荒削りでもいい。
いや訂正、荒削りのほうがいい。
成熟していないものの特権というか、荒削りが許されるのは新人のころだけだろうから、これは持論じゃなくって一般論だといえる。
「これを撮るんだ!」
という闇雲なエネルギーが充満している映画って、その熱気に圧倒され、完成度なんかどうでもよくなってしまう。
たとえばそういう映画を現在のスコセッシが撮ったら「どうした? バイアグラでも飲んだ?」と、愛しているがゆえの? 毒を吐いてしまうが、
名もなき映画小僧の作品だとしたら、映画が好きでよかった! いいものを観た! って手放しで賞賛してしまうだろう。
映画を趣味にしていると、そういう幸福な出会いというものが年に数回は訪れる。
訂正、スポーツや音楽にだって訪れるだろうから、どんなジャンルにでもいえることなのだろう。
今宵の10傑は、そんな才気溢れる映画小僧たちの処女作を特集してみよう。
※自主制作や非商業作品は除く
(1)マーティン・スコセッシ
『明日に処刑を…』(72…トップ画像)
処女作にはすべてが出る―ということを、この映画に触れて思い知る。
撮影時、スコセッシはヒロイン役のバーバラ・ハーシーからニコス・カザンザキスの小説『最後の誘惑』を薦められる。
ハーシーとの「映画化することがあったら、マグダラのマリアは私に演じさせて」という約束が果たされるのは、それから10年以上先のことであった。
(2)デヴィッド・リンチ
『イレイザーヘッド』(76…文末動画参照)
新人監督にはレイトショー上映が似合う。
この映画は米国のミニシアターでレイトショー上映され、初日の観客は25人、ただ驚くべきことに翌週の観客24人のすべてがリピーターであったという「噂」が広まり、ここからリンチ伝説が加速していくことになる。
(3)黒澤明
『姿三四郎』(43)
最初からアクション描写に秀でていたことが分かる。
『暴走機関車』は、やはりこのひとに撮ってほしかった。
(4)塚本晋也
『電柱小僧の冒険』(88)
ノリは自主制作だが、演出スタイルは現在と同じ。
(5)ジョエル&イーサン・コーエン兄弟
『ブラッド・シンプル』(84)
のちにリバイバル上映されたほど、評価が高い。
このひとたちにかぎっては、最初から荒削り感はなく、とことん玄人っぽかった。
(6)小栗康平
『泥の河』(81)
群馬の星。
意固地なまでに商業性を無視するひとだが、このデビュー作にかぎっては「そこそこ」意識しているように思う。
(7)石井隆
『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)
本来であれば、もっと早くデビュー出来たのに。
障害となったのは「撮影所の不衛生な環境」。
身体をやられてしまった石井は一時期、映画監督を諦めたのだった。
(8)クエンティン・タランティーノ
『レザボア・ドッグス』(92)
衝撃性という意味だけで捉えれば、自分の世代でダントツ。
描写云々ではなく、なんというか、映画愛に慄いたわけで。
(9)伊丹十三
『お葬式』(84)
のちにヤンヤヤンヤいわれたひとだが、空虚な80年代を救ったのは(ある意味では)相米ではなく、モリタでもなく、伊丹さんだった、、、ような気がする。
(10)大森一樹
『オレンジロード急行』(78)
一時期は「シナリオ作家の登竜門」といわれた城戸賞で受賞し、そのまま監督デビューを飾っている。
悲しいことだが、城戸賞で騒がれた最後のひと、、、かもしれない。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『偉大なる失敗作ベストテン』
いや訂正、荒削りのほうがいい。
成熟していないものの特権というか、荒削りが許されるのは新人のころだけだろうから、これは持論じゃなくって一般論だといえる。
「これを撮るんだ!」
という闇雲なエネルギーが充満している映画って、その熱気に圧倒され、完成度なんかどうでもよくなってしまう。
たとえばそういう映画を現在のスコセッシが撮ったら「どうした? バイアグラでも飲んだ?」と、愛しているがゆえの? 毒を吐いてしまうが、
名もなき映画小僧の作品だとしたら、映画が好きでよかった! いいものを観た! って手放しで賞賛してしまうだろう。
映画を趣味にしていると、そういう幸福な出会いというものが年に数回は訪れる。
訂正、スポーツや音楽にだって訪れるだろうから、どんなジャンルにでもいえることなのだろう。
今宵の10傑は、そんな才気溢れる映画小僧たちの処女作を特集してみよう。
※自主制作や非商業作品は除く
(1)マーティン・スコセッシ
『明日に処刑を…』(72…トップ画像)
処女作にはすべてが出る―ということを、この映画に触れて思い知る。
撮影時、スコセッシはヒロイン役のバーバラ・ハーシーからニコス・カザンザキスの小説『最後の誘惑』を薦められる。
ハーシーとの「映画化することがあったら、マグダラのマリアは私に演じさせて」という約束が果たされるのは、それから10年以上先のことであった。
(2)デヴィッド・リンチ
『イレイザーヘッド』(76…文末動画参照)
新人監督にはレイトショー上映が似合う。
この映画は米国のミニシアターでレイトショー上映され、初日の観客は25人、ただ驚くべきことに翌週の観客24人のすべてがリピーターであったという「噂」が広まり、ここからリンチ伝説が加速していくことになる。
(3)黒澤明
『姿三四郎』(43)
最初からアクション描写に秀でていたことが分かる。
『暴走機関車』は、やはりこのひとに撮ってほしかった。
(4)塚本晋也
『電柱小僧の冒険』(88)
ノリは自主制作だが、演出スタイルは現在と同じ。
(5)ジョエル&イーサン・コーエン兄弟
『ブラッド・シンプル』(84)
のちにリバイバル上映されたほど、評価が高い。
このひとたちにかぎっては、最初から荒削り感はなく、とことん玄人っぽかった。
(6)小栗康平
『泥の河』(81)
群馬の星。
意固地なまでに商業性を無視するひとだが、このデビュー作にかぎっては「そこそこ」意識しているように思う。
(7)石井隆
『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)
本来であれば、もっと早くデビュー出来たのに。
障害となったのは「撮影所の不衛生な環境」。
身体をやられてしまった石井は一時期、映画監督を諦めたのだった。
(8)クエンティン・タランティーノ
『レザボア・ドッグス』(92)
衝撃性という意味だけで捉えれば、自分の世代でダントツ。
描写云々ではなく、なんというか、映画愛に慄いたわけで。
(9)伊丹十三
『お葬式』(84)
のちにヤンヤヤンヤいわれたひとだが、空虚な80年代を救ったのは(ある意味では)相米ではなく、モリタでもなく、伊丹さんだった、、、ような気がする。
(10)大森一樹
『オレンジロード急行』(78)
一時期は「シナリオ作家の登竜門」といわれた城戸賞で受賞し、そのまま監督デビューを飾っている。
悲しいことだが、城戸賞で騒がれた最後のひと、、、かもしれない。
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