Cape Fear、in JAPAN

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『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

処女作ベストテン

2013-04-04 01:00:00 | コラム
荒削りでもいい。

いや訂正、荒削りのほうがいい。

成熟していないものの特権というか、荒削りが許されるのは新人のころだけだろうから、これは持論じゃなくって一般論だといえる。

「これを撮るんだ!」
という闇雲なエネルギーが充満している映画って、その熱気に圧倒され、完成度なんかどうでもよくなってしまう。

たとえばそういう映画を現在のスコセッシが撮ったら「どうした? バイアグラでも飲んだ?」と、愛しているがゆえの? 毒を吐いてしまうが、
名もなき映画小僧の作品だとしたら、映画が好きでよかった! いいものを観た! って手放しで賞賛してしまうだろう。

映画を趣味にしていると、そういう幸福な出会いというものが年に数回は訪れる。

訂正、スポーツや音楽にだって訪れるだろうから、どんなジャンルにでもいえることなのだろう。


今宵の10傑は、そんな才気溢れる映画小僧たちの処女作を特集してみよう。


※自主制作や非商業作品は除く

(1)マーティン・スコセッシ

『明日に処刑を…』(72…トップ画像)

処女作にはすべてが出る―ということを、この映画に触れて思い知る。

撮影時、スコセッシはヒロイン役のバーバラ・ハーシーからニコス・カザンザキスの小説『最後の誘惑』を薦められる。
ハーシーとの「映画化することがあったら、マグダラのマリアは私に演じさせて」という約束が果たされるのは、それから10年以上先のことであった。

(2)デヴィッド・リンチ

『イレイザーヘッド』(76…文末動画参照)

新人監督にはレイトショー上映が似合う。
この映画は米国のミニシアターでレイトショー上映され、初日の観客は25人、ただ驚くべきことに翌週の観客24人のすべてがリピーターであったという「噂」が広まり、ここからリンチ伝説が加速していくことになる。

(3)黒澤明

『姿三四郎』(43)

最初からアクション描写に秀でていたことが分かる。
『暴走機関車』は、やはりこのひとに撮ってほしかった。

(4)塚本晋也

『電柱小僧の冒険』(88)

ノリは自主制作だが、演出スタイルは現在と同じ。

(5)ジョエル&イーサン・コーエン兄弟

『ブラッド・シンプル』(84)

のちにリバイバル上映されたほど、評価が高い。
このひとたちにかぎっては、最初から荒削り感はなく、とことん玄人っぽかった。

(6)小栗康平

『泥の河』(81)

群馬の星。
意固地なまでに商業性を無視するひとだが、このデビュー作にかぎっては「そこそこ」意識しているように思う。

(7)石井隆

『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)

本来であれば、もっと早くデビュー出来たのに。
障害となったのは「撮影所の不衛生な環境」。
身体をやられてしまった石井は一時期、映画監督を諦めたのだった。

(8)クエンティン・タランティーノ

『レザボア・ドッグス』(92)

衝撃性という意味だけで捉えれば、自分の世代でダントツ。

描写云々ではなく、なんというか、映画愛に慄いたわけで。

(9)伊丹十三

『お葬式』(84)

のちにヤンヤヤンヤいわれたひとだが、空虚な80年代を救ったのは(ある意味では)相米ではなく、モリタでもなく、伊丹さんだった、、、ような気がする。

(10)大森一樹

『オレンジロード急行』(78)

一時期は「シナリオ作家の登竜門」といわれた城戸賞で受賞し、そのまま監督デビューを飾っている。

悲しいことだが、城戸賞で騒がれた最後のひと、、、かもしれない。





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コメント (1)
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