またまた勿体ないような天気。 晴天+適度な気温+穏やかな空気=小春日和。
これでは祝日で車が混むかも知れないが、家に篭っている訳にはいかない。
そこで簾舞(みすまい)地区の中心にある『旧 黒岩家住宅』に行って来た。
住宅の外観
この建物は、札幌から定山渓を経て噴火湾の有珠(うす)に通じる『本願寺道路』が
明治4年に開通したことに伴い、翌年、その要所となる簾舞に通行屋(宿泊と
休憩所を兼ねる)として建てられたという。当時は往来する旅行者や荷物を運ぶ人馬など
かなりの利用者がいて賑わったが、札幌~千歳~室蘭の『札幌本道』が完成すると
本願寺道路は次第に使われなくなり、簾舞通行屋は明治17年に廃止された。
さらに明治20年、札幌~定山渓間に新道(のちの国道230号)が開削された。
このため通行屋の屋守りだった黒岩家は現在地に移転し、建物はその段階で
増築されて現在の姿になったという。
札幌市に残る唯一の通行屋で、地区最古の開拓農家として昭和59年に札幌市の
有形文化財に指定されている。建物面積は約60坪と、昔の建物としては
人馬の宿泊や時代によって役場の出張所を兼ねたこともあり、
そういう意味では小ぶりな建築物かも知れない。
泊り客か?
質素なダイニングルーム?
ボクはこの簾舞という地区がなぜか好きだ。
地区の名前の由来は知らないが、当てられた漢字が品の良さを感じさせる、
「みすまい」という響きも何か奥ゆかしいものを感じる、
我が藻岩地区より定山渓に近い位置にあり、開拓の昔を彷彿させる景色、
などがその理由である。市中心部から30分~40分といったところか。
ここ通行屋にも何回か足を運んだが、何回来ても飽きることはない。
ほとんど誰も見学する人はいないが、一人で部屋に佇んでいると、アイヌの人が
ヒョッコリ玄関から顔を出すような、そんな雰囲気のある家だ。
小熊だろう
玄関内部に吊るされたヒグマの皮
冬の寒さを防ぐ敷物として使われた絨毯様の皮
家の中にヒグマの剥製が3頭分(2頭は敷物用毛皮として実際に使われていた)
もいるのは、10月初に始まった藻岩地区、西区、中央区のヒグマ騒動どころの
細かな話と違って、ヒグマと当時は共存していたのではないかと想いは巡る。
すぐ傍には豊平川が流れ、小さな『藻岩ダム』(北海道電力)がある。
治水用なのか発電用なのか分からないダムだが、ちょっと不思議な光景だ。
一番左奥側の山は八剣山(はっけんざん 標高498m)
今日も一日、ゆったり気分で過ごせた。それもこれも天気。平年の降雪は
10月27日初雪という。今年はまだまだ温かい日を享受できそうだ。
感謝 感謝
とにかく家が日本方式で、ということは高床式で断熱材のまったくなかった時代。
外から雪が舞い込んで積もるほどの布団です。
そんな生活環境の中でよくぞ生きて来られたなぁと感じることもあります。
今の我々を含めた日本人では凍死すること必死。
ボクらにはそうした先人たちの苦労を偲び、こうした生活ができることを開拓に入った全員に感謝しなければなりませんなぁ.....
今は取り壊されて、大きな団地が建ってしまいました。
家の中はシンさんの写真のとは違いますが。
昔の北海道の生活が偲ばれますね。
囲炉裏端に熊のはく製や敷物があったり…というのが
自然の厳しさの様なものを感じました。