Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

映画は止まらない(3) ~映画界2024回顧~

2024-12-04 00:10:00 | コラム
本年度の映画総括、第三夜。

今宵は15選の上位となる第05位~第01位まで発表、そのため2日・3日より「さらに」長くなってます、計4000文字超え!

みなさん、がんばってお読みくださいませ(^^;)(^^;)

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第05位『ルックバック』



「藤野ちゃん…わたしを部屋から出してくれて、ありがとう」

ひとが怖くなり登校拒否になった小学4年生の京本は、外界との唯一のつながりとして四コマ漫画を学年新聞に投稿する。
四コマ絶対王者・藤野は京本の画力に衝撃を受け、一時はペンを持つことをやめるが、やがてふたりは接触し共同で漫画を描き始めた…。

天才・藤本タツキによる読み切り漫画をアニメーション化、58分の上映時間で1700円の入場料という強気の興行を打ち、見事に結果を残した秀作。

劇場で都合4回、Amazonprimeでさらに3回観てみたが、京本の初登場シーンからずっと涙が止まらなくなって困る。

とはいえそれは、切なさとか哀しみからくるもの「だけ」というわけでもなく、少し「だけ」温かな涙も混じっていたりする。

京都アニメーション事件を髣髴とさせる展開はたしかに悲劇だが、それでも描きつづけるほかない孤高の表現者の業には戦慄を覚えつつも、物語の力を信じる前向きなエンディングには深い感銘を受けた。

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第04位『どうすればよかったか?』

※※一般公開は12月07日より



大好きな姉に統合失調症の症状が現れた。
しかしウチの両親はそれを認めることが出来ず、部屋に南京錠をかけて姉を閉じ込めてしまった。
たまたま映画監督志望だったボクは、そんな家族にカメラを向けてみた―映画は101分にまとめあげられているが、これは家族の25年間を見つめつづけた、厳しくて怖くて、それでいて深い優しさも感じさせるドキュメンタリーの傑作。

監督の藤野知明はいう、「我が家の25年は統合失調症の対応の失敗例です。どうすればよかったか? このタイトルは私への問い、両親への問い、そして観客に考えてほしい問いです」。

1年前から一般公開を心待ちにしていた作品。
なぜってじつは、ほとんど同じ家族を知っているから―実家の隣人である。
彼女は20代のころに発症、家族は「やっぱり」それを認めず同じように閉じ込めてしまった。
彼女は真夜中になると発狂し絶叫し壁に物を投げつける、尋常ならざる「それらの音響」をベッドのなかで浴びる高校時代の自分は戦慄し眠れぬ夜を過ごした。
十数年後…やっとのことで彼女に通院が許された、すると、いままでの症状がウソのように劇的な回復を見せていったのだそうだ。

えっ。彼女の、家族の失われた10年間って・・・。

「ひとんち」の事情を知った風に断罪することなど出来ぬ。
ただひとつ、ときが経過したいま「後悔」の念はあるのかどうか、それは知りたい。
だから映画を観たかったんだ。

後悔するって、愛があるということだから。

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第03位『あんのこと』

稼いだ金を毒親に取り上げられてばかりいる21歳の杏は、売春や麻薬で何度も逮捕されている。
がらっぱちではあるが情にも厚い刑事の多々羅は杏に「ヤク断ち」「独り暮らし」を勧め、彼女がやっと再生の道を歩み始めたころに「コロナ」の波がやってきた…。

杏を演じる河合優実が、本年の演技賞を総なめするだろうと確信させる大熱演。
とくに日記をつけるため店でダイアリー帳を選び、一瞬だけ万引きの発想がよぎるが、そうすることをやめレジへと進む場面が素晴らしい。

ひとりの女性が死んだことを伝える瑣末記事から物語は発想されたそうで、彼女が取った最後の行動の是非を問うても意味はないのかもしれない。
誰かが「最後に杏が見たブルーインパルスの刻印は、彼女のリストカットを想起させる」と述べていて卓見だとは思ったが、自分は、持つものと持たざるものの断絶のように映った。

だからこそ。
絵としての力強さに溢れた力作だからこそ、最後の佐藤二朗の独白は余計だと思った。そんなこと分かってるよ!と。

入江悠監督、もうちょっと観客を信じてよかったのではないか。



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第02位『関心領域』

アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスは、収容所の隣りに建てた新居で家族とともに暮らしている。
彼ら彼女らの日常はたいへん優雅で理想的に見える、しかし実際は、ときどき銃声や悲鳴が聞こえてくるような環境…であるにも関わらず、家族たちにはその音が聞こえていないようだった。

今年も好調をつづける制作グループ「A24」が、新たな視点で描く戦争映画。

ヒトって都合のよいイキモノで、自分にとって都合の悪い話を「なかったこと。」にする裏技を有している。
店の前でタムロする若者だけが聞こえる「不快音」をモスキート音というが、この映画の主要人物たちは、聞こえているはずの音を「関心がない」「興味がない」という理由で「聞こえないもの」として処理してしまうのだった。

けれどもそれ以上に恐ろしいのは、微かに聞こえてくる銃声や悲鳴に敏感だった観客たちも、時間の経過とともに「それが自然音」であるかのように、あまり気にならなくなってくるところ。

所長も実在のひとであるし描かれるエピソードのいくつかは事実に基づいているようだが、それでもこの作品のスタイルは実録ではなく実験映画というべきで、この創造的野心があるかぎり、A24の躍進はまだまだつづくのではないか。

「退屈だ。」と斬って捨てる映画ファンも多いが、自分は本作を強く支持したい。



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第01位『アイアンクロー』(トップ画像)

主に60年代に活躍したプロレスラー、「鉄の爪」ことフリッツ・フォン・エリック。
彼は6人の子どもに恵まれ全員をプロレスの世界へ導こうとしたが、
長男ジャックは幼いころに事故死、三男デビッドは25歳で急死、五男マイクは23歳で自死、六男クリスも21歳で自死、
そして、四男ケリーまでもが33歳で自死を選んでしまう。

残されたのは次男ケビンのみ…本作は、プロレスファンのあいだでは超のつくほど有名な「呪われた一家」を「残されたケビン」の視点で描いた物語である。

フリッツのスパルタ教育は、ステロイドを多用しながらひたすら鍛え、その痛みを鎮痛剤で抑えつつテンションを持続させるためにコカインも常用させるという、石原慎太郎も白旗を上げるであろう過激なものだった。
愛しているからこそのスパルタ―とは、DV男のイイワケのようだが、映画はフリッツを「毒親」としては描いているが糾弾したいわけでもない、
なぜならプロレスファンであれば、実際はもっと悲惨であったことをよく知っているのだから。

最初に記した六男クリスの死は、映画では描かれない。
監督ジョン・ダーキン曰く「これ以上の悲劇は、観客には耐えられないだろうと思って」

不幸の連鎖が描かれる物語はクライマックスで変転する、
ティム・バートンの『エド・ウッド』が悲惨な後半生を敢えて描かなかったように、せめてこの家族が安らかなときを迎えられるようにと、映画でしか成立し得ない弔いかたでエリック兄弟を集合させるのだった。

こんなの、泣かないわけがない。
存分に泣いた。ここ10年でいちばん泣いた。
泣いたことを評価の指針にしているわけではないが、監督の深い情愛に触れてしまった以上、今年はこれを超える映画はないだろうと公開日4月5日に早々と決めてしまったのである。

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明日のコラムは・・・

『映画は止まらない(4) ~映画界2024回顧~』
コメント (2)
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