生命(いのち)の水 N. オメリシュク
森は雪に埋もれていた。つい最近吹き荒れた雪嵐がマツとトウヒの枝の上にもしゃもしゃの帽子をかぶせていった。スキーで進んでいくと雪にめりこみ、うしろに深い跡がのこった。
樹間に洩れる陽の中に空地が見えた。空地にはすらりとした白樺が集まり、雪だまりの中で凍てついていた。そこには小川が流れている。水は黒ずんでいる。水からは湯気がかすかに立ちのぼっているのに、川岸では草が凍りつき、突き出ている。零下10度以下! 小川は白い大国からくっきり際立って、ゆっくりと流れている。この流れはじつは生命(いのち)の水、飲むと力を得るというあの水ではないか。
魅せられて立ちつくしていると、子供時代に、あるいは夢の中で見た不思議な情景が浮かんできた。
……夜。雪に埋もれた森に青く降り注ぐ月光の下、物音ひとつない静寂。森の空き地に美しいオオジカが姿を見せる。立ち止まり、用心深く耳を澄ます。どこかで不気味なミミズクの声がする。オオジカは落ち着いている。これは聞きなれた音だから。それから白い処女地を小川に向かって、足を運ぶ。ここでまた一瞬立ち止まったあと、貪るように水にかがみこむ。存分に飲んで、またちょっと立ちつくす。口から滴るしずくに月明りが光る。ゆっくり大股に森の巨人はしげみの中に遠ざかってゆく。
……ワタリガラスの音高くかあかあと鳴く声に、一瞬にしてまぼろしは消え、われに返った。でもあたりはやっぱりおとぎ話の世界。
新たな力をスキーにこめて、小川にそって道をつけながら、滑ってゆくと、この疾走に驚いたマガモの群れが水面から飛び立った。厳寒の空気の中でかれらの羽音が鋭くひゅうひゅう鳴った。(まいぱん訳)
(N. オメリシュク『窓辺のナナカマド』より)
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