名匠、、、というより奇人ウディ・アレン(トップ画像)が窮地に立たされている。
82歳、小規模ながら「ほぼ毎年」新作を発表する、表現欲旺盛な映画監督。
しかしこの才人の最新作に、多くのハリウッド俳優が「出たからず」、企画が前進しないのだそうだ。
発端は、養女への性的虐待疑惑。
あぁヘンタイっぽいもんね、と映画小僧「としても」思ってしまう。
事実かどうかは置いておいて、アレンに関するこの手の話は「いまに始まったことではない」。
「」の部分、ここ重要です。
きょうのコラムは「」に限定したテーマなので。
そう問題は、タイミングである。
なぜいまになって、アレンの性的嗜好というか病気? が取りざたされているのか。
ワインスタインのセクハラ疑惑から始まった、「Me too(私も)」問題の余波だろう、まちがいなく。
被害者が「声をあげることが出来るようになった」流れは、とっても素晴らしいこと。
どんどんあげればいいし、心当たりのあるひと―男、とはかぎらないからね―は、謝罪すればいい。
とはいえ。
かつてセクハラで訴えられたこともある(去年の)オスカー受賞者、ケイシー・アフレックが今年のオスカーでプレゼンターを辞退してしまうっていうのは、ちょっとどうかと思うんだ。
思い出すのは・・・
赤狩りの密告者として「死ぬまで批判を浴びていた」名匠、エリア・カザンがオスカー名誉賞を受賞した瞬間である。
8割の映画人たちは拍手でカザンを迎えたが、一部は拍手をしないことで「彼を赦していない」意思を示した。
なんとも、いたたまれない気持ちになった。
どっちの気持ちも、分かるから。
ケイシー・アフレックも、そうした事態を避けたのだと思う。
年にいちどの、映画界最大の祭りなのに・・・。
あぁ話が逸れまくった。
「」に限定したテーマ、と記したクセして悪い癖だ。
テーマを強引に戻そう。
(映画小僧を自称しない)ひかえめな映画ファンでさえ、アレンの噂は知っていた。
それくらい有名な話を、業界人が知らないわけがない。
それでも多くの俳優さんたちは、アレンの映画に「喜んで」出演していたわけでしょう、敢えて意地悪ないいかたをするけど。
なぜならアレンの映画は、興行的に大当たりすることはないものの、常に一定の評価を得ているから。
もっとはっきりいえば、オスカー獲得の可能性がひじょうに高いから。
それが突如として、アレン本人の人格だけではなく、キャリア攻撃が始まった。
てのひらがえし―自分には、そう見えるってわけ。
特定の人物を批判するつもりはないので、誰が発言したのかは明記しないが・・・
「アレンとは2度と仕事をしない」
「アレン監督作への出演を後悔している」
「彼と仕事をすることはもうないでしょうね」
げ、解せねぇ。。。
才能あるひとは、なにをしても許されるっていいたいわけじゃない。
繰り返すが、タイミングの問題ですよ。
ただひとつ救いなのが、アレンと何度もタッグを組んできた女優ダイアン・キートンが、
「アレンは私の友達であり、私は彼を信じつづけます」と発言したこと。
最高の援軍だと思う。
そもそもが汚れまくっている(と、されている)アレンの場合、「晩節を汚すな」ということばは無意味だろう。
養女と関係を持ったことは事実であり、それを気持ち悪いと感じるひとが多いのも頷ける。
それでも自分は(最近作はそれほど…ではあるものの)アレンの作品は映画界にとっての至宝だと評価する。
正直な話、アレンの映画人生はもう長くない。
だから、これがきっかけで新作が撮れないという事態にだけはなってほしくないのだった―。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『White hair』
82歳、小規模ながら「ほぼ毎年」新作を発表する、表現欲旺盛な映画監督。
しかしこの才人の最新作に、多くのハリウッド俳優が「出たからず」、企画が前進しないのだそうだ。
発端は、養女への性的虐待疑惑。
あぁヘンタイっぽいもんね、と映画小僧「としても」思ってしまう。
事実かどうかは置いておいて、アレンに関するこの手の話は「いまに始まったことではない」。
「」の部分、ここ重要です。
きょうのコラムは「」に限定したテーマなので。
そう問題は、タイミングである。
なぜいまになって、アレンの性的嗜好というか病気? が取りざたされているのか。
ワインスタインのセクハラ疑惑から始まった、「Me too(私も)」問題の余波だろう、まちがいなく。
被害者が「声をあげることが出来るようになった」流れは、とっても素晴らしいこと。
どんどんあげればいいし、心当たりのあるひと―男、とはかぎらないからね―は、謝罪すればいい。
とはいえ。
かつてセクハラで訴えられたこともある(去年の)オスカー受賞者、ケイシー・アフレックが今年のオスカーでプレゼンターを辞退してしまうっていうのは、ちょっとどうかと思うんだ。
思い出すのは・・・
赤狩りの密告者として「死ぬまで批判を浴びていた」名匠、エリア・カザンがオスカー名誉賞を受賞した瞬間である。
8割の映画人たちは拍手でカザンを迎えたが、一部は拍手をしないことで「彼を赦していない」意思を示した。
なんとも、いたたまれない気持ちになった。
どっちの気持ちも、分かるから。
ケイシー・アフレックも、そうした事態を避けたのだと思う。
年にいちどの、映画界最大の祭りなのに・・・。
あぁ話が逸れまくった。
「」に限定したテーマ、と記したクセして悪い癖だ。
テーマを強引に戻そう。
(映画小僧を自称しない)ひかえめな映画ファンでさえ、アレンの噂は知っていた。
それくらい有名な話を、業界人が知らないわけがない。
それでも多くの俳優さんたちは、アレンの映画に「喜んで」出演していたわけでしょう、敢えて意地悪ないいかたをするけど。
なぜならアレンの映画は、興行的に大当たりすることはないものの、常に一定の評価を得ているから。
もっとはっきりいえば、オスカー獲得の可能性がひじょうに高いから。
それが突如として、アレン本人の人格だけではなく、キャリア攻撃が始まった。
てのひらがえし―自分には、そう見えるってわけ。
特定の人物を批判するつもりはないので、誰が発言したのかは明記しないが・・・
「アレンとは2度と仕事をしない」
「アレン監督作への出演を後悔している」
「彼と仕事をすることはもうないでしょうね」
げ、解せねぇ。。。
才能あるひとは、なにをしても許されるっていいたいわけじゃない。
繰り返すが、タイミングの問題ですよ。
ただひとつ救いなのが、アレンと何度もタッグを組んできた女優ダイアン・キートンが、
「アレンは私の友達であり、私は彼を信じつづけます」と発言したこと。
最高の援軍だと思う。
そもそもが汚れまくっている(と、されている)アレンの場合、「晩節を汚すな」ということばは無意味だろう。
養女と関係を持ったことは事実であり、それを気持ち悪いと感じるひとが多いのも頷ける。
それでも自分は(最近作はそれほど…ではあるものの)アレンの作品は映画界にとっての至宝だと評価する。
正直な話、アレンの映画人生はもう長くない。
だから、これがきっかけで新作が撮れないという事態にだけはなってほしくないのだった―。
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明日のコラムは・・・
『White hair』