本年度の劇場公開映画17傑、つづきです。
第12位『グリーンブック』
本年度オスカー作品賞受賞。
アフリカ系アメリカ人のピアニストと、彼をツアーに運ぶ「黒人への差別意識を隠さない」運転手を描くロードムービー。
白人の老女と黒人運転手の友情を描いた『ドライビング Miss デイジー』からちょうど30年、
フォーマットそのものは「王道」かもしれないが、その描写などから「前世紀と今世紀の映画のありかた。そのちがい」について考察することも出来る。
ただそれよりも注目すべきは、この映画を演出したのが「お下劣系」を得意とするピーター・ファレリーであったことだろう。
いやいや、ファレリー兄弟の映画が「お下劣」なのは「ぱっと見」に過ぎない、男女や身障者への差別問題を際どい笑いで描くファレリーの広い視野があったからこそ、説教臭くない爽やかな仕上がりになった、、、と見るのが正しい気がする。
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第11位『ROMA/ローマ』…トップ画像
オスカー外国語映画賞受賞。
業界人に愛されまくる監督、アルフォンソ・キュアロンの少年期をベースとしたNetflix発の、いわゆる「配信系」映画。
オスカー受賞を受けて日本でも限定ではあるものの劇場公開され、モノクロームの映像叙事詩をスクリーンで拝むことが出来た。
延々とつづくかと思われるほどの、横移動/長回しのキャメラが捉えるのは、70年代前半のメキシコシティはローマ地区で「ある一家」に仕える家政婦の日常。
ここで眠気に襲われるひとも居るかもしれない、だがその後に起こる暴動や子どもが溺れるシーンの迫真性にはハッとさせられることだろう。
かつての家政婦に対する贖罪の思いさえ感じさせる物語―自身の少年期を、こんな風に捉えることが出来るキュアロンは根っからの映画監督なんだ、だから業界内での支持が「異様なほど」高いのだろうなと感銘を受けた。
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第10位『CLIMAX クライマックス』

山奥の廃ビルに集った22人のダンサーが陥る、LSD地獄/天国。
映画はただひたすら踊り、トリップする若者たちを捉える。
観るものを不快にさせる天才が映画界にはふたり居て、ひとりはラース・フォン・トリアー、そしてもうひとりが、本作を演出したギャスパー・ノエ。
あらすじに触れただけで「観ないひとは絶対に観ない」タイプの映画ではあるものの、映像の世界を志す若いひとは「甘んじて拷問を受ける」気持ちでぜひ観てほしい。
トリアーもノエも、映像の力を信じている・映像は世の中を変えられると本気で思っている―その一点において、信頼のおける監督なのだから。
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第09位『チワワちゃん』
東京湾で発見されたバラバラ死体。
身元が判明し、ニュースは千脇良子という20歳の看護学校生だったと伝えているが、それでもミキとその友達たちは、彼女たちが知っている「チワワちゃん」と良子が同一人物だと気づくことが出来なかった・・・。
未だ待望論が根強い漫画家・岡崎京子の、けっして代表作とはいえない短編を映画化。
しかし結果的に、いくつか創られた岡崎映画のなかで「最も岡崎っぽい」作品となった。
ヒイキ女優・門脇麦が主演しているものの、この映画の主役は映像だろう。
現代でいうところの「パリピ」たちの享楽的な日常を素早いカッティングと絶妙な編集によって活写する。
そこには、なんの意味もない。
なんの意味のないところに意味がある、、、などという卑怯な哲学さえ鼻で笑う虚無的な格好よさを、きちんと捉えている監督はタダモノではない。
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第08位『翔んで埼玉』

