「象が空を」(沢木耕太郎著)を読んでたら、当時の長者番付で一位となった(飛ぶ鳥を落とす勢いの)井上陽水と、それに(元賭博師で)麻雀小説家の色川武大と著者の沢木氏の対談の様子が紹介されていた。
テーマは”有名になる事の不運”というものだった。この不運という言葉を聞いて、大谷の事がふと頭に浮かぶ。
その大谷だが、WBCの疲れもなんのそので、実質二刀流3年目の今年も絶好調そのものである。
WBCでの投球を見る限り、あまりいい状態ではないとも思えたが、そこは流石メジャーNo.1のスーパースターの底力とプライドがある。
「WBC狂騒曲の陰で」でも書いたが、今年の大谷にはどうも悪い予感がしていた。小さく纏まり過ぎてる投球フォームが気になってはいたが、開幕するときちんと修正している。まさにアッパレだ。
ただ、今年は”スィープ”と呼ぶ横に大きく曲がるスライダーと縦にカット気味に落ちるスライダー、それに大きく落ちる懸架のカーブを 新たにオプションとして加えてるようだ。
お陰で、例年以上に安定した投球で三振の山を築き、4月は4勝、防御率1.80とサイヤング賞も狙えるスタートである。
大谷と藤浪
一方で、私は(張本氏と同じく)大谷の”二刀流には無理がある”と言い続けてきた。というのも張本氏とは異なり、大谷は”打者に専念した方がいい”と判断したからだ。
つまり、投手大谷の160Kは藤浪の160Kと比べて、ホームベース付近の球速と球威を見ればだが、明らかに見劣りする。まるで高校生が投げる快速球みたいで、未だに何故?あの球をメジャーが打てないのか不思議なくらいだ。
一方で、藤浪の快速球は面白いようにメッタ討ちに遭う。
投手としてのスキルで見た場合、大谷よりも藤浪の方が上であるのは明白である。スライダーとスプリットを見ても明らかに質感が違う。しかし、大谷は打たれないし、藤浪は決まった様に打たれる。制球も本来なら藤浪の方が上な筈だ。
なぜか?
考えられるのは、変化球の進化にある。
メジャー初期の頃の大谷は、お辞儀気味の快速球?とチェンジアップ気味のスプリットと抜け気味のスライダーだけだったから、とても危なかしかったし、当然の如く肘も痛めた。
しかし、カットボールをマスターし、スライダーに切れが戻り、変化球全体の質が格段に向上した。更に、2シームまで覚えたから、今は”鬼に金棒状態”である。
一方で、藤浪は高校時代のまま殆ど進化してはいない。唯一の成長はは、スピードガンが160Kを超えた事くらいだろうか。
全ての球種を力任せに投げるから制球がバラつき、全てにタイミングを合わせられる。だが大谷の場合は、速球は全力だが、変化球はコンパクトに投じるから不思議と制球がいい。
つまり、”変化球の質”という理由だけで、大谷は打たれないし、藤浪は打たれる(多分)。
確かに、ピッチングの基本は直球である。その直球を活かすのは変化球である。逆も真なりで、変化球を活かすのも直球である。
大谷の場合は、直球よりも変化球の進化を選択した。が、藤浪は変化球よりも直球の進化に傾倒した。
今の所、藤浪は大谷に大きく水を明けられてはいるが、その大谷にも黒い陰と影が差し込みつつある様な気がしないでもない。
そういう私も、(大谷の4月の絶好調は想定外だったが)”5月に入ると急に打たれ出すんじゃないか”と予感していた。
27日のアスレチックス戦では、6回8奪三振3安打5失点で4勝目(0敗)をあげた。本拠地での連続イニング無失点記録は”35”で止まったが、内容自体は悪くはなかったし、2被弾(3ランと2ラン)を浴びた魔の4回だけで、他の5イニングは完璧だった。
因みに、本塁打を浴びたのは今季6登板目にて初めてで、2点以上を失うのも初。如何に今季の大谷の投球が安定しているかが分かる。
大谷に忍び寄る”黒い陰”
但し、今回の失点は4四死球が絡んでる事が微妙に気にはなる。
今季の大谷は34回(6試合)を投げ、被安打11で奪三振46、被打率は何と僅か1割。ここまで見れば、サイヤング賞当確の次元にある。
しかし、与四死球23(四球17+死球6)で暴投が5。つまり、1試合平均で約4つの四死球を与えてる事になる。因みに、15勝(9敗)を挙げた昨年は、奪三振率と被打率はそんなに変わらないものの、与四死球46(四球44+死球2)で、1試合平均1.64個の四死球であった。
通常は、与四死球の数がそのまま自責点に直結するが、大谷も例外ではない。事実、昨年は43(与死四球=44+2)で、一昨年は46(与死四球=44+10)であった。
