい・・・
・・・「佐佐木信綱」・・・
なんか、胡散臭い・・・人物カナ?
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
『梁塵秘抄』
・・・梁塵=猟人・領地理・漁訊?
梁=氵+刅+木・・・樑
氵+刃+丶+木
氵+刀+丶+丶+木
リョウ
うつばり
はし=橋
はり
やな
板などをかけ渡した橋
屋根を支える横木
やな
川の瀬で水をせきとめ
魚をとるしかけ
塵=鹿+土
鹿+十+一・・・鹿+壱拾壱(壹・臺)
壱⇔売・賣⇔比賣・比売?
↓↑ ↓
鹿苑寺(ろくおんじ)
↓↑ ↓ ↓ ↓
・・・録音事・六音字?・・・六音音階
・・・二六詩
二六音字から成る
「どどいつ(都都逸)」の異称
京都市北区にある
臨済宗相国寺派の寺
建物の内外に金箔を貼った
3層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)
舎利殿を含めた寺院全体は
金閣寺(きんかくじ)
相国寺の
山外塔頭寺院
寺名は開基(創設者)
↓↑ ↓ ↓ ↓
塵=鹿+土・・・土=十+一=壱+拾+壱
王の土地・・・鹿児島=王の児の領土?
=芥・塵芥
ジン・・・訊(たずねる)・塵灰
盡=⺻+灬+皿
肀+一+灬+皿
ジン
つかす
つきる
つくす
ことごとく
すがれる
すべて出しきる
費やす、無くなる
おわる
すべて・みな・全部
盡=尽=尽くす=尽くし
=つくし=筑紫
↓↑ ↓ ↓ ↓
ちり
ごみ
塵芥・・・埃及(エジプト)=砂漠・捌く
「地理・知里・地利」
が及ぶ
↓↑ ↓ ↓ ↓
鹿=广+コ+11+比
广+コ+11+上+匕
广+コ+11+ト+一+匕
眞垂(广)の角(コ+11)の上の七
↓↑ ↓ ↓ ↓
广=崖の上の館(ピラミッド)
コ+11=角(つの・かど・カク)
上の女(七・牝・占(ト)う初め(一)
占(ト)う初め(一)の女(ヒ・牝・匕)
占(ト)う初め(一)を比べる
↓↑ ↓ ↓ ↓
鹿=しか
ロク
鯨偶蹄目シカ科の哺乳動物の総称
鹿角(ろっかく)・鹿砦(ろくさい)
鹿鳴(ろくめい)・赤鹿(あかしか)
箆鹿(へらじか)・馴鹿(じゅんろく)
王・王位・帝位・政権・地位
逐鹿(ちくろく)
↓↑ ↓ ↓ ↓
麀=鹿+七=雌鹿
↓↑ ↓ ↓ ↓
麁=⺈+广+コ+11+ト+一+匕
ソ
あらい
おおきい
くろごめ・・・玄米
ほぼ
あらい・うとい
きめが荒い・粗末である・質がよくない
荒々しい・はげしい・大雑把である
玄米・精白されていない米
ほぼ・あらまし・大体・おおよそ
離れる・ばらばらになる・遠ざかる
↓↑ ↓↑
「梁書」
↓↑ ↓↑
『梁塵秘抄』
遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば
我が身さえこそ
動がるれ
↓↑ ↓↑
舞え舞え蝸牛
舞はぬものならば
馬の子や
牛の子に
蹴させてん
踏破せてん
真に美しく舞うたらば
華の園まで遊ばせん
↓↑ ↓↑
東屋 (あづまや ) の
妻(つま)とも
終 (つゐ・対?) に
ならざりけるもの故に
なにとて
胸(むね・宗・旨・棟・ムネ?)
