ぐん「ま」→「ま」どんな(マドンナ)
プリンスもそうだけど、マドンナと名乗るのはそーとー勇気の要ること。
でも彼女の場合、それが本名なんだよね。
Madonna Louise Ciccone、62歳―自分が最初に好きになった洋楽アーティスト。
映画『マドンナのスーザンを探して』(85)を観て、本業は歌手なのだと「あとから」知った。
左のロザンナ・アークウェットが主演で、マドンナはあくまでも助演。
映画自体が面白いのに配給会社は弱いと思ったのか、当時人気のマドンナを敢えてタイトルに冠した。
これを観てマドンナに興味を抱き、シングルレコード『ラ・イスラ・ボニータ』を買う。
ときはアナログからCDへの転換期、だから最初に買ったアルバム『Like A Prayer』はCDだったね。
これは開封すると、マドンナが好きだった香水の香りがするという仕掛けがついていた。
78年―夢を抱き、ニューヨークで下積み生活を始める。
なかなか芽が出ず、ヌードモデルをやったりポルノ映画に出たことも。
売れたあとにこの映画がビデオ発売されスキャンダルになったりもしたが、スタローンもそうだし、みんな生きるためだよね。
81年にソロデビューを果たし、84年発表のアルバム『ライク・ア・ヴァージン』が大ヒットを記録、一大ブームを巻き起こす。
自分がマドンナの存在を知るのは、この少しあとだったかと。
以降の活躍は、自分が記すまでもないでしょう。
曲だけでなく先端をいくステージ、PV、ファッション、映画出演、そして数々―ショーン・ペン、ウォーレン・ベイティ、ガイ・リッチーなどなど―の恋愛。
ただ「ほんとうに愛したのは、ペンだけだった」とも語っているよね、自分もお似合いのカップルだと思ってた。
ここからは、映画に限定して。
ペンと共演した『上海サプライズ』(86)や『フーズ・ザット・ガール』(87)はマドンナそのものを売りにした作品でどうということはない、
『ディック・トレイシー』(90)もベイティがマドンナを撮りたかっただけのように思える。
91年、ドキュメンタリー映画『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』発表。
アーティストとして絶頂期を迎えたころがフィルムに焼き付けられていて、これは観る価値「おおいに」あり。
女子野球の世界を描いた『プリティ・リーグ』(92)、タランティーノ組のオムニバス『フォー・ルームス』(95)、
そして96年―エバ・ペロンを熱演した『エビータ』に主演、
オスカーでは歌曲賞を受賞、ノミネートされたものの主演賞は勝ち取れなかった。
「男を利用してでものしあがっていく」というエバのキャラクターがマドンナにあっていて、キャリアで最高の演技だったと思う―うん、このときオスカーあげてもよかったんじゃないかなぁ!!
現在は昔ほどヒットしていないし影響力もないが、新譜が出るとやっぱり気になるし、体型を維持したまま踊りまくるマドンナは最高にクールです。
次回のしりとりは・・・
まどん「な」→「な」ーど。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『外国女優別キャリア10傑(43)ナオミ・ワッツ』
プリンスもそうだけど、マドンナと名乗るのはそーとー勇気の要ること。
でも彼女の場合、それが本名なんだよね。
Madonna Louise Ciccone、62歳―自分が最初に好きになった洋楽アーティスト。
映画『マドンナのスーザンを探して』(85)を観て、本業は歌手なのだと「あとから」知った。
左のロザンナ・アークウェットが主演で、マドンナはあくまでも助演。
映画自体が面白いのに配給会社は弱いと思ったのか、当時人気のマドンナを敢えてタイトルに冠した。
これを観てマドンナに興味を抱き、シングルレコード『ラ・イスラ・ボニータ』を買う。
ときはアナログからCDへの転換期、だから最初に買ったアルバム『Like A Prayer』はCDだったね。
これは開封すると、マドンナが好きだった香水の香りがするという仕掛けがついていた。
78年―夢を抱き、ニューヨークで下積み生活を始める。
なかなか芽が出ず、ヌードモデルをやったりポルノ映画に出たことも。
売れたあとにこの映画がビデオ発売されスキャンダルになったりもしたが、スタローンもそうだし、みんな生きるためだよね。
81年にソロデビューを果たし、84年発表のアルバム『ライク・ア・ヴァージン』が大ヒットを記録、一大ブームを巻き起こす。
自分がマドンナの存在を知るのは、この少しあとだったかと。
以降の活躍は、自分が記すまでもないでしょう。
曲だけでなく先端をいくステージ、PV、ファッション、映画出演、そして数々―ショーン・ペン、ウォーレン・ベイティ、ガイ・リッチーなどなど―の恋愛。
ただ「ほんとうに愛したのは、ペンだけだった」とも語っているよね、自分もお似合いのカップルだと思ってた。
ここからは、映画に限定して。
ペンと共演した『上海サプライズ』(86)や『フーズ・ザット・ガール』(87)はマドンナそのものを売りにした作品でどうということはない、
『ディック・トレイシー』(90)もベイティがマドンナを撮りたかっただけのように思える。
91年、ドキュメンタリー映画『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』発表。
アーティストとして絶頂期を迎えたころがフィルムに焼き付けられていて、これは観る価値「おおいに」あり。
女子野球の世界を描いた『プリティ・リーグ』(92)、タランティーノ組のオムニバス『フォー・ルームス』(95)、
そして96年―エバ・ペロンを熱演した『エビータ』に主演、
オスカーでは歌曲賞を受賞、ノミネートされたものの主演賞は勝ち取れなかった。
「男を利用してでものしあがっていく」というエバのキャラクターがマドンナにあっていて、キャリアで最高の演技だったと思う―うん、このときオスカーあげてもよかったんじゃないかなぁ!!
現在は昔ほどヒットしていないし影響力もないが、新譜が出るとやっぱり気になるし、体型を維持したまま踊りまくるマドンナは最高にクールです。
次回のしりとりは・・・
まどん「な」→「な」ーど。
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明日のコラムは・・・
『外国女優別キャリア10傑(43)ナオミ・ワッツ』