昨日に引き続き、続けて投稿です。
3ヶ月後の6月に入ると、ジャックは新型の608号を運転するようになった。古女房のラ•メゾン号と異なり、気まぐれなメス馬を操りながら、体調も万全で、ひどく穏やかな幸福感に包まれてた。
ジャックは、火夫のべクーの愛人であるフィロメールを、二度に渡って寝取った。例の発作が治ったのか試したかったのだ。結果、何も起こらず上機嫌だったが、火夫のべクーとの関係は険悪になった。当然、フィロメールの方も、若くてハンサムで気立てのいいジャックに恋してたのだ。
フィロメールは気兼ねなく、ジャックに全てを打ち明けた。ルブルー夫人が亡くなった事、駅長と受付嬢が出来てた事、カビューシュとルーボーがセブリーヌ殺しで連行された事、彼女が裁判所に召喚され、ジャックとセブリーヌとの関係を聞かれた事。
ルーアンでは、ルーボーがカビューシュをけしかけ、妻を殺させたとの噂で持ちきりだった。カビューシュの家でクランモランの高価な時計が見つかったのだ。
ルーアンでは、ルーボー事件の予審が始まる。予審判事のドゥニゼは勝利を確信した。彼の推論は、精緻な分析から生れた傑作であり、真実の論理的再構成として、"真の創作"と称された。
カビューシュは最後まで否定するが、彼の突然の乱暴ぶりが、前回のグランモラン裁判同様、全てに不利に働いた。
翌日、予審判事はルーボーをカビューシュを共犯と見なし、逮捕する。人格が崩壊し掛かってたルーボーは、アッサリとグランモラン殺害を自供するが、妻は殺してないし、カビューシュとも面識はないと否定する。
しかし、真実を告白する程に、不利な立場に追い込まていく。それ程までに、ドゥニゼの推論は圧倒的な完結性を有していた。
5月の国民投票の騒々しい成功以来、帝政の大破局を前に、ジャーナリズムが”不安と興奮を熟成し、病的な暴力性”を帯びていた。
この予審判事は、グランモラン事件に続き、今回の事件でも天才的手腕を発揮し、2つの事件を結びつけた事で、今やドゥニゼは国民的ヒーローとなったのだ。
一方、かつて、グランモラン事件を証拠不十分として曖昧に伏した、パリの司法省の事務局長のカミィ•ラモットは追い詰められてた。彼が隠し持つセブリーヌの手紙は、彼女のルーボーの殺害を正当化する、絶対なる証拠でもあったのだが。
政局の大混乱の只中、上からは全てを公平に扱う様に指示されてた。よって、自信満々のドゥニゼに念を押した。
"君の確信は絶対なんだな" "ああ、絶対です" "ルーボーは反論してるようだが" "彼の自供は全く曖昧です。他に絶対的な証拠があれば別ですが"
カミィ•ラモットは何も答えなかった。手紙は燃やし、絶対なる証拠を破棄した。真実も正義も所詮は幻想だ。"この帝国も黒い灰のように一掃されるのだ"と、自らを慰める。
予審が終わると、鉄道会社ではルーボーを排斥の声が高まる。しかし、パリとルーアンの興奮の後には、そして、大衆の欲望を情欲を満たした後には、倦怠感と驚きと苦々しい悲しみしか残ってなかった。
グランモラン家の遺産相続の騒動は激しさを増す。娘夫婦が勢い付き、亡きセブリーヌをグランモラン殺害の共犯として蒸し返し、遺産を独り占めしようと、判事と衝突する。しかし、セブリーヌを娘の様に可愛がってた、叔母のボンヌモン未亡人の抵抗もあり、グランモラン家は二分する。
6月の公判では、ルーボーとカビューシュの二人の容疑者に、殆ど望みはなかった。判事の罠にハマり、凶暴で卑しく映った彼らに、勝ち目はなかった。
特に法定での、二人を責める事なく咽び泣くジャックの涙は、満場の同情を誘った。彼の精神状態は、二人とは異なり、完全に明晰なものだった。
裁判の大半は、検事の論告と弁護士の口論弁論で潰された。結果、二人には無期懲役が言い渡され、極刑を望んだグランモラン家は敗れ去り、予審判事のドゥニゼは無難な勝利を得た。
ジャックは発作が再発するのを感じてた。"セブリーヌの血だけでは足りないのか、今度はフィロメールか。もう生きるのはお終いだ、俺の前途には絶望の深い闇しかないのか"
それ以来、ジャックとべクーは険悪な仲になっていく。そして、二人の獣はぶつかり合うのだ。
7月に入ると、普仏戦争の影響で、ジャックが運転する608型は臨時の兵士輸送列車へと生れ変わった。ここにて、この臨時列車は、大量虐殺への暴走列車と化すのだ。
恋人を寝取られたべクーは、ジャックに因縁を付け、機関室で揉み合いになる。二人は組み合い、転落し、車輪に巻き込まれた。二人は恐怖の抱擁のままズタズタに引き裂かれた。頭部と手足は切断され、胴体だけが仲良く抱き合ってた。
機関士のいない列車は、一切の制御を失った暴走するブラックボックスと化し、狂った様に走りに走った。愛国的なリフレーンを怒鳴り散らす兵士を満載した家畜車だった。各駅では、この亡霊特急に恐怖の戦慄が走る。
この大量虐殺へと運ばれて行く肉弾兵達はこの暴走列車と運命を共にするのだ。
今や、列車と共に死ぬか、戦場で死ぬか、のどちらかであった。
ただ、この暴走列車が、ルーアン駅へ突っ込み、大量の兵士や駅に待機する大勢の乗客と共に、爆破し炎上するシーンを描いて欲しかった。タイトルのエンディングとしては、この方がとも思うが。
しかし、レヴューで述べた様に、この作品は、大量虐殺ではなく、”発作的殺人”がテーマである。
殺人が遺伝なのか?理性や愛で殺しが出来るのか?を読者に問う考えさせる作品でもある。故に、蒸気機関ではなく、”獣気”を天から授かった、悲しい男達の物語でもある。
以上、4回に渡って長々と紹介してきた『獣人』ですが、それに見合う傑作だと思います。ホントは、もっと詳しく紹介したいんですが。何事も程々が良いようで。
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