写真展が終わってほっと一息、やっと本が読めるようになった。
早速手に取ったのがこの本。面白かった。
昔は、財閥系の会社で役付きの世話がかり、結婚後随分経って就いた職が町の会社の経理担当、バブル後の資金繰りには泣いた。取引先の破産処理、銀行対応などに心底疲れた。
向いてない仕事に就くものではない。
ところが、懐かしいわけでもないのに、つい企業小説に手を伸ばし、同病の悲哀を実感する。
これは実際の事件が下敷きになっている。新聞で読んで、トレーラーのタイヤのボルトが外れるなんて、なんと杜撰なことか、と憤慨した記憶がある。だがその後の話は知らなかった。フィクションにしても現実感をもって読んだ。
乱歩賞候補になったが、この事件の判決が降りてなかったためか、見送りになり、「破線のマリス」が受賞したとか。
野沢尚さんの「破線のマリス」(若くして亡くなった野沢尚さん;;)を読んだのは随分前だと感じるかその頃書かれたものかと、それなら時代遅れの話になってしまった。
赤松運送のトレーラーの前輪のタイヤが外れて、歩いていた親子にあたり母親が亡くなった。140トンのタイヤが外れて暴走した大事故だった。
事故原因は運送会社の整備不良だと、メーカーに決め付けられる、しかし社長の赤松は納得できなかった。
この事故が原因で得意先に取引停止を言い渡され、事故車のメーカー系列だった銀行からは、融資も断られ、挙句には融資決済の請求書が来る。
破産寸前の赤松は真相究明に奔走する。
しかし、赤松の前で、財閥企業の資金系列にある製造元は、自社の車の欠陥は見当たらず、と突っぱねる。
一方同じ車の事故が多発していることに、不審を抱いた週刊誌記者から、資料を渡され、それを調べるうちに、赤松は大手自動車メーカーのリコール隠しの実態に気付き、新たな証言も得ることができた。
巨大企業は同じ系列の傘下企業を抱えて成長してきた。
持ちつ持たれつの関係は今も変わらない、企業名さえあれば無理も通った。
企業人としてのプライドは愛社精神という隠れ蓑の下では、傲慢な態度や慢心となり、ついに社員は会社名に負ぶさって腐敗した企業倫理に犯されていた。
零細企業対巨大企業。大企業名を笠に着たエリート意識対小企業の経営者、組織内の個々の軋轢など読み所も多い。
企業系列の銀行、ただ一行に頼ってきた現実。弱みを握れば、銀行マンは利益保全に徹する変わり身の技。
捜査する警察内部の葛藤なども面白い。
登場人物は多いが煩雑さが感じられない、内部事情や人間関係の面白さ。本音を隠して組織に帰属するしかない社員の生き方も興味深い。
企業、銀行といえども、動かすのは人間であって、人としての幅の広さ底の深さが危機にあっては如実に現れるものだと感じる。
ただそういう立場に立ったときにしか発揮することができないという、身分制度、肩書きの弱さもある。
企業に入ると言うことは会社の利益の前では誰しも自分をなくすことかもしれない。
この作者は実にうまい。緩急に長けて、たまに人情劇というような涙を誘われる話を入れる。
確かに、話に入り込んでしまうとそこで力が入り、泣けてくる場面もある。
赤松という社長が、破産瀬戸際で、社員や家族を背に、見得を切るせりふがたまらない。
話に引き込まれていると、思わず快哉を叫びたくなる。
読書
47作目 「空飛ぶタイヤ」★4
題名だけ読んだときはSFかと思った