通行手形がないと東京に入ることも出来ぬ蔑まされた県、埼玉を舞台としたコメディ。
米国からの帰国子女・麻実麗はじつは「隠れ埼玉県人」で、埼玉解放戦線のメンバーだった……原作は魔夜峰央によるギャグ漫画、『テルマエ・ロマエ』で成功を収めた武内英樹監督は、得意の「徹底した世界観の構築」を展開、日本映画ではひじょうに珍しい「声を出して笑えるコメディ」に仕立てた。
二階堂ふみとガックンGACKTはもちろん、伊勢谷友介や麻生久美子、ちょっとしか出てこない京本政樹、益若つばさにいたるまで「ほぼ全員」がなりきりの熱演、まさかこの物語で「劇場での一体感」を経験出来るとは思わなかった。
そしてもうひとつ、SAITAMAさえ知らぬであろうイタリアで「なぜか」好評だったという事件(?)も笑える。
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明日のコラムは・・・
『先端をいくもの ~19年度映画回顧(3)~』
第12位『グリーンブック』
本年度オスカー作品賞受賞。
アフリカ系アメリカ人のピアニストと、彼をツアーに運ぶ「黒人への差別意識を隠さない」運転手を描くロードムービー。
白人の老女と黒人運転手の友情を描いた『ドライビング Miss デイジー』からちょうど30年、
フォーマットそのものは「王道」かもしれないが、その描写などから「前世紀と今世紀の映画のありかた。そのちがい」について考察することも出来る。
ただそれよりも注目すべきは、この映画を演出したのが「お下劣系」を得意とするピーター・ファレリーであったことだろう。
いやいや、ファレリー兄弟の映画が「お下劣」なのは「ぱっと見」に過ぎない、男女や身障者への差別問題を際どい笑いで描くファレリーの広い視野があったからこそ、説教臭くない爽やかな仕上がりになった、、、と見るのが正しい気がする。
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第11位『ROMA/ローマ』…トップ画像
オスカー外国語映画賞受賞。
業界人に愛されまくる監督、アルフォンソ・キュアロンの少年期をベースとしたNetflix発の、いわゆる「配信系」映画。
オスカー受賞を受けて日本でも限定ではあるものの劇場公開され、モノクロームの映像叙事詩をスクリーンで拝むことが出来た。
延々とつづくかと思われるほどの、横移動/長回しのキャメラが捉えるのは、70年代前半のメキシコシティはローマ地区で「ある一家」に仕える家政婦の日常。
ここで眠気に襲われるひとも居るかもしれない、だがその後に起こる暴動や子どもが溺れるシーンの迫真性にはハッとさせられることだろう。
かつての家政婦に対する贖罪の思いさえ感じさせる物語―自身の少年期を、こんな風に捉えることが出来るキュアロンは根っからの映画監督なんだ、だから業界内での支持が「異様なほど」高いのだろうなと感銘を受けた。
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第10位『CLIMAX クライマックス』

山奥の廃ビルに集った22人のダンサーが陥る、LSD地獄/天国。
映画はただひたすら踊り、トリップする若者たちを捉える。
観るものを不快にさせる天才が映画界にはふたり居て、ひとりはラース・フォン・トリアー、そしてもうひとりが、本作を演出したギャスパー・ノエ。
あらすじに触れただけで「観ないひとは絶対に観ない」タイプの映画ではあるものの、映像の世界を志す若いひとは「甘んじて拷問を受ける」気持ちでぜひ観てほしい。
トリアーもノエも、映像の力を信じている・映像は世の中を変えられると本気で思っている―その一点において、信頼のおける監督なのだから。
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第09位『チワワちゃん』
東京湾で発見されたバラバラ死体。
身元が判明し、ニュースは千脇良子という20歳の看護学校生だったと伝えているが、それでもミキとその友達たちは、彼女たちが知っている「チワワちゃん」と良子が同一人物だと気づくことが出来なかった・・・。
未だ待望論が根強い漫画家・岡崎京子の、けっして代表作とはいえない短編を映画化。
しかし結果的に、いくつか創られた岡崎映画のなかで「最も岡崎っぽい」作品となった。
ヒイキ女優・門脇麦が主演しているものの、この映画の主役は映像だろう。
現代でいうところの「パリピ」たちの享楽的な日常を素早いカッティングと絶妙な編集によって活写する。
そこには、なんの意味もない。
なんの意味のないところに意味がある、、、などという卑怯な哲学さえ鼻で笑う虚無的な格好よさを、きちんと捉えている監督はタダモノではない。
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第08位『翔んで埼玉』

通行手形がないと東京に入ることも出来ぬ蔑まされた県、埼玉を舞台としたコメディ。
米国からの帰国子女・麻実麗はじつは「隠れ埼玉県人」で、埼玉解放戦線のメンバーだった……原作は魔夜峰央によるギャグ漫画、『テルマエ・ロマエ』で成功を収めた武内英樹監督は、得意の「徹底した世界観の構築」を展開、日本映画ではひじょうに珍しい「声を出して笑えるコメディ」に仕立てた。
二階堂ふみとガックンGACKTはもちろん、伊勢谷友介や麻生久美子、ちょっとしか出てこない京本政樹、益若つばさにいたるまで「ほぼ全員」がなりきりの熱演、まさかこの物語で「劇場での一体感」を経験出来るとは思わなかった。
そしてもうひとつ、SAITAMAさえ知らぬであろうイタリアで「なぜか」好評だったという事件(?)も笑える。
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明日のコラムは・・・
『先端をいくもの ~19年度映画回顧(3)~』