瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第40話―

2007年08月21日 20時43分41秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今夜も蒸し暑い…水仕事が楽しくて仕方ないだろう。

さて、昨夜に引き続き、今夜も水場に潜む魔物についての話だ。
貴殿は『マーメイド(人魚)』と呼ばれる生物を御存知かな?

…ああ、失礼…メジャーな存在だ、知らぬ人間の方が少ないだろう。
体の上半身は人間、下半身は魚。
半分は人間で在りながら、その性質は甚だ恐ろしいものも居るらしい。



普通人魚は海に住むと云われている。
しかし中には海から川を遡り、淡水の湖に姿を見せるものも居るのだとか。


スコットランド東部フォークシャーに暮す、ローンティー家の若い領主が遭遇したと伝えられている話――


或る日暮れの事、領主が召使を連れて狩から帰る途中、森の方から叫び声が上ったので、慌ててそちらへ馬を向けた。

ローンティーの屋敷より、南3マイル程先の森の中には、小さな湖が在る。

叫び声は、その湖の方から聞えて来た。

近付いて見れば金髪の美しい女が、湖に落ちて、もがいているのが見える。

彼女は領主を知っているらしく、「助けてローンティー!助けてローンティー!助けてローン……」と必死に叫ぶ。

遂には息絶えたかの様に、水中にその姿が消えて行った。

領主は急いで馬から飛び降り、飛び込んで助けようとしたが、召使の手で後ろから掴まえられ、湖から引き出された。

怒り狂う領主に向い、召使は大声で叫んだ。

「お待ち下さい、ローンティー様!
 お待ち下さい!
 叫んでいる女は、恐ろしい事に、正しくマーメイドです!」

驚いたローンティーが振返り、水面に浮んだ金色に輝く髪の毛をよく見れば、それは怪物の頭に生えている事が解った。

「お前の言う通りだ」と、召使に礼を述べ、領主は馬上に戻った。

湖から離れようとした時…人魚は半ば水の上に身を起こし、恐ろしい目で領主を睨みつけ、悪鬼の様な声でこう叫んだ。


「ローンティーよ、ローンティーよ!
 もしも召使が居なかったら、
 私はお前の心臓の血を、
 鍋でジュウジュウいわせたろうに!」



…古来より水場には、怪奇な話が多く残っている。
それは実際に水難事故が相次いだ事と、その為注意を促す意味も有って作られたからではないかと、自分は考えている。
これから海や川や湖やプールに行かれる予定の人は、どうか御用心召されるように。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

帰る際は忘れ物の無いように。
最近、多くて困っていてね。

夜道では、くれぐれも後ろを振り返らないように。
深夜、鏡も覗かないようにね。

それでは御機嫌よう。
また次の晩に会えるのを、楽しみにしているよ…。



『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ 著、井村君江 訳、筑摩書房 刊)』より。
コメント
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