やあ、いらっしゃい。
8月最後の日曜日…貴殿は如何過されただろうか…。
行く夏を惜しみ、来る秋に焦がれ…今夜も語らせて貰おう、不可思議な物語。
昨夜同様、今夜も異界の者と出くわした男の話だ。
それも、より奇怪なね…。
スカンジナビア地方に伝わる話――
或る晩、ハンスと言う男が、或る小高い丘の側を通り掛った時…なんとその丘が浮いて見えた。
星明りの下、浮上がった丘は、赤く光る柱に支えられ、その下では沢山の妖精達が、陽気に躍り回っていた。
それを見たハンスは意識が朦朧とし、不思議な力に引張られる様に、ふらふらと妖精達の宴に近付いて行った。
すると彼の目の前に、1人の妖精の女が立った。
皓々と照る月にも勝る、光り輝く美しい乙女だった。
乙女はハンスに近付いて、彼の首に腕を回すと、にっこり微笑んでキスをした。
その晩から、ハンスの性格は、ガラリと変った。
恐ろしく乱暴になり、何を着せても、ズタズタに引裂いてしまう。
そこで周囲の人々は、ハンスが破く事が出来ないよう、靴の底に使う硬い革で、服を作って着せた。
以来、彼は『底革のハンス』と呼ばれるようになったと云う。
…短く、オチが無いのが、不気味に感じられて仕方ない。
何故、彼は乙女に魅入られたのか?
乙女はどんな目的から、彼をその様に変えたのか?
それから彼は、どうなってしまったのか?
全てが謎に包まれている…。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それでは帰り道、気を付けて。
魔物に魅入られないよう、寄り道せずに帰るといい。
背後は絶対に振返らないように。
夜に鏡を覗かないように。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
『小学館入門百科シリーズ153――妖精百物語――(水木しげる著)』より。
8月最後の日曜日…貴殿は如何過されただろうか…。
行く夏を惜しみ、来る秋に焦がれ…今夜も語らせて貰おう、不可思議な物語。
昨夜同様、今夜も異界の者と出くわした男の話だ。
それも、より奇怪なね…。
スカンジナビア地方に伝わる話――
或る晩、ハンスと言う男が、或る小高い丘の側を通り掛った時…なんとその丘が浮いて見えた。
星明りの下、浮上がった丘は、赤く光る柱に支えられ、その下では沢山の妖精達が、陽気に躍り回っていた。
それを見たハンスは意識が朦朧とし、不思議な力に引張られる様に、ふらふらと妖精達の宴に近付いて行った。
すると彼の目の前に、1人の妖精の女が立った。
皓々と照る月にも勝る、光り輝く美しい乙女だった。
乙女はハンスに近付いて、彼の首に腕を回すと、にっこり微笑んでキスをした。
その晩から、ハンスの性格は、ガラリと変った。
恐ろしく乱暴になり、何を着せても、ズタズタに引裂いてしまう。
そこで周囲の人々は、ハンスが破く事が出来ないよう、靴の底に使う硬い革で、服を作って着せた。
以来、彼は『底革のハンス』と呼ばれるようになったと云う。
…短く、オチが無いのが、不気味に感じられて仕方ない。
何故、彼は乙女に魅入られたのか?
乙女はどんな目的から、彼をその様に変えたのか?
それから彼は、どうなってしまったのか?
全てが謎に包まれている…。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それでは帰り道、気を付けて。
魔物に魅入られないよう、寄り道せずに帰るといい。
背後は絶対に振返らないように。
夜に鏡を覗かないように。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
『小学館入門百科シリーズ153――妖精百物語――(水木しげる著)』より。