”山本五十六は名将だったのか?”という質問は、時代が進み、戦争の史実が明らかになるに連れ、度々沸き起こる慢性的な疑問でもある。
映画「アルキメデスの大戦」(2019)を見た時、山本五十六に対する考え方が微妙に変わった。映画では、山本五十六が戦時中にも関わらず、芸者と遊ぶ(予定)シーンがあったからだ。
事実、山本は”博打と女”が大好きだった。同時に、情に脆い指揮官でもあった。しかし、女好きだからとて愚将とは限らないし、情に脆いからとて名将とは限らない。
上に立つ者、戦争に勝ちさえすれば、人格や倫理とか頭脳とか情けとか、どうでもよくなる。全ては結果の世界、勝負の世界は非情で冷酷なのだ。
真珠湾攻撃は必要だったのか
山本五十六・海軍大将(連合艦隊司令長官)は、真珠湾攻撃(1941)を成功させた事で神格化され、現在に於いても名提督として戦史に記録されている。
しかし、本当に真珠湾攻撃が必要だったのか? それも、5500kmもの長距離を40日かけ、60隻の大艦隊で移動するなど正気の沙汰ではない。それに偶然、敵の哨戒活動で見つからなかったから良かったが、もし見つかってたら連合艦隊は全滅してたであろう。
また、真珠湾攻撃そのものが無意味であり、逆にアメリカ国民の戦意を高揚させてしまったという意見もある。
山本五十六の名言に、”1年だけなら戦ってみせましょう”というのがある。だが実際には、”アメリカとやれと言われれば、空母10隻と航空機800機を準備する。それだけで真珠湾とマニラを空襲し、太平洋艦隊とアジア艦隊を潰す事はできる。そして少なくとも1年間は、太平洋にアメリカの船と飛行機は存在しないって訳さ。それだけの戦争はやって見せる”と主張した(1934年)とされる。
しかし実際には、アメリカ海軍は真珠湾(真珠港)ではなくサンディエゴを拠点としていた。
確かに、”1年だけなら”ではなく、”全く歯が立たない”と断言してたら、ミッドウェーの悲劇もなかっただろうか。
ミッドウェー海戦も必要だったのか
それ以外にも、何故、ミッドウェー海戦で大和を後方600kmに位置させたのか?
虎の子の戦艦とは言え、使わないのであれば何故、あれだけの戦艦を作ったのか?
戦艦が主力としての時代ではないと山本が考えていたのなら、補助兵力として用いればよかったのではないか?戦艦が航空母艦の横に付き、高射砲や対空機銃の砲台の役目をする事も出来た筈だ。
そして、これも余り語られない重要な事だが、ミッドウェー海戦自体が必要だったのか?
当時のアメリカにはミッドウェーから日本本土まで飛べる爆撃機が一機もなかったので、この海戦に戦略的な意味があったのか?また、ミッドウェー島を攻略する事だけに絞るのであれば、日本の戦艦のみの艦隊にミッドウェーを攻撃させ、その後陸軍を上陸させる事も充分可能だったとされる。
当時のアメリカ機動部隊にはヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットの3隻しかなく、アメリカの急降下爆撃機が攻撃して日本の戦艦の装甲は貫通出来なかったと言われ、機動部隊が無くてもミッドウェーを占領できたとの意見もある。
結局、真珠湾攻撃の思わぬ大成功が山本五十六を神格化し、日本海軍を誤った方向に導いたと言えなくもない。
しかし、凡将と言われる指揮官も並外れた頭脳を持っていただろうし、愚将だからバカで、バカだから頭が悪いと言える筈もない。
無能な指揮官はアホだから、アホには何もできないと思ったら、大きな間違いだ。自分が当時、戦場にいたらどう考えたか?具体的に考える事も大切かも知れない。
以上、Yahoo知恵袋から一部参考でした。
山本五十六は愚将だった?