今シーズンは偶々運がよくて、与死四球(23)が失点(7)に繋がってないだけで、WBCの疲れが出てくる5月は、この与死四球が確実に大谷の投球を狂わすだろう。
私が言う”黒い陰”とは、そういう事である。
前述の張本氏だが、2021年4月の「サンデーモーニング」(TBS)では、打撃フォームを変えた大谷に対し、”今のままでは必ず打てなくなる”と指摘したが、この年の大谷は46HR、100打点でMVPを獲得した。それ以来、張本氏は大谷については沈黙している(笑)。
更に、佐々木主浩氏もメジャーに行く前の2015年の大谷に対し、二刀流大谷を危惧する発言をしている。
”メジャーで二刀流は絶対ありえない。20歳で、ここから3、4年が体を作るに大事な時期。でもピッチャーとバッターじゃ使う筋肉が全然違う。俺がもし監督なら絶対に投手に専念させる”と。
一方で清原和博氏は、(同じ時期の)大谷の打撃を評価していた。”内角は肘を畳んで打てる。外角はレフトに強い打球も打てる。バッティングのうまさを感じるし、バッターに専念すれば2000本安打は軽くクリアだろうね。でも(二刀流を続けたら)ピッチャーで10勝そこそこ、バッターでもホームランが20本そこそこ”と語っていた。
かの故・野村克也氏も”二刀流には大反対”と発言し、”プロを舐めるなよ!”と苦言を呈していた。
つまり、(私だけでなく)プロ野球界の大御所とも言える4人とも、(”今の所は”という条件付きだが)予想は大きく外れた事になる。
私は過去の記事で何度も言ったが、大谷の二刀流が成功するしないではなく、大谷の”選手寿命を縮めるだけ”だと予想していた。が正直、ここまで怪我なく活躍するとは思ってもいなかった。
今はまだ28歳という肉体的にも精神的にも充実した時期にあるから、何とか結果を出してはいるが、疲労と怪我が重なれば、そのはち切れんばかりの肉体と才能は一気に衰弱する。
5年間、外野を守った真の二刀流であるベーブ・ルースと異なり、(守らない)大谷の場合は1.5刀流とも言えるから、何とか持ってはいるものの、3年目の今年が流石に限界だと思う。
最後に〜忍び寄る影と陰
日本列島が大谷に浮かれるのは理解できる。実は私もその1人である。
しかし、長い目で見た場合の大谷を考察するのも、ファンの役目ではある。
過去2年間に渡り、私の予想をいい意味で裏切ってきた大谷だが、今年はどうなるのだろうか?
かつてベーブ・ルースの神業的な偉業を予想出来た人がいただろうか?
カシアス・クレイがソニー・リストンを2度ともKOで葬り去ると、誰が予想し得ただろうか?
もしかしたら、大谷はそんな神の領域にあるのかもしれないし、そうでないかもしれない。
そう言えば、今年に入り、大谷は一度も夢には出てこない。昨年や一昨年はイヤと言う程に夢に現れ続けたのにである。
大谷に迫る”黒い影”とは、単なる私が感じる幻影なのだろうか。もし夢に出てきてくれたら、絶頂期にある今の彼に危機感が1つもないのか?尋ねてみたいもんだ。
因みに、(コトバンクでは)”陰”とは隠れてて光が当たらない場所の事で、”影”とは光が当たる事で生まれる暗い部分の事とある。
つまり、大谷に忍び寄る黒い陰とは、活躍の影に隠れて目立たない、本質的な制球難による与四死球の多さであり、黒い影とは二刀流の活躍で生ずる疲労や劣化である。
一方で、(少し冷酷だが)こういうのも野球の楽しみ方の一つでもある。栄枯盛衰は世の常でもあり、要は急速に劣化するのか?ゆっくりと退化するか?の違いである。
大谷は若くして日米双方で稀有のスーパースターになった。沢木耕太郎さん風に言えば、”若い時に有名になれば、全ての時間に意味を持ち、無駄な時間を過ごす事がなくなる。無為な時間に長く浸る事で熟成するワインやコニャックとは異なり、成熟の時を持つ事なく老いていく”と。
つまり、大谷に忍び寄る黒い影と陰の本質はそういう事なのかもしれない。
一方で、色川武大氏が賭け事の視点から語る様に、”若くして世に出たんだから、あとは幾らでも無駄ができる”とある。つまり、好きなボールだけを待ってればいい。
”好きなボールを好きな様に打つ。本当に怖いのは、そうやって待ちすぎて打たなくなることなのかもしれないね”(「象が空を」472頁~気分を変えて)
そんな沢木さんなら、今年の大谷をどう予想するだろうか?
