空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「娘を呑んだ道」スティーナ・ジャクソン 田口俊樹訳 小学館文庫

2021-03-08 | 読書
 
立て続けに娘たちの失踪事件を読んだ。立て続けと思ったが、ミステリのテーマでは珍くないとも思い返した。娘はどこへなぜ消えた? それがミステリだ。
17歳の美しい娘が消えた。レレ(レナード・グスタフソン、数学教師)はアルバイトに行く娘リナをバス停まで送っていった。そのまま娘は帰ってこなかった。

絶えずその時のことを思い返す、なぜバスに乗るまで見守っていなかったのか。何度妻にも責められ悲嘆にくれたことか。
レレは娘を見つけ出すという目的に向かって、ひたすら車を走らせ続けることしかできない。
妻は出て行き家庭は破綻した。悲しみと後悔は心の底に固まって、毎夜毎夜車を走らせることで何とか持ちこたえている。

彼がもうすでに三年、娘の痕跡を探して往復しているシルヴァーロード。銀の採掘のために通された北部の海側と国境地帯に向かう一本道(国道95号線)も荒廃し、森林地帯は湿って道のわきに人家もまばらな、人もあまり寄り付かない地域になっている。銀が尽き廃坑になっても、道は残っている。海側から始まり湖沼が点在する深い森林地帯を縫う道路。そこをレレの車のライトが三年の月日を往復してきた。
この道の描写がいい。そこで育った作者は、自然の様々な匂いや風や静寂や季節の音の中を、レレの重荷を包む風景を情感豊かに描きあげており、それが暗い出来事に関わる人々の心を深くより昏く描き出す。
シルヴァーロードは一帯に広がる細い血管、それに毛細血管と彼とをつなぐ大動脈のような道路だった。雑草のはびこった無垢材の切り出し道に、冬はスノーモービルでないと走れないような道、それにくたびれ切ったような道。それらが見捨てられた村や過疎化が進む集落の間をくねくねと這っていた。川に湖、それに地上と地下の両方を流れるほんの小さなせせらぎ、じくじくしたかすり傷のように広がり、湯気を立てている沼地、さらに黒い独眼のような底なし小湖。そんな一帯をやみくもに走り回り、失踪人を探すというのは一生かけても終わる仕事ではない。

彼は助手席に幻の娘を載せて話しながら走っている。そして道が終わると娘が消えてしまう。

道のわきに車を止め。小道を探す。
あちこちに点在する人目を避けたような家がある。彼は小屋をうかがい住んでいる人と挨拶を交わす。顔見知りになる。世間から外れた人たち。そんな家族もある。
そこにはいくら探しても娘の痕跡は見つけられなかった。

レレは学校で転校生のメイヤと知り合う。
彼女は男にすがって国内を転々と住居を変える母に従って来た。母はネットで知り合った年上の男と住むことにした。男は一人暮らしの垢をつけて異臭がしたが母は気にもしないでベッドを共にして、食べていけることに満足していた。

警官の友人ハッサンからこの親子連れのことを聞き、メイヤの境遇はレレに強い印象を残した。

メイヤは湖のほとりで釣りをしている三人の兄弟と知り合った。末のヨハンに惹かれ付き合い始める。そして学校を休んでいたメイヤも消えた。

メイヤはヨハンの家にいた。ヨーラン、バール、ヨハンの三兄弟は魅力的だった。父親も母親も彼女を迎え入れてくれた。初めて家族を待ったのだ。彼女は割り当てられた仕事をこなし、朝は鶏小屋から卵を集めた。そして次第に暮らしに馴染んできたが。

ミステリだ。レレもなにかに感づいてきた。

リナは生きているのかどこにいるのか。
学校に来なくなったメイヤは。

やっと糸口が見えてくる。

面白かった。話の結末も納得で、風景に溶け込んだような暮らしや、それに育まれた人々の醸し出す雰囲気も、娘の跡を追う父親の心情も、湿った霧の中から生まれてくるような日々を、ストーリーとともに過ごすことができた。

子供時代に過ごした森の生活を思い出す。真っ暗で光のない漆黒の闇夜。大きく輝いていた月。森の下草の中で咲いていた可憐な花々。私はきっとこんな森の暮らしが今でも好きなのだろう。自分の中から沸き上がる物語が遠い過去の暮らしにもつながっているような。スティーナ・ジャクソンに親しみを覚えた。

2018年スェーデン推理作家アカデミー「最優秀犯罪小説賞」
2019年「ガラスの鍵」賞。同年スウェーデン「ブック・オブ・ザ・イヤー」
受賞作。
 
 
2021.1.18 再

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