第2次世界大戦、日本敗戦の責任としては”陸軍悪玉論”と”海軍善玉論”が主流だが、実は海軍こそが”悪玉”だった。
昭和悲劇の水先案内人だった海軍大将の米内光政(元内閣総理大臣)と山本五十六の大罪を、素人の斬新な視点で喝破した著書「米内光政と山本五十六は愚将だった」(2002)がある。
以下、Amazonから気になった2つのレビューを一部抜粋です。
著者の三村文男氏は東大医学部出の医師で、”戦中一億国民といわれた日本人は、全てが大東亜戦争の名の下に戦ったのであり、太平洋戦争の名で戦った者は1人もいない。太平洋戦争などとは、これまで一度も口にした事もなく、筆にした事もない”というフレーズには、ただならぬ殺気をも感じた。
これだけを見ても、単なる左翼的史観の視点で書かれてない事は明らかだ。
米内光政や山本五十六についての評価は、阿川弘之らの「山本神話の製造人たち」や「終戦美談の語部たち」に対する批判を加え、医師としての視点からも極めて鋭く厳しいものです。
例えば、山本五十六については、”愚将とするのが穏当な評価であろう。それも並の愚将ではない。その判断の誤り、失敗の重大性から天下の愚将という名に恥じない軍人であった”とか、”愚将たる条件を完璧にそなえた山本”とか、”品性下劣”や”小心者”とまで断じた。
米内光政については、”彼は蜃気楼を見ていた”と評し、終戦時には”老人性痴呆ではなかったか”とまで述べた。
特に山本五十六については、”もし彼が多少なりとも平和主義的な考え方の持主であり、まともな戦い方ではアメリカに勝てないと知ってたのなら、ミッドウェー海戦に大敗し、主力空母と優秀搭乗者を喪失した時点で、和平への行動に踏み出すべきであった。全く勝ち目のない戦争を一日でも早くやめる為に、何らかの手段をとるべきであった。それが海軍大将たる地位に相応しい、国家に報いる道であった”と語る。
”己の無能の故に、大勢の若者を無駄に死なせた愚将の贖罪の道は、唯一和平に命を賭ける事であった筈だ”と非常に手厳しいが、視点を変えれば、その通りかもしれない。
事実、太平洋戦争のエースパイロットである坂井三郎(海軍中将)は、”戦後さまざまな山本像がつくられたが、現実には世間で思われてる程の力量は持ち合わせてなかったのかもしれない。私にはそう思われてならない”と述べている。
また、佐藤賢了(陸軍中将)は、山本の国葬に反対し、”その罪、万死に値す”とまで言っている。
勿論、三村文男氏は物書きではない。青春を戦中に送り、敗戦の年(1945)に東大医学部を卒業した医者だ。その医者がなぜ、文筆を商売とする作家に喧嘩をふっかける様な本を書いたのか?
三村氏の多くの友人や知人は戦死した。それも学徒出陣で戦場に駆りだされた、”特攻”という愚かな無駄死だ。
その死に対し、生き残った者としての後ろめたさがある。その後ろめたさ振り切るには、彼らの死を無駄にしない努力をすべきだろう。それが死んだ者へのせめてもの(医師としての)償いである。
死者の多くは、戦争を発起し、それを継続した者の嘘八百を信じて死んだ。そこでまず、そのウソを暴かなくてはならない。
当然、忙しい開業医には多大な労苦が伴う作業の筈だが、その情熱の炎の元となってるのは、現在でも戦中の嘘八百を糊塗し、それを商売にする阿川の様な物書きをやっつける必要があると信じてるからである。
本書では、米内光政と山本五十六を槍玉に挙げてるが、偏に阿川がこの両者を称賛し、それが世間に罷り通ってるという現状があるからだろう。
つまり、三村氏の心の中には”もう我慢できない、ウソもいい加減にしろ”という、狂気にも満ちた情念が渦巻いてるのだろうか。
以上、”CAM”さんのレヴューからでした。
果たしてどちらが正しいのか?
果して三村氏が正しいのか?阿川氏がいい加減なのか?
