作者が医師なので、題名にあるように手術室から話が始まり、、全体がミックスジュースのような変わった味わいだった。後表紙の、慟哭の医療ミステリという読後感は人によるのでしょうが。
純正会医科大学付属病院、手術室。
腹腔鏡による胆嚢摘出手術。執刀医海老沢教授。第一助手冴木裕也。患者冴木信也(裕也の父親)。これは30分ほどの簡単な手術、のはずだった。それで裕也は家族の手術の助手が認められていた。
だが、胆嚢剥離寸前、噴き出すよう勢いで腹腔内に血液が満ちていく。動脈を傷つけたか。教授が裕也に言う。お前が腹腔鏡でやったのか。覚えのない叱責に裕也は責任転嫁を察した。高濃度血液が届き、ひと息ついたのもつかの間、出血は止まらずついに心臓マッサージも除細動器も、あたふたとあらゆる手当てを尽くしたが、その甲斐もなく父は心室細動、心停止、という死の道を辿った。
術中死は許されない。すぐICUに移せ。
末期の子宮がんで余命いくばくもない母親の優子が同じ階に入院していた。夫の死にショックを受けたが、それは自分の死とともに覚悟の上だった。それよりも息子と娘を心配する気持ちの方が強かった。
娘は勤務先の弁護士と付き合い彼の子供を宿していた、
兄と妹は全くそりが合わない、冷酷にも自分の意思を押し付けてくる父に、中学時代に二人で申し合わせて、父から自由になるという未来を選択することを誓った。
しかし兄は父と同じ医学部にすすみ、妹は意思を変えず法学部に、司法試験を諦め司法書士になるつもりだった。この時から兄弟の絆は切れ、会うこともなくなっていた。
一方、教授選が迫った。一人目の候補だった馬淵准教授が撲殺され、同じく候補だった父が死んだ。三人目候補に挙がっている川奈だけが生き残っているが、彼は帝大卒のエリートで引く手あまた、私立医大の雄であっても純正会の教授に魅力はないだろうと思われた。
門外不出の箝口令が常識の院内手術のニュースが出る。内部告発のような形にみえる手術のニュースの取材ということで、ジャーナリストと称する男が近づいてくる。
海老沢教授も騒ぎになった取材攻勢から逃れ院内の病室に隠れ、ストレスからか倒れた時は手遅れで死亡。
ここで刑事の二人組が参入、連続殺人の捜査ということで、話が少し色を変える。
振り返ってみれば裕也は出来事になにか不審なところがあり、その上無欲に見えた父がなぜ教授選の候補になるのを受けていたか。
裕也は医科の関係者、友人などに手を回して、調べ始める。
怪しいジャーナリストと称する男に付き纏われ父も金をわたしていた。
血液分析の結果、ありえない成分が見つかる。父に投入された大量の抗血栓剤。
海老沢教授の血液から出た大量のカリウム。
そしてまたも撲殺されたジャーナリスト。その部屋から母親が隠していたノートを受け取る。
悪筆の上、マークや数字など殴り書きがあるが、自分用の殴り書きの意味が解けない。
母の話からかすかな矛盾が感じられる。父は、母は、何を隠しているのだろう。
いよいよ背後の、ホラーじみた過去が姿を表す。
裕也の勤務する現実的な医療の現場はいかにも今的、わかりやすい専門用語までちりばめてある。
メモを読み解きながらじわじわと山奥の隔絶した村に引き寄せられていく、このあたりホラー臭もする小説世界が少し変わるところ。アレッという場面転換で、これがあってこそ、この悲劇的なミステリが深みを帯びて来るというか……。
家族愛という感動のシーンを盛り上げているというか。
職場は違ってもどこでも同じ人間の欲望の悲喜劇。
家族の歴史が受け継がれ、それが避けられない宿命だと語り掛けてくるところなど。慟哭かな。
少々入り交じったエピソードがひしめき合って、組み合わされた話だった。
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