を合はせ
初 (そ・染?) めけむ
・・・初=はつ・書=捌・緒=肇
(どうして
わが胸を
合わせ
抱きあって
しまったのか)
「妻にするコトも出来なかったのに
どうして
体を合わせ
ソメてしまったのだろう」
ーー↓↑ーー
夏・殷・周→
春秋戦国時代(宋)→
秦
前漢
新
後漢
三国 魏呉蜀
晋
西晋
東晋
十六国
南北朝
宋
北魏
斉
梁 西魏 東魏
陳 北周 北斉
隋
唐
周
↓↑
五代十国
宋
北宋 遼 西夏
南宋 金
元
明 北元
後金
清
満洲 中華民国
↓↑
倭王達は
宋・・・宋=宋=宀+木
↓↑ 殷周→春秋戦国時代(宋)→
→秦→漢→魏→
→晋→
・・・・・→南北朝(宋)→
↓↑ ↓↑
↓↑ →隋→唐→宋・契丹・金→元→明→清→
↓↑ →中華民国→
→共産主義は
「ム国家・ム国花・ム国歌・夢酷化」?
↓↑ ↓↑
宋
960年~1279年
南北朝時代の南朝の一つ
趙匡胤(チョウキョウイン)
が建てた王朝
宋=宀+木
=宀+ 十+ 八
宇宙の天体を
拾った葉の知(捌・さばく)
趙匡胤が
五代最後の
後周から禅譲され建国
「春秋時代の宋」
「南北朝時代の宋」・・・倭の五王時代
などと区別するため
帝室の姓から
「趙宋」とも呼ばれる
国号の宋は
趙匡胤が
宋州(河南省商丘県)の
帰徳軍節度使
であったことによる
「金」に
華北を奪われ
南遷した
1127年以前を
北宋
以後を
南宋と呼ぶ
首都は
開封・・・手紙、通信文の開封?
南遷後
臨安
宋⇔金・遼・元
1279年
広州湾の崖山で
「元軍」に撃滅され
宋滅亡
「崖山の戦い」
↓↑ ↓↑
1279年
干支 己卯
日本
弘安二年
中国
南宋
祥興二年(2月6日まで)
元
至元十六年
朝鮮
高麗
忠烈王五年
↓↑ ↓↑
無学祖元が
北条時宗の招請を受け
寧波から
博多を経て
鎌倉に入る
↓↑
倭王達は
宋に
半島南部の
軍事的支配権の承認を繰り返し上申
「使持節 都督
倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓
六国諸軍事
安東大将軍 倭王」
に任ぜられ
「新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓」
についての公認を得たものの
「百済」
に関しては認められなかった・・・?
・・・「倭=百済」・・・?
ーーーーー???ーーーーー
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↑ ↑
ジィ(G) =字彙・事彙・辞彙・示威・自慰・辞意
ソォ(SO)=蘇緖・曽於・曾於・壮夫・素生・祖緖
ミ (MI)=見・観・診・視・巳・未・実・身・味
ア (A) =有・在・蛙・雅・鴉・亜・阿・丫
↓↑
「GSOMIA
(軍事情報包括保護協定
ジーソミア)」
2019年11月23日午前零時に失効・・・
↓↑
「General
Security
of
Military
Information
Agreement,
GSOMIA=ジーソミア」
↓↑
(Agreement Between
the Government of Japan
and
the Government
of
the Republic of Korea
on
the Protection
of
Classified Military Information)
↓↑
2016年11月23日署名
1年毎に自動更新
協定破棄には
更新3ヶ月前の通告必要
2019年8月23日
韓国が
日韓GSOMIA
を延長せず
破棄を決定
2019年11月23日午前0時
失効
↓↑
「日韓軍事情報包括保護協定」
2国あるいは複数国間で
秘密軍事情報を提供し合う際
第三国への漏洩を防ぐために結ぶ協定
日本はアメリカ合衆国
NATOなど7カ国と
アメリカ合衆国は60カ国以上
韓国は21カ国と
この協定を締結
軍事技術だけではなく
戦術データ
暗号情報
高度のシステム統合技術
など
有事の際の
共同作戦に必要な
情報が網羅的に対象となる
秘密情報活動で得られた情報も含まれる
↓↑
2007年8月10日
日本とアメリカがGSOMIAに署名
「秘密軍事情報の
保護のための
秘密保持の措置に関する
日本政府
と
アメリカ政府
との間の協定」
(Agreement between
the Government
of
Japan
and
the Government
of
the United States
of
America concerning
Security Measures
for
the Protection
of
Classified Military Information)
↓↑
???・・・
・・・爺、初診鴉・・・?