これは読者が両方の著作を読み比べて各自が判断を下すより仕方がない。しかし、作品の面白さとから言えば、阿川氏の作は商売人の商品であり、素人の作品にすぎない三村氏の及ぶ所ではない。
ただ、歴史上の真実という事になると話は大きく変わってくる。
プロの作品は、商売の為に筆を曲げる事が多々あり、その厭らしさは見るに堪えない事が少なくない。
一方で、三村氏の文章は主観的でクドクドしており、明晰を欠き、面倒臭くなる所がある。
しかし、作家はそんな下手な文体はとらない。当然、プロの作品は読者を楽しませる事にある。そうでないと、商売のモトが取れないのだ。だが素人は違う。売れようと売れまいと、言いたい事を書く。
つまり、三村氏にしてみればウソを暴きたいのだ。そのウソを信じて己の命を捧げた友人や知人に、それを以て鎮魂の言葉としたいのだ。
米内や山本が名将であるか愚将であるか?そんな事、今になって冷静に考えれば解りきった事だ。満洲事変以後の時代の大臣や軍人(大将、中将、少将)に名将の名に値する様な人物は日本には皆無だった。
そうした政治や軍部を批判し続けたのは言論界にあって桐生悠々ただ一人であったが、その桐生は日米開戦前に窮死させられていた。日本の不幸はまさにそこにある。
戦後、アチラコチラと責任追及をしようとしたが、万世一系の天皇制下の無責任体制の元ではそれも成功せず、それこそが”一億総反省”と言われた所以であるが、日本の不幸は今なお救う事ができずにいる。
フクシマの悲劇を見れば、私見だが日本は破産しかかってる筈だ。今を危機と捉える人がどれだけいるのか?そこへもってきてオリンピックだと?
以上、”村上徹”さんのレヴューからでした。
最後に〜真実は何処にある
流石に、目の前で戦争を経験し、見てきた人の言う事は、確かにクドく呶々烈々だが、力強い正論でもある。
歴史ドキュメントには、こうした無骨だが堂々と持論を述べる著書が必要だと痛感させられる。
私は戦争を知らない。
私の叔父は関東軍だったが、一切戦争の事は喋らなかったし、何にも教えてくれなかった。近所のプラモデルの店主が、関東軍は怖いもの知らずの非常に優秀な兵士である事を教えてくれたくらいだった。
お袋は、B29のむき出しのジュラルミンの輝きがとてもキレイだった事を語っただけだ。
つまり、日本国民の99%が嘘八百に騙され続けた戦争だったのかも知れない。
山本五十六の英雄伝が嘘八百だったとしたら?
それが真実なら、それでも構わない。全ては終わった事である。山本五十六が名将であろうと愚将であろうと、数多くの死んだ兵士が生き返る筈もないし、歴史を変えられる筈もない。
しかし、彼らは真実を知って、国の為に戦いたかった筈だ。戦死するにしても、真実を知らされるべきだった。
そう思うと、山本五十六という”名将”と謳われた存在が、とても複雑なものに思えてくるのは、私だけだろうか?
それが1年となり、半年になった。
そして、講和主義者になり、恩情に脆い名将に讃えられ、戦後は平和主義者のように持ち上げられた。
ただし、日露戦争の英雄だったことは間違いなく、それをそっくりそのまま太平洋戦争にまで引きずり込んだことこそが日本の悲運の始まりだったのかな。
山本五十六も正直に”勝ち目はない”と断言してたら、当時は叩かれたでしょうが、今では真の意味での英雄でしょうね。
でもどんな歴史上の英雄も叩けばホコリはたくさん出るんですね。つまり、歴史とは英雄を生み出す物語ではなく、真相を追求する学問なんですよね。
コメント有り難うです。
ヒトラーこそが名将とも言えるかもだ
でも、ポーランド侵攻が仇になり
その後は悪の帝王みたいに成り下がった
真珠湾攻撃とポーランド侵攻
国家元首兼首相と海軍大将
戦争初期こそ戦略として評価されたが
今では奇抜な愚策との声もある
旧陸軍の南下政策ばかりが批判されるが
真珠湾攻撃も愚策に変わりなかった
奇襲によって米軍および米国民の士気を阻喪させるという山本の決断はあまりにも単略すぎた
でも全ては結果論だよな
要は歴史から何を学ぶのか
悲劇から目を背けるのは誰でもできるが
その悲劇から反省を抽出するのは
誰にもできることではない
振り返るほどに、山本五十六の策略は無謀すぎますよね。真珠湾を奇襲したら、アメリカの術中にはまり、和平は無と化す事は判りきってた筈でした。
そういう私も最初は、山本が筋金入りの講和主義者だと思ってました。しかし史実が明らかになるうちに、一人の軍人に過ぎない事が判明しつつあります。
悲しいけど、それが真実なんです。故に、歴史から学ぶって残酷ですよね。
戦略で言えば、より大局的な視点で戦略を描き実行しようとした石原に軍配が上がりますが。あまりにも山本の英雄伝が一人走りしすぎて、山本の奇襲が素晴らしい戦略のような描かれ方をしてるのも事実です。
確かに、石原の戦争不可避論や最終決戦思想は間違ってましたし、彼らが画策した満州事変や関東軍による暴走は、日本の孤立を招いたことは事実です。しかし、長期的大局的な視点で戦略を構築してた功績は認められるべきです。
一方で、アメリカに対し勝ち目がないことを知り、また対米戦争の愚を知りながらも、国家の政治的愚かな決定に従い、真珠湾奇襲を策定し実行した山本は、所詮は軍人の鏡に過ぎませんでした。
ミッドウェー海戦以降の大敗を振り返ると、無謀な戦略を作戦や戦術で補うことは不可能でした。
故に如何に大局的な戦略が重要であり、戦争が不確実性に左右されるものかを我々日本人は悲惨な戦争の歴史から学ぶことが出来ました。
平和とは今の時代には弱腰に聞こえますが、大局的な戦略のもと平和国家の繁栄を追及することが一番重要なことのように思います。
真珠湾攻撃にしても、アメリカの太平洋艦隊の心臓部であるサンディアゴを攻め落としてたなら、アメリカの士気を挫くことは出来たでしょうが。物理的に見ても明らかに無理でした。
全ては結果論ですが、歴史から学べと言われても、追い詰められた旧日本軍からすれば、何をやったとしても結果は変わらなかったと言えるかもしれません。
ただ、石原莞爾が訴えた様に日中戦争は全くの余計でしたね。
どうみても山本五十六びいきの番組でした。
ハワイを落としてもアメリカはビクともしない事がわかってながら、あえて奇襲に出ました。
本当に山本五十六は講和が目的だったのか?
ひょっとしたら、アメリカに勝てると思ってたのではないか?
軍人としての長年の勘が山本五十六を狂わしたのかもしれません。
日露戦争の英雄と奉られますが、日英同盟がなかったら、日本は100%負けてました。
私も転んだサンの凡将説に賛成ですね。
どっち転んでも最悪の自体は避けれなかったのでしょうか。
日中戦争を引き起こした時点で、アメリカとの講和は泡と化しました。満州事変だけだったら、石原莞爾が主張するような戦略も立てられたんでしょうが。
やはり全ては結果論でしょうかね。
コメント有り難うです。
でも曲がりなりにも日露戦争に勝利したお陰で、海軍の中にも陸軍同様の原始的で陳腐なナショナリズムが芽生えてたのも確かです。
こうした悲運な歴史を体験していながら、オリンピック開催に盲目に突き進む日本政府とIOCの暴走を止めることが出来ないのがなんとも歯がゆい。
上の言う事も聞かなアカンし、持論も主張しなければいけない。
日米講話を全面に打ち出しても、脊椎反射系の陸軍が聞き入れる筈もないし、海軍も派閥争いでドロドロしてたんだろうか。
オリンピック開催と同じで、何が何でも特攻精神の日本人は今も全く変わってませんね。
アメリカ人も日本人もみんな戦争はしたくなかったのに…
もし、真珠湾攻撃をしていなければ枢軸国は勝てていた。
コメントどうもです。
ここに来て逆の視点から山本五十六という人物とその行動を再考するドキュメンタリーが流せれるようになった。
香取慎吾が五十六役を演じるとは山本も随分と舐められたものである。
それとも、真相が暴かれる内に、魅力ある役柄ではなくなったのでしょうか。
再び、山本五十六と真珠湾の奇襲について書きたくなりました。でも、香取慎吾のボウズ顔は、あれじゃあんまりですよね。