図書館から借りてきた『千古の闇』を読みだしたら、ブログを書かなくなりました。今、最終巻の6巻目です。
物語は今から6000年、紀元前4000年、氷河時代が終わって、ヨーロッパ北西部は森におおわれて、人間は狩猟と採集の暮らしをしていました。ですから、森の動物や植物がたくさん出てきます。主人公トラクの弟分のオオカミのウルフと気ままな仲間のワタリガラスリップとレックはごく幼い時トラクに助けられ、仲間として物語になくてはならない存在です。私は動物、とくにオオカミが好きなので、こういうところも大いに楽しんでます。
作家のペイヴァーはイギリスのオオカミ保存会のオオカミたちと近しい関係を持ち、ヨーロッパの古木を訪ね歩いたり、真冬に極北のラップランドでヘラジカを追ったり、ヨーロッパ最大の低地原生林が残るポーランド東部のビャウォヴィエジャ国立公園・・・・などなどでのフィールドワークをもとにして書かたそうです。愉快なのは、ワタリガラスについてはロンドン塔のワタリガラス係の衛兵の方に体験や知識を教えてもらったとあります。
自分の興味がある、枝葉末節の感想ばかり書いてますが、これも読んで以前の体験を思い出しました。
4巻『追放されしもの』トラクが氏族を追放されるときの描写にこうありますーー”ワタリガラス族の者たちは、ひとりひとりがトラクの持ち物を取り上げ、それを壊すと、トウヒの大枝で手を清め、用済みの大枝を火に投げ入れた。死者を弔うやり方だ。”(p47)
このトウヒ(いわゆるクリスマスのモミの木)の描写を読んだとき、20数年前H大学のN先生のグループが奥ヴォルガに行かれるというので、今も通っているロシア関連の会の仲間の女性3人で頼み込んで連れて行ってもらったことがあります。そのとき、ニージニイ・ノヴゴロド市で中年の女性が「葬式の際、(出棺前に)魂が茨の道を通り抜けるように、花とトウヒの枝を道にまく。新年にはトウヒを立てる」と教えてくれました。
『千古の闇』の物語で人々が追放者の持ち物を壊した手をトウヒで清めること、ニージニイ・ノブロゴドの葬式で枝を道にまくことも結局は同じことー「穢れをはらう」意味ですね。
本筋とは関係ないのですが、そんなことを思い出したのでした。
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おなじようなものを何度もすみません。家で昨日活けました。
キッチンに置いてあったので、チューリップ1本はもう開きすぎて、使ったのは2本です。
お教室のよりこっちの方がうまく活けられたかな?