やりたい事が好きなようにやれる
これこそが、若きスーパースターに忍び寄る、本当の意味での黒い影と陰なのかもしれない。
因みに、元博奕打ちの色川氏だが、著書の「うらおもて人生録」では”常に9勝6敗を狙え”との言葉が紹介されている。
つまり、”一生を通じて勝っていなければ意味がない”と。だが、一流のプロが集まる世界で常に勝ち続けるなんて不可能である。”偶々勝ち続けても狙い撃ちにされるだけであるし、全勝する為に無理をするが故にフォームを崩してしまう”と諭す。
実に優しくも深い考察である。
タイミングが大事という事でしょうね。
確かに、”継続は力なり”かもですが、過ぎれば無駄、いやマイナスに終わる。
大谷も二刀流(実質)3年目の今年あたりがポイントになるでしょうか。
でも、引き際ってとても勇気が要る事ですから、プライドが高い人ほど認めたがらないんですかね。
プロ野球選手にとってこれほど難しい問題はないかもしれない。
これと言った結果も残せず辞めていく多くの選手も可哀相だけど、最後の最後まで現役にしがみついて辞めていくレジェンド級の選手らはもっと惨めなように思う。
特にイチローなんてしがみつき過ぎたよな。
勿論、3000本という記録が掛かってたからかもだけど、この人は何考えてんのって感じだった。
その意味では、大谷も二刀流にしがみつきすぎて自分のスタイルを失ってしまっては本末転倒だから、どこで見切りをつけるか?そのタイミングが重要だろう。
まさにそれこそが引き際の美学ってもんか。
ウッカリしてました。反省!反省!
よくプロの世界は”結果が全てだ”とか言われますが、勿論間違いじゃないんですが、それだけで人生が上手く渡れるほど甘くはないんですよね。
例えば巨人の坂本選手なんか、たった1つのスキャンダルで地に堕ちてしまいました。
あれだけの数字を残した選手ですが
これも”やりたい事を好きなだけやった”結果なんでしょうか。
若くして有名になる事の怖さを教えられたような気がします。
転んだサンらしいです。
ですが、賭け事と人生は違うようにも思うんですね。
賭け事で9勝6敗は考えにくいし、良くてトントンだと思います。
ケリー基準でも負け続けない事が重要とされ、それを元に厳格な数理モデルを築いたエドワードソープの様に勝ち続けても命を狙われました。
賭け事では勝つ事が成功ですが、人生では色んな要素が絡みあい、真の成功がもたらされます。またそう思いたいですね。
元々、大谷は球が速いだけのノーコン投手でした。
故に、打撃重視の二刀流だと踏んでましたが、意外にも投手としての才能がここに来て大きく飛躍しました。
ただ、変化球を多用する事で制球に狂いが見られる様ですね。
変化球を覚える事で投球の幅が広がるも投球スタイルが小さくなり、やがて弱体化する。
全てに言える事ですが、”好きな事を好きなだけやれる”というのは、それだけ限界に近付くという事でしょうか。
記事にして頂いてありがとうございます。
ベーブルースは二刀流をギリギリのタイミングで回避し、後のニューヨークでの約15シーズンに渡る大偉業に結び付けた。
今から思えば、ボストンでの5年間の二刀流は助走期間でした。
つまり、ルースには危機感ありきの二刀流で、もし二刀流回避が1年でも遅れてたら、ルースの偉業はなかったかもしれません。
当初メディアは、ルースのピークを二刀流の最後のシーズンと見てましたが、29本と当時としては桁違いの打棒を発揮した事で、打者専門に傾斜します。
しかし大谷の二刀流は終着点のような気もします。二刀流ばかりが騒がれ、その先が見えない。
”9勝6敗”どころか、全戦全勝でメジャーを駆け抜けたベーブルース。
野球の神様とはこういうのを言うんでしょうね。