↓↑
「GSOMIA」の「END」・・・?
11・・・十一・拾壱・足壹・Ⅺ
21⇒22⇒23・・・弐拾参・字を拾う纂
↓↑ 念 簒・兩 足 張
貳 王 産
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↑ ↑
邇 足 讃=倭国の五王
↓↑ ↓↑ 讃⇒珍⇒済⇒興⇒武・・・?
讃岐・讃良
珍=王+㐱
・・・㐱=シン・毛髪が多
王+人+彡
・・・彡=サン・飾り・模様
髪の毛が長い
彡=爪痕・刷毛跡
引っ掻き痕
王+𠆢+彡
チン
めずらしい
めったにない・珍事
たやすく手に入れられない・稀
貴重な・思いがけない
大事なもの・貴重なもの
たから・珍宝
きちんとする
めずらしがる
大切にする
↓↑ ↓ ↓↑
東晋317年~420年
南朝の宋(420年~479年)朝貢記録
宋 の史書『宋 書』
夷蛮伝倭国の条(宋書倭国伝)
永初二年(421年)
宋の武帝は詔し
倭讃が万里から貢物を修めて
除授を賜う(爵号)
元嘉二年(425年)
讃は
司馬曹達を宋に遣わし
文帝に上表文を奉り
方物(産物)を献じた
讃が死んだ後
弟の
珍が王に立った
↓↑ ↓ ↓↓ ↑ ↑
421年 安東将軍?(倭讃)
438年 安東将軍 (倭珍)
443年 安東将軍 (倭済)
451年 安東大将軍(倭済)
462年 安東将軍 (倭興)
478年 安東大将軍(倭武)・・・雄略天皇
(大泊瀬幼武・大泊瀬幼武尊)?
(大長谷若建命・大長谷王)?
479年 南斉建国
鎮東大将軍(倭武)
502年 梁建国
征東将軍 (倭武)
(征東大将軍?)
↓↑ ↓ ↓
527年 丁未 継体天皇の崩御
↓↑ ↓ ↓
???年 安閑天皇 在位531年2月7日~535年12月17日
勾大兄皇子(諱)
広国押武金日天皇(日本書紀)
広国押建金日命(古事記)
↓↑
宣化天皇 在位536年1月 ?~539年3月15日?
檜隈高田皇子(諱)
武小広国押盾天皇(日本書紀)
建小広国押楯命(古事記)
↓↑ ↓ ↓
531年 辛亥 継体・欽明朝の内乱
欽明天皇の即位
535年 乙卯 安閑天皇の崩御
↓↑ ↓ ↓
538年 戊午 百済から仏教伝来「元興寺縁起」?
552年 壬申 百済から仏教伝来?
欽明天皇十三年(壬申)十月
百済の聖明王(聖王)が日本に使者
↓↑ ↓ ↓
日本書紀
↓↑ ↓ ↓
「呉国=中国南東部地域=南朝の宋」
(応神天皇紀
三十七年二月条
「遣
阿知使主
都加使主
於
呉
令
求
縫工女」
四十一年二月条
「阿知使主
等
自
呉
至
筑紫」
仁徳天皇紀
五十八年十月条
「呉国
高麗国
並
朝貢」
雄略天皇紀五年条
「呉国
遣使
貢献」
八年二月条
「遣
身狭
村主
青檜隈民
使
博徳
使
於呉国」
十年九月条
「身狭
村主
青等
将
呉所
献
二鵝」)
「倭 隋(ワ ズイ)
5世紀前半の
倭王「珍」の臣」
「司馬曹達(シバソウタツ)
倭王「讃」の臣」
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
南斉の史書『南斉書』
梁 の史書『梁 書』
↓↑ ↓ ↓
『梁塵秘抄』
平安時代末期の
歌謡集
今様歌謡の集成
編者は
後白河法皇
治承年間(1180年前後)の作
↓↑
『梁塵秘抄』
1911年(明治44年)・・・19+11
佐佐木信綱
らによって
巻第二
巻第一
口伝集巻第一の断片
口伝集の巻第十一~第十四・・・壱拾壱~壱拾肆
が発見
佐佐木の校訂で
明治書院と岩波書店から刊行
『梁塵秘抄』
の中の歌が一般に知られたのは
比較的新しい・・・
・・・「佐佐木信綱」・・・
なんか、胡散臭い・・・人物カナ?
