アクセ数が増えないのは今に始まった事じゃないが、どうも読んで欲しい記事に限ってアクセスが集まらない。
書いててこれほど悲しい事もない。
新規に書く記事はその日にはアクセスが集中するが、その日だけの事だ。思ったようにスンナリとは拡散しない。
勿論、それなりの理由はあるのだろうが。ウイルスと同じで、毒性やアクの強い?記事は感染力が弱いのだろうか。
ヘイト系は健在だった
ここ1週間のトップ10を見ると、「アグネス•チョウ」「牛の解体」「ハッキングスキャンダル」「陸の三馬鹿」「松坂桃李」「小和田雅子」「小田和正」「コロナ検査が増えない」「高給コールガール」「私が日本を嫌いな訳」と、何と実に安定して”ヘイト系”が7つを占める(笑)。
如何に、日本人がヘイト系を嫌いながら、ヘイト系を好んでるかが、露骨にデータとして現れている。支持率と同じで、データはいつも正直だ。
別に、これらの記事はウケを狙い、悪気を思って書いた訳でもないが、ブログとしては陳腐で低俗な部類に入るのは明らかだ。
しかしどんな無機質で無味乾燥な記事でも、コンスタントに読んでくれる人がいるのは悪い気はしない。
麻生大臣が”日本人は民度が違う”と、コロナ死者数が他の先進国と比べ極端に少ない事を、鼻にかけ自慢したそうだが。もし日本人の民度が高いなら、リーマンや数学の記事にアクセが集中するだろうに。イヤそうでもないか。
SNSにおいても日本人は民度が低いと言わざるを得ないのか。それとも単に、私の記事の民度が低いだけなのか。
これからのブログ
一方で、深く広く掘り広げた筈の記事には、なかなかアクセ数が集まらない。どうも力を込めて書いたブログほど、放置される傾向にある。私の人生においても殆どがそうだが、力んでいい事はない。
”今日の晩ごはん”と書いただけで、1万件のアクセ数が集まり、馬鹿らしくなってブログを止めたという話を聞いた事があるが、満更な都市伝説ではないだろう。今になってそう強く思う。
トップ10の記事の中で、私が読んで欲しいと思う記事は正直1つもない。それでも読んでくれる人がいるのは有難いことだ。
しかしアマゾンレヴューみたいに、”役に立たない”とか、”詰まんない”とか、”読むに値しない”とかの評価を加えてほしいもんだ。”いいね”や”応援”だけじゃ、何の励みにも目標にもならない。
理想を言えば、10段階ほどの評価を設け、読者に好き勝手に点数をつけてほしいもんだ。
そうすればアクセ数が少なくても、どんな人がどんな気持ちで読んでくれてるのかが、ある程度は推測できる。
読者と書く側の駆け引きというか、そういった探り合いもブログの楽しみの1つだとは思う。
そういう私も、フォロワーの記事を読まずに”いいね”をつける悪い癖がある(笑)。
逆に本当に気に入った記事なら、その記事を参考にしたブログを書く。これこそが本当の”いいね”なのだから。
これからのブログやSNSがどう成熟するか?いつ衰退するか?は誰も予測は出来ない。
SNSが自殺に利用され、有名人やアイドルがTwitterを辞めるなんて報道を耳にすると、SNS安泰の日々はそう長くはないのかもしれない。
昨日の記事ですが、女性コラマーでもここまで書けるかと感心しました。
多分ビコさんはそういう際どい所に共鳴したんだと思います。そういう意味ではとても鋭い感性の持ち主です。
でも日本人が皆そういった高度な感性を持ってる訳でもないし、人畜無害な記事でもと思う時があります。
ま、全てはいい方向に考え、気楽に生きましょうか。
言われている事最もだと思います。俺はあまり考えずに殴り書きしておりますが意識しなくてもいつの間にかヘイト記事の様相がありますね
リアクションボタンも段階別という事ですが俺はくだらん・とか意味不明とか良くないとかの項目があっても良いかなとおもっておりますよ
ではまた・・・
ヘイトがいけないとか言う人に限って、ヘイトに群がる。SNS上の誹謗中傷がいけないという人に限って、誹謗中傷の記事に群がる。
何だかなって感じですね。
コメント有難うです。
転象さんのブログの凄さは
民度の軟い「ブログ村」住人には
理解されようがありません
程々のランキングが
身の為かも知れませんよ
トップランクになると
内閣広報室の検閲対象になるので
ご用心を!
でも民度の低い記事も自分の為にあるみたいで、ストレス発散には丁度いい。
言葉の暴力と言えば言いすぎかもですが、暴力にならない程度で回避する技術も必要かもです。
ま、上位ランクになるのは有り得ないので、気楽は気楽なんですが。
嘘だと言ってシリーズとか
やっぱり信用できないシリーズとか
ヘイトに特化したブログも見てみたいよ〜
安倍の支持率と同じで
アクセ数なんて幾らでも偽造できるから
気にするほうがおかしい
今のままでガンガン行きましょう
これからも宜しく。