「フリー」を掲げてモノカキやっていると、いろんなジャンルの原稿依頼が入る。
基本は断らないし「はったり」を信条としているので、苦手分野の経済や服飾関係もNGにはしないですよボツを喰らうことも(当然)あるけれど。。。
つまり、向こうが断りを入れることは「多々」あっても、自分が断りを入れることはない。
入れられる、わけがない―そう思っていた。
うん、思っていたんだ。
いたんだが。
去年の暮れに、初めて自分のほうからNGを出した仕事があった。
最初はOKを出して取りかかったので、きちんとした表現をすれば降板ということになる。
なぜって。
NGワードが多かった・・・からではなく、その逆、、、でもないな、
なんというのだろう、自分のなかでNGとしていたことばを「積極的に使用してくれ」と注文を受けたから。
ちなみに自分が使用していて「これはよくない」と指摘されることの多いことばは、「キチガイ」。
自分、妙な表現だが、このことばが大好きで、しょっちゅう使用する。
「やめてくれ」といわれても使いつづけ、結局はボツにされたことも多々ある。
逆に自分が大嫌いで、積極的に使わないようにしていることばは・・・
女性のことばとされている「~だわ」という末尾、
そして、「騒然」「殺到」「苦言」のみっつ。
ためしに、1週間のYahooニュース!の見出しをチェックしつづけてほしい。
煽り文言として、このみっつが「異様なほどに」「飽き飽きするほどに」多用されているから。
実際は「騒然」としていないのに。
実際は「殺到」もしていないに。
実際は単なるツッコミなのに、大仰な「苦言」ということばに置き換えられている。
クリック数だけで勝負しているので、本文はどうでもいいってこと。
これはいかん。
いや、こういう世界があってもいいけれど。
こういう世界に加担することは、モノカキとして終わっているなと。
もう少し差別的にいえば、こんな、アルバイト感覚で文章創っている連中と同じことをしてはいかん!! と思ったわけ。
この依頼、けっこうギャラがよかった。
文章力ではなく速筆力を最も評価するという方針で、その点においては自分に向いている気もしたのだが、
「文章はばっちりです。キレもあるし、要点もまとめられている。ただ、見出しが弱い。だから見出しはこっちで創ります。それから、その見出しにあわせて本文にも少し手を加えます」
といわれ、どう変えるのかと問うと、
「飛びつき易い文言をふたつかみっつ、見出しに持っていきます」と返された。
「飛びつき易い?」
「いったでしょう、出来るだけ騒然とか殺到とか大炎上とか使ってくれって。牧野さんの文章はリズミカルだけど、そのどれも入ってないから刺激が弱い」
べつに刺激を与えるためにモノカキやっているわけではないので、バカらしくなって「投げて」しまった。
「半分くらい、原稿料出しますよ」といわれたが、
「いいです、自分にとっての授業料とします」といって電話を切った。
器用ではないかもしれないけれど、
これを許せるか/許せないか、この一線に踏みとどまるところに、自分の、ちっぽけなプライドがあるのだなぁ、、、と思った―。
※ワインスタイン問題で「金で買った」といわれているオスカー受賞作『恋に落ちたシェイクスピア』(98)だが、自分は好きなんだよな
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『映画監督別10傑(37)大林宣彦』
基本は断らないし「はったり」を信条としているので、苦手分野の経済や服飾関係もNGにはしないですよボツを喰らうことも(当然)あるけれど。。。
つまり、向こうが断りを入れることは「多々」あっても、自分が断りを入れることはない。
入れられる、わけがない―そう思っていた。
うん、思っていたんだ。
いたんだが。
去年の暮れに、初めて自分のほうからNGを出した仕事があった。
最初はOKを出して取りかかったので、きちんとした表現をすれば降板ということになる。
なぜって。
NGワードが多かった・・・からではなく、その逆、、、でもないな、
なんというのだろう、自分のなかでNGとしていたことばを「積極的に使用してくれ」と注文を受けたから。
ちなみに自分が使用していて「これはよくない」と指摘されることの多いことばは、「キチガイ」。
自分、妙な表現だが、このことばが大好きで、しょっちゅう使用する。
「やめてくれ」といわれても使いつづけ、結局はボツにされたことも多々ある。
逆に自分が大嫌いで、積極的に使わないようにしていることばは・・・
女性のことばとされている「~だわ」という末尾、
そして、「騒然」「殺到」「苦言」のみっつ。
ためしに、1週間のYahooニュース!の見出しをチェックしつづけてほしい。
煽り文言として、このみっつが「異様なほどに」「飽き飽きするほどに」多用されているから。
実際は「騒然」としていないのに。
実際は「殺到」もしていないに。
実際は単なるツッコミなのに、大仰な「苦言」ということばに置き換えられている。
クリック数だけで勝負しているので、本文はどうでもいいってこと。
これはいかん。
いや、こういう世界があってもいいけれど。
こういう世界に加担することは、モノカキとして終わっているなと。
もう少し差別的にいえば、こんな、アルバイト感覚で文章創っている連中と同じことをしてはいかん!! と思ったわけ。
この依頼、けっこうギャラがよかった。
文章力ではなく速筆力を最も評価するという方針で、その点においては自分に向いている気もしたのだが、
「文章はばっちりです。キレもあるし、要点もまとめられている。ただ、見出しが弱い。だから見出しはこっちで創ります。それから、その見出しにあわせて本文にも少し手を加えます」
といわれ、どう変えるのかと問うと、
「飛びつき易い文言をふたつかみっつ、見出しに持っていきます」と返された。
「飛びつき易い?」
「いったでしょう、出来るだけ騒然とか殺到とか大炎上とか使ってくれって。牧野さんの文章はリズミカルだけど、そのどれも入ってないから刺激が弱い」
べつに刺激を与えるためにモノカキやっているわけではないので、バカらしくなって「投げて」しまった。
「半分くらい、原稿料出しますよ」といわれたが、
「いいです、自分にとっての授業料とします」といって電話を切った。
器用ではないかもしれないけれど、
これを許せるか/許せないか、この一線に踏みとどまるところに、自分の、ちっぽけなプライドがあるのだなぁ、、、と思った―。
※ワインスタイン問題で「金で買った」といわれているオスカー受賞作『恋に落ちたシェイクスピア』(98)だが、自分は好きなんだよな
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明日のコラムは・・・
『映画監督別10傑(37)大林宣彦』