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
『梁塵秘抄』
・・・梁塵=猟人・領地理・漁訊?
梁=氵+刅+木・・・樑
氵+刃+丶+木
氵+刀+丶+丶+木
リョウ
うつばり
はし=橋
はり
やな
板などをかけ渡した橋
屋根を支える横木
やな
川の瀬で水をせきとめ
魚をとるしかけ
塵=鹿+土
鹿+十+一・・・鹿+壱拾壱(壹・臺)
壱⇔売・賣⇔比賣・比売?
↓↑ ↓
鹿苑寺(ろくおんじ)
↓↑ ↓ ↓ ↓
・・・録音事・六音字?・・・六音音階
・・・二六詩
二六音字から成る
「どどいつ(都都逸)」の異称
京都市北区にある
臨済宗相国寺派の寺
建物の内外に金箔を貼った
3層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)
舎利殿を含めた寺院全体は
金閣寺(きんかくじ)
相国寺の
山外塔頭寺院
寺名は開基(創設者)
↓↑ ↓ ↓ ↓
塵=鹿+土・・・土=十+一=壱+拾+壱
王の土地・・・鹿児島=王の児の領土?
=芥・塵芥
ジン・・・訊(たずねる)・塵灰
盡=⺻+灬+皿
肀+一+灬+皿
ジン
つかす
つきる
つくす
ことごとく
すがれる
すべて出しきる
費やす、無くなる
おわる
すべて・みな・全部
盡=尽=尽くす=尽くし
=つくし=筑紫
↓↑ ↓ ↓ ↓
ちり
ごみ
塵芥・・・埃及(エジプト)=砂漠・捌く
「地理・知里・地利」
が及ぶ
↓↑ ↓ ↓ ↓
鹿=广+コ+11+比
广+コ+11+上+匕
广+コ+11+ト+一+匕
眞垂(广)の角(コ+11)の上の七
↓↑ ↓ ↓ ↓
广=崖の上の館(ピラミッド)
コ+11=角(つの・かど・カク)
上の女(七・牝・占(ト)う初め(一)
占(ト)う初め(一)の女(ヒ・牝・匕)
占(ト)う初め(一)を比べる
↓↑ ↓ ↓ ↓
鹿=しか
ロク
鯨偶蹄目シカ科の哺乳動物の総称
鹿角(ろっかく)・鹿砦(ろくさい)
鹿鳴(ろくめい)・赤鹿(あかしか)
箆鹿(へらじか)・馴鹿(じゅんろく)
王・王位・帝位・政権・地位
逐鹿(ちくろく)
↓↑ ↓ ↓ ↓
麀=鹿+七=雌鹿
↓↑ ↓ ↓ ↓
麁=⺈+广+コ+11+ト+一+匕
ソ
あらい
おおきい
くろごめ・・・玄米
ほぼ
あらい・うとい
きめが荒い・粗末である・質がよくない
荒々しい・はげしい・大雑把である
玄米・精白されていない米
ほぼ・あらまし・大体・おおよそ
離れる・ばらばらになる・遠ざかる
↓↑ ↓↑
「梁書」
↓↑ ↓↑
『梁塵秘抄』
遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば
我が身さえこそ
動がるれ
↓↑ ↓↑
舞え舞え蝸牛
舞はぬものならば
馬の子や
牛の子に
蹴させてん
踏破せてん
真に美しく舞うたらば
華の園まで遊ばせん
↓↑ ↓↑
東屋 (あづまや ) の
妻(つま)とも
終 (つゐ・対?) に
ならざりけるもの故に
なにとて
胸(むね・宗・旨・棟・ムネ?)
を合はせ
初 (そ・染?) めけむ
・・・初=はつ・書=捌・緒=肇
(どうして
わが胸を
合わせ
抱きあって
しまったのか)
「妻にするコトも出来なかったのに
どうして
体を合わせ
ソメてしまったのだろう」
ーー↓↑ーー
夏・殷・周→
春秋戦国時代(宋)→
秦
前漢
新
後漢
三国 魏呉蜀
晋
西晋
東晋
十六国
南北朝
宋
北魏
斉
梁 西魏 東魏
陳 北周 北斉
隋
唐
周
↓↑
五代十国
宋
北宋 遼 西夏
南宋 金
元
明 北元
後金
清
満洲 中華民国
↓↑
倭王達は
宋・・・宋=宋=宀+木
↓↑ 殷周→春秋戦国時代(宋)→
→秦→漢→魏→
→晋→
・・・・・→南北朝(宋)→
↓↑ ↓↑
↓↑ →隋→唐→宋・契丹・金→元→明→清→
↓↑ →中華民国→
→共産主義は
「ム国家・ム国花・ム国歌・夢酷化」?
↓↑ ↓↑
宋
960年~1279年
南北朝時代の南朝の一つ
趙匡胤(チョウキョウイン)
が建てた王朝
宋=宀+木
=宀+ 十+ 八
宇宙の天体を
拾った葉の知(捌・さばく)
趙匡胤が
五代最後の
後周から禅譲され建国
「春秋時代の宋」
「南北朝時代の宋」・・・倭の五王時代
などと区別するため
帝室の姓から
「趙宋」とも呼ばれる
国号の宋は
趙匡胤が
宋州(河南省商丘県)の
帰徳軍節度使
であったことによる
「金」に
華北を奪われ
南遷した
1127年以前を
北宋
以後を
南宋と呼ぶ
首都は
開封・・・手紙、通信文の開封?
南遷後
臨安
宋⇔金・遼・元
1279年
広州湾の崖山で
「元軍」に撃滅され
宋滅亡
「崖山の戦い」
↓↑ ↓↑
1279年
干支 己卯
日本
弘安二年
中国
南宋
祥興二年(2月6日まで)
元
至元十六年
朝鮮
高麗
忠烈王五年
↓↑ ↓↑
無学祖元が
北条時宗の招請を受け
寧波から
博多を経て
鎌倉に入る
↓↑
倭王達は
宋に
半島南部の
軍事的支配権の承認を繰り返し上申
「使持節 都督
倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓
六国諸軍事
安東大将軍 倭王」
に任ぜられ
「新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓」
についての公認を得たものの
「百済」
に関しては認められなかった・・・?
・・・「倭=百済」・・・?
ーーーーー???ーーーーー
↓↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↑ ↑
ジィ(G) =字彙・事彙・辞彙・示威・自慰・辞意
ソォ(SO)=蘇緖・曽於・曾於・壮夫・素生・祖緖
ミ (MI)=見・観・診・視・巳・未・実・身・味
ア (A) =有・在・蛙・雅・鴉・亜・阿・丫
↓↑
「GSOMIA
(軍事情報包括保護協定
ジーソミア)」
2019年11月23日午前零時に失効・・・
↓↑
「General
Security
of
Military
Information
Agreement,
GSOMIA=ジーソミア」
↓↑
(Agreement Between
the Government of Japan
and
the Government
of
the Republic of Korea
on
the Protection
of
Classified Military Information)
↓↑
2016年11月23日署名
1年毎に自動更新
協定破棄には
更新3ヶ月前の通告必要
2019年8月23日
韓国が
日韓GSOMIA
を延長せず
破棄を決定
2019年11月23日午前0時
失効
↓↑
「日韓軍事情報包括保護協定」
2国あるいは複数国間で
秘密軍事情報を提供し合う際
第三国への漏洩を防ぐために結ぶ協定
日本はアメリカ合衆国
NATOなど7カ国と
アメリカ合衆国は60カ国以上
韓国は21カ国と
この協定を締結
軍事技術だけではなく
戦術データ
暗号情報
高度のシステム統合技術
など
有事の際の
共同作戦に必要な
情報が網羅的に対象となる
秘密情報活動で得られた情報も含まれる
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2007年8月10日
日本とアメリカがGSOMIAに署名
「秘密軍事情報の
保護のための
秘密保持の措置に関する
日本政府
と
アメリカ政府
との間の協定」
(Agreement between
the Government
of
Japan
and
the Government
of
the United States
of
America concerning
Security Measures
for
the Protection
of
Classified Military Information)
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