ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

高度に発達した科学技術は魔法にしかみえないという話です

2010年12月21日 | イノベーション
 米国のインテルは、東京大学のナノ量子情報エレクトロニクス研究機構に約3年間で総額50万ドルを提供し、共同研究を始めます。1米ドル=90円と仮定すると、総額は4500万円になります。インテルは、研究助成という寄付形式によって2010年12月から2013年までの約3年間に対して研究資金を提供する計画だそうです。既に、東京大学は1年目分として14.2万米ドルを受け取ったとのことです。

 この研究資金は、超ハイテクノロジー技術の研究開発向けです。米国の有名なSF(サイエンス・フィクション)作家のアーサー・C・クラーク氏は「高度に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」と表現しました。今回の共同研究テーマは一般の方には魔法そのものに感じるものです。ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の機構長である荒川泰彦教授が提唱した“量子ドット”の研究成果をさらに発展させる共同研究です。


 量子ドットとは、電子を10数ナノメートルの立方体の中に閉じ込めると、電子は身動きがとれなくなって、特定のエネルギー状態の電子にしかなりません(恐縮ですが、これでもかなりかみ砕いた表現なのです)。1ナノメートルは1/10億メートルです。髪の毛が1万ナノメートル、遺伝子の基であるDNA(デオキシリボ核酸)の太さが約1ナノメートルです。量子ドットは、シリコン(ケイ素、Si)基板の上にガリウム・ヒ素(GaAs)系の化合物の薄膜を多層積層すると、島状の量子ドットができる現象を利用してつくります。実際につくることは結構、難しい技術のようです。

 量子ドットに閉じ込められた電子は、その状態から抜け出せないため、温度変化の影響を受けなくなります。途中の小難しい話を飛ばして、量子ドットのレーザーをつくると、温度変化に強いレーザーができます。荒川教授の研究成果を基に、富士通と富士通研究所(川崎市)は2006年4月にQDレーザー(川崎市)というベンチャー企業を創業させました。いろいろ苦労して2009年から量子ドットレーザーを市販し始めました。




 現在の半導体レーザーに比べて、低消費電力で長距離伝送ができ、高速伝送できるなどの利点を持つようです。でも、量子ドットレーザーをつくるのは芸術的な高度なテクノロジーが必要です。

 量子ドットレーザーの身近な応用例としては、携帯電話機に組み込むプロジェクターの光源が有力候補です。携帯電話機の画像データなどを内蔵した超小型プロジェクターを用いて、近くの壁などに映し出す機能です。このプロジェクター自身が魔法の仕掛けです。

 インテルは、パソコンの頭脳となるCPUと呼ばれるマイクロプロセッサーの巨大企業です。インテルは、CPUを構成するLSI(大規模集積回路)の今後の進化に必要になると考えられる光電子融合技術を共同研究したいと考え、ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構に申し込みました。東大の荒川教授によると「3、4月前に連絡があり、話がどんどん進んだ」といいます。インテルの経営陣の意志決定の早さに感心したようです。共同研究費の振り込みも東大の事務局がインボイス(振り込みに必要となる一連の書類。一般的には、物品を送るときに税関への申告、検査などで必要となる書類を意味します)を送ると伝えると、インテルは振り込み口座を教えるように伝えてきて、すぐに振り込んだそうです。

 インテルは最近のCPUの発熱問題を解決するために、量子ドットレーザーに着目したようです。最近のCPUは内部の回路配線が高密度化し、高温になるために冷却機器が使われています。静かな部屋でパソコンを使うと冷却ファンの音が気になることがあります。このCPUの発熱量は近々限界に達し、対策を施さないとCPUが自分の熱で壊れると考えられています。このため、インテルはCPUの各部の情報伝達部分に光伝送を用いて、発熱を防ぐ手法を考えついたようです。CPUの各部同士を量子ドットレーザーを利用した光通信にするアイデアです。現在のパソコンには「intel inside」のロゴシールが貼られていますが、荒川教授は「QDL insideというロゴシールが貼られる時代を目指している」といいます。

 興味深いのは、今回のインテルの共同研究費の提供は、原則、研究成果を公表し、特許などの知的財産の独占をしない方針であることです。この基本方針は、インテルが米国の大学などと実施している共同研究で既に実践しているものです。「知的財産を独占しない」とは、研究成果を学会誌などの論文として公表し、その研究成果に含まれる“発明”を「公知の事実」とすることのようですが、具体的にはお手並み拝見です