私事、4月2日に入院、3日に膝の手術をして現在お隣高岡市の病院でリハビリ中です。
3週間程度の入院ということなので、なんとか4月下旬には退院させてもらえそうです。
では事の顛末を順に。
昨年8月の北日本民謡決勝大会の日、いつもの如く重い荷物を抱えて富山オーバードホール近くの横断歩道を渡っていたところ、青信号が点滅し始めたので年甲斐もなくダッシュしたんです。
その瞬間右膝にピリッと痛みが走って腰砕けのようになりました。
この時はそんなに重大な事になるとは思っていなくて、ちょっと膝に違和感がある程度で平気で翌週の青森遠征も行ってきました。
どうも違和感がとれないので、昨年秋頃に近所の整形外科を受診しますが、毎回注射を打って痛み止めをくれるだけ。
これが4~5ヶ月続きました。
ところが今年2月の中頃、突然症状がひどくなって杖を突かなくては歩けないような状態になりました。
これは近所の整形外科に任せていてはだめだと思い、7年前に足関節の手術をしたときに紹介状を書いていただいた隣町の整形外科を受診しました。
この整形外科の先生、口は悪いけど実に鋭いんです。
この先生の見立てでは変形性膝関節症で多分人工関節だろうとのことで、すぐに足関節の手術をしてもらった大きな病院へ紹介状を書いていただきました。
4月2日(日曜日)
翌日が手術なので、前日から入院です。
60歳を過ぎてから入院するのはこれで5回目、いずれも同じこの病院です。
それまでは高校生の時に交通事故で入院して以来、入院なんてしたことがなかったのに。1回目は62歳の時に右足首の手術。
2回目はその翌年鼠径ヘルニアの手術。
3,4回目は一昨年大腸憩室炎の手術でした。
午後から入院のため妻に送ってもらって病院へ。
ピンピンして元気なのはこの日だけですが、テレビを見る気持ちにもなれずちょっとだけ読書をして就寝。
4月3日(月曜日)
午前より手術。
デイルームのところで妻に手を振って手術室へ。
気がついたら手術は終了してベッドで再び妻に手を振ってそのままICUへ。
実は2回目の入院・手術の後、病室へ戻ってきてから二度心停止している(房室ブロックと言うらしい)もので万全を考えて一晩ICUで様子見ということになったらしいです。
術後の痛みは尋常ではなく、痛みで全く眠れず。
朝方にどうしても我慢できなくて鎮痛剤の注射をしてもらってほんの少しうとうととできました。
膝の手術は痛いんだとあちこちから脅されてはいましたが、ここまで痛いとは想像を遙かに超えていました。
4月4日(火曜日)
ICUは一晩だけで、午前中に一般病棟(一日だけ個室でした)へ移ります。
相変わらず痛みに耐える一日でした。
個室なので周りを気にしなくて良かったのはこの一日だけでした。
まだ尿管カテーテルが入ってるので、自由に動けず。
ただ驚くことに、膝の可動域を確保する機械によるリハビリが、手術の翌日の今日から始まりました。
60度から始まって、120度まで10度/日刻みに角度が増加するそうです。
点滴も次から次へとあって、ずっと一日寝たままです。
4月5日(水曜日)
病室が個室から4人部屋に移動。
尿管カテーテルが抜けました。
これが入っているとどうも気になって嫌いです。
代わりにトイレへ行くのに車椅子が来ました。
まだ靴が一人で履けないので、トイレへ行来たくなると看護師さんに車椅子の介助をお願いしなければなりません。
この病室、手術で出て行く人、新たに入院する人等で出入りが激しくてドタバタしています。
機械は70度、今のところまだ平気です。
相変わらずジンジンと痛むけど、手術翌日よりは多少和らいできた気がします。
これは手術前
手術後
4月6日(木曜日)
相変わらずジンジン痛みます。
寝ているときの態勢が悪いのか、朝方が一番しんどいです。
車椅子は7年前の入院で駆使していたので得意なのですが、トイレの時は看護師に言うこととなっているのでちょっと面倒。
単に付き添いだけなのですが。
靴は履き方の要領がわかったので、ひとりで平気で履けるようになりました。
未だにパソコンを開ける元気もなく、スマホを少々触るだけです。
機械は80度。
少しずつ辛くなってきました。
